大学生が22歳の時にたった3か月で500万円貯めて憧れのドイツ製最高級車BMW M3を買った話
そんな中、さすがというかそんなタイミングの頃に彼は甲突に
とMakotoがずっと欲しがっていたMAZDA RX-8に乗ってドヤ顔であらわれたのだった。
これが一番の衝撃だった。
「俺は人と違うことをしてビックになる!」
なんて言っていた友達は他にもいたが、
彼は目標設定をした上で、その目標に結果を伴わせて来たのだ。
身近な同級生だと思っていた彼のこの行動は、自分に再びやる気を起こさせるには十分なカンフル剤だった。
そんなMakotoは週末に息抜きを兼ねてドライブに誘ってくれた。
(この頃には全ての予定において彼を優先し、彼女のデートもほとんどすっぽかす様になっていた)
MAZDA RX-8(当時21歳だったのでナンバーは21)
車中でMakotoは一言、
「!?!?」
もうね、こいつはまたまた何を言ってるんだと。
この舌っ足らずはどんだけ自信過剰なんだと。
正直そう思ったわけです。
今思えば、当時の俺ら2人はなんで全ての基準が「車」なんだと笑
とわいえ、その時口を出たのは、
「えっ、じゃあBMWのM3クーペって車」
この車、実は新車で1,200万、程度の良いディーラー中古車で800万くらいです。
ずっと欲しいなとは思っていて値段だけは常に調べていた車でした。
「うん、まぁ3万ならしばらく実家暮らしだし、駐車場代や保険料、ガソリン代入れてもいけると思う。」
「えっ今から!?」
そんな感じでBMWのホームページをググってM3の試乗車に乗れるところを探して片っ端から電話するMakoto。
こいつはまた何を言ってるんだと、そのことばかりが頭をループする俺。
30分後、もともと出荷台数が少ない車だが、なんとか試乗が出来るお店を探して早速向かう彼。
お店に着くと、21歳そこそこの僕らを見て明らかに見下してる担当者の方。
ここでも彼は作って日の浅い「代表取締役」の名刺をかざしてビッグマウスをかましてた。
具体的な金額と購入意思を示す事が大切らしい。たぶん……。
試乗の段取りが整った。
俺自身、憧れていたとはいえBMWに試乗をするのは初めて。
実際にエンジンをかけてアクセルをちょっと吹かしただけで、
あっさりとこの、最高級ドイツ車に心打たれてしまった。
「この車が欲しい」
夢が目標に変わり、確信に変わった瞬間だった。
【寝食を忘れてガムシャラにってこういうことだったんだ】
こうして僕は、いともあっさりと彼の策略にハマり、
その後人生最大の集中力とポテンシャル発揮することとなった。
大学は完全に睡眠の場と変わり、仕事以外の予定は一切入れずに
とにかく最大限作業時間をとって、効率化を図りながら打ち込んだ。
人生でこれだけ集中して何かに打ち込んだのは、
高校受験でも大学受験でもなく、後にも先にもこれだけだった。
新しい回線を引き、パソコンも増え戦場と化してゆくMy room
Makotoはその間も自分の仕事を終えて、深夜の12時頃に車であらわれ、
2,3時間仕事の確認をし、その後明け方まで首都高をドライブして、
さらに「ガスト」で朝ごはんを食べて帰っていく、
というハチャメチャな事を週3日ペースで続けていた。
車の中では時に、今後の夢を語り合い、時に俺は爆睡をしていた。
ハチャメチャな毎日の中、とにかく結果を残すことに必死だった。
無我夢中でとにかく我武者羅に、目標に向かっていた。
大学生活も消化試合だと思っていたこの時期にこれだけ充実した毎日が送れるとは思いもよらなかった。
そして、仕事を始めてから3ヶ月後ついに・・・
【あまりに現実感がなかった500万という数字】
俺は目標金額である500万円を達成した。
正直な感想、500万という数字を聞いても、全く実感が沸かなかった。
それまではバイトの給与でもらった15万円が最高額だった。
自分の通帳を見ながら5,000,000円、0が6個付く金額を眺めるのは初だったので、俺すごいなーなんて思っていたりもした。
実際に現金を見たわけではなく、通帳に振り込まれただけだったので余計にそう感じたのかもしれない。
ともかく、俺は22歳にして500万を稼いだのだ!
ちなみに現金だとこれくらいって後で写メが送られてきた
【ドイツ製の最高級車の納車、そして俺が伝えたかったこと】
3月、ついに納車の日を迎えた。
500万円という金額は一回も現金で見ることはなく、
文字通り右から左へBMWへと振り込まれていった。
そして、この日俺はBMW M3のキーを受け取りM3のオーナーとなった。
彼と再開した半年前、まさか自分がこんなことになるとは本当に夢にも思わなかった。
この日鍵をもらうまではまさに全てが夢のようだった。
鍵を受け取りM3のエンジンをかけた瞬間、この3ヶ月が走馬灯の様に蘇ったのは今でも鮮明に覚えている。
俺はやったのだ。
バックミラーを覗いた俺の顔はまさに「ドヤ顔」だった。
購入記念に行った箱根にて。
これは自分自身が22歳の時に実際に経験した話です。
俺自身はその年の4月に内定を頂いていた、大手一部上場企業に就職しました。
Makotoからはこれからも一緒に仕事をしないかと誘われていましたが、
俺自身こんな体験をした後は尚さら「企業」というものに勤めて見たいと思い、就職の道を選びました。
・目の前の仕事をどう効率的に終わらせるか?
・今自分がしている仕事が会社にとってどのようなポジションなのか?
といったように仕事を客観的に見ることが出来る視点が付き、就職後の仕事に大いに役立っています。
Makotoと再開してから半年間の経験は僕の人生にとってとても大きな財産となっています。
それまで「タイミング」や「縁」といったものはほとんど信じた事がなかったのですが、
Makotoがしょっちゅう言っていた、
「チャンスとは成功を掴む準備が出来ている人だけにやってくる」
今はJUNちゃんにチャンスが来ているんだと。
「出会いとは、偶然
偶然は、必然
そして必然は、運命」
高校の同級生となったことは偶然かもしれないが、こうして再開した事は必然であり運命なんだと。
その言葉の意味がこうして月日が経った今、俺なりにわかるようになりました。
Makotoとは現在も最も仲の良い友達として繋がりがあります。
この話は「STORYS.JP」というサービスをご紹介頂き、2人で相談して書いてみようということになりました。
2人で当時の記録を全て掘り起こし、細かく話しながらJUNの言葉をMakotoが文字に起こしたものです。
人生こんな経験もあるんだと思って頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
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