高慢チキ社長が、引きこもりの無職になった後で見つけた「10年後の○○は見えないが、18ヶ月先なら知っている」という話。

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そんな案もあったが、そんな飾り雛(びな)はまっぴら御免だった。
同業他社でも異業他社でも、そんな形式を受け入れた人は見たが、
自分にはとても受け入れ難い形だった。

社長から無職へ・・・
私は全てを失った。

肩書き
報酬
信用
自尊心
希望

世間的に見れば、特殊な場面展開だと思うが、この場面展開が、
人間をどんな心理状態に追い込むのか?

それまで、「どうにかならないか?」と、常々感じていた携帯への
鳴り止まない営業コールはパタリと止まった。

今まで機嫌を取るように接してきた出入りの営業マン。
街で偶然遭っても、それまでの最上級の挨拶から、
手のひらを返したように愛想程度の会釈。
なかば相手の嘲笑を感じたのは、気のせいではなかったと思う。
それは腹立たしかったのだが、まあいい。
でも同世代の仲の良かった社長や、仲間からの通常のコールも
鳴る事はほぼなくなったは想定外だった。
そして私は気づいた。

「私は【代表取締役】という、肩書きの上にだけ、形成された
 哀れな存在だったのだ。」
ただただ情けなかった。
悔しさよりも情けないという感情が、数十倍上回っていた。
「自分は頑張っている。青二才ながらも、会社を、
 従業員を引っ張っているんだ!」
そんな唯一のプライドは妄想に過ぎなかった。
それから私は人と接することを避けるようになった。
知人と顔を合わさないように。
知り合いと合う事が、蔑(さげす)まれているようで怖くなった。

遥か南の島で、波と風が気づかせてくれたこと

希望せず無期限の時間を手にしてしまった私は、誰とも会わなくなった。
外出を避けているのだから、誰とも会うはずがなかったが・・・


それでもこのまま腐っていく自分を体感するのも嫌気がさしたのか、
しばらくして母とゴルフに行った。
典型的な亭主関白な我が家では、母は何も文句を言わず寡黙に日々を
過ごしてきた。何度か影で泣いているのも見たこともある。

ゴルフはそんな生真面目で倹約家な母の、唯一の趣味だった。


それにあまり外出せず、内に篭るようになった自分を
ひどく心配している様が分かっていたから。


人生初の母と息子のゴルフで、母がどう感じたかは、私には分からなかった。
ただラウンド中の茶店で仲良しの店員さんに、

今日は息子とラウンドなんよ。こんなんはじめてなんよ。
とか言った時に、私は表情に困ったのは覚えてるが・・


その後私は何を感じたのか、車で9時間半かけて静岡まで行き、
日本一の霊峰の極みにも立った。7時間半かけて御来光と対峙しながら
自分と向き合いもした。

霊峰の極みでは、やりきれない気持ちを持った自分という、
人間の価値を良い意味で再発見された。
下山中に目撃した白い大草原のような雲海が、ゆっくりと、
しかし大きな周期でうねる様には、天地のうめきが聞こえてきそうで
無抵抗に驚嘆するだけだった。
自分の存在・悩み・思考はなんと小さいのか!と思い知らされた。
またずっと何処かで気になっていた地、沖縄も旅してみた。

沖縄本島や八重山諸島では現地の方々や、例えようの無い青すぎる空、
透き通る青と白の二色を併せ持った大海、また自分と同じような旅人を通じて、
閃きに似た感情を産み落とす事が出来た。


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