【1】人の「眼」に魅了される、そんな経験って、ある?~人の器を追い求めた大学3年生の夏休み

1 / 6 ページ

後編: 【2】セミナーの感想は「こてんぱん」~人の器を追い求めた大学3年生の夏休み

皆さま、いらっしゃいませ!
現在、獨協大学国際教養学部言語文化学科、
漢字で書くと画数多くて非常にめんどい学校の3年の大岩 永人です。
あ、下の名前、”ひさと”って読むんです。これ重要。読み方、常用の読み方にないだけで、当て字じゃないんですよ。笑

母親が、「永」って漢字は「永遠」とか「永久」とかすごく幅広い意味でつかわれるから、そういう「心」の広い人になってほしいという思いからつけられた名です。

あ、でも「ともや」と迷ったらしいんですけど、
母の夢に神が出てきて、お告げで「永人」にしろとのことで決まったらしいです。

・・・あんま僕信じてないんですけどね。笑

ところで、ここで皆様にご質問を一つ。

皆様は、人の「器」とはなんぞや?と考えたことがあるでしょうか?

僕はこんな名前になってしまったものだから、人のとかとか僕はそんな途方もないことをよく考えるんです。

僕は小学~高校まで、サッカーをしていましたが、中学の時に所属していたクラブを卒団するときにコーチからいただいた言葉で、今でも非常に大切にしている言葉があります。

器を広げろ!!!


とはいえしかし、当時15歳の僕にはよくわからない言葉…
器と言っても、何の?どゆこと?よくわからないけれども、何やら非常に大きな意味を込めた言葉だなぁ…
そして時は過ぎ、6年後、大学3年生の夏。
就活が12月に迫ってるからこそ遊べる最後の夏休み、目いっぱい遊んで遊んで遊びまくるぞ!!!

と思っていた、夏。は来ませんでした。
その代わりにやってきた夏は、「器」というこのコトバと真剣に向き合う夏でした。
さて、自己紹介も前置きも終わったから、そろそろ物語を綴るとします。

みんなの読んで良かった!