自分が電車男であったことに気づいた男がとった行動~パルコ渋谷店編

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2004年夏の電車男事件の後、僕は自分について省みるようになっていた。
当時の僕にも、「オタク」という概念はあった。そして「オタク」と呼ばれる人がどういう格好をしている人たちなのか、というイメージもなんとなくあった。
そして自分の恰好は「オタクではない」という判断をしていた。
当時の僕の定義だと、「オタク」は、「黒縁眼鏡をかけていて、シャツをズボンにインしている人たち」のことだった。それが「オタク」と「一般人」を分ける境界線だと思っていた。
僕は黒縁眼鏡をかけていたけれど、常にシャツを外に出していた。
だから、僕はオタクではない。
僕は晴れて「一般人」の仲間入りをし、爽やかな東京の大学生を送っていた。

電車男事件の後、「俺って世間から電車男みたいな奴と思われているのかな?」という不安がかすめるようになったが、それでも、ウェストポーチのある文明的な生活を捨てることはなく、ユニクロでちょっと違う柄のシャツを買って満足していた。
その年が暮れるまで。

冬の乱

その年の暮れ、久しぶりに妹に会うことになった。
妹は僕と同じ高校を卒業し、同じように東京で大学生活を謳歌していたが、会うのは半年ぶりだった。
新宿で待ち合わせ、ALTA前で待っている妹を見つけると、「よっ」と右手を上げた。
そして僕に目をやった、その2秒後に彼女がした表情を僕は今でも忘れない。
近寄ると、

ちょっと、近く歩かないでよ。
と言われた。
「え、何で?」と近寄ると、

何その格好~
と後ずさる。
「え、なんかおかしい?」
その時の僕の恰好は、厚手のシャツ、裏に起毛の入ったもこもこズボンとマフラー、上には中学生の頃から愛用していたベンチウォーマーをはおり、茶色の手袋をしていた。あと野球帽を被って、耳あてをして、マスクをしていた。ベンチウォーマーの下は、シャツだってちゃんとズボンの外に出していた。寒くてお腹が冷えるかもしれないにも関わらずだ。
毎日これで大学に通っていたし、何かおかしいなんて誰にも言われたことがない。それが、妹が兄に格好がおかしいから一緒に歩きたくないなんて何事か。
その後も妹の様子がおかしいので、何かあったのか話を聞こうとするが嫌そうな顔をする。
妹「何で風邪をひいているわけでもないのにマスクするの?」
兄「都会の雑踏の中でいつ菌をもらうかわからないだろ」
妹「帽子かぶる必要あるの?」
兄「冬でも紫外線はとんでるんだぞ。甘く見るな。」
妹「あのね、ベンチウォーマーってベンチで待機している人が寒くないように着るからベンチウォーマーって言うんだよ。街を歩くときに着るものじゃないんだよ。」
兄「え、そうなの!?」


その後、妹は真顔で、田舎から都会へ出てきた後の戸惑いから、服装を変化させたことについて、他者の視線を考えることの重要性から、僕の人生に対する心配までとうとうと語り出した。
そういえば今まで気づかなかったが、妹の服装は長野にいた頃から変わり、東京の女子大生になっていた。僕は高校時代と同じ(シャツは外に出すようになった)だったにも関わらず。
その年は、年末年始実家に帰省したときも、いつもより多く妹と話をした。

妹と語る中で、夏に芽生えたある疑問が頭をかすめた。
ひょっとして自分は間違っているのではないか。もしかしたら自分の価値とは違う世界があるのではないか―。
マトリックスの、ネオが赤い薬と青い薬のどちらかを飲む選択を迫られるシーンが頭をかすめる。
その冬から、僕は就活を控えていた。自分の価値を信じて生きてきたが、否応がなく他者の視点に晒される時が、目の前に迫りつつあった。

僕は赤い薬を飲むことにした。
それは、断腸の思いでそうした、というわけではない。ひょっとしたら、今までとは違う世界があって、それも面白いのかもしれない、と、少し思えるまでには僕も成長していたのだろう。機は熟した。
よしわかった。俺、変わるよ。まず外見を変えるよ。「服って、どこで買えばいいの?」
妹に聞くと、いくつかあげてくれた中で、場所がわかるのが、新宿の丸井メンとパルコ渋谷店だった。
そして、年始はセールをやっていることを教えてくれた。

よし、いくぞ!いざ渋谷へ!



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電車男からの目覚め~完結編

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