車いすの男性と出会って結婚するに至るまでの5年間の話 その4

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たくさんの方に読んでいただいているみたいで、とても励みになります。ありがとうございます。詳しく書き過ぎてしまって、長くなりそうですがお付き合いいただければ幸いです。

ついにきた、Xデー

「オレは取材対象ですか?」と聞かれて「はい。取材対象者です」と答えて、少し後悔していた。でも、その答えは間違っていないと思っていた。目的は、テニスのことで取材させてもらうためだったから。いつかお付き合いする日が来るのだろうけど、今はそのときじゃないと思った。恋愛感情には気付いていたけど、それをなるべく押さえていた。
彼らが利用していたテニスコートは、ある学校の施設だったため、長期休暇中は使用できないことになっていた。夏休みになると、毎週日曜日に定期的に会えなくなる。それでも、なにかと理由をつけては、ほぼ毎週会っていたと思う。
少し話がずれるが、夏休みに入る前、年配の車いすの方が情報をくれた。有明テニスの森で「毎日テニス選手権」というのがあり、日本のトップレベルの選手が出場するので見にいってみては? と言われた。これが私の人生にとって、重要なキーポイントになっていく。聞き流さなくて本当によかったと思う。
8月の上旬、彼が長野県松本の大会に出場することになっていた。大会期間は4日間。できれば行って直に試合を見たかったけれど、学生の身分で泊まりで取材は厳しかったので電話で本人からリポートをもらうことにした。会えないけれど、その期間は毎日声が聞ける。それもとても幸せな時間だった。
彼はその後もふたつの大会に出る予定だった。8月下旬の神奈川県厚木の大会、9月中旬の宮城県仙台の大会で、いずれも大会期間4日間だった。厚木は日帰りで行ける。仙台だけでも泊まりで見に行きたいと思っていた。そう。9月の大会さえ終われば、取材対象者ではなくなる。それまでの辛抱だと思った。
しかし、その日は思っていたよりも早くやってきた。

車いすテニスの衝撃

8月のある日曜日、年配の方から教えていただいた「毎日テニス選手権」を見に行った。彼は出場しないし、見にも行かないというので、少し迷ったけれど、国内トップレベルというのを見てみたいと思ったので出掛けていった。本でも読んだことのある、シドニーパラリンピックにも出場したS選手が出ているのを知って、テンションが上がった。
決勝で高校生の男の子と対戦していた。一般のテニスコートでの試合だったので、コートのすぐそばで見ることができた。驚いた。車いすテニスのレベルがこれほど高いとは思わなかった。これは、障害者スポーツの枠には収まらない。「テニスだ」と思った。そして、この「車いすテニス」というスポーツの魅力を、たくさんの人に知ってもらいたいと思った。私の生涯の目標がひとつ定まった瞬間だった。
これについてはまた別の話なので、別のSTORYで。

8月下旬、厚木の大会が始まった。車で一緒に連れていってもらうこともできたけど、それはダメだと思っていた私は、毎日電車とバスで試合会場に向かった。みんな「あれ、彼女?」という目で見てきた。選手たちはみんな顔見知りだから、見かけない顔があるとみんな気付くわけで。そういう目も、ちょっと楽しかったりもしたけれど。帰りは送ってもらったんだけどね。
試合会場に行って感じたことは、「車いすの人って、世の中にこんなにたくさんいるんだ!」と言うこと。歩いている人のほうが少ない光景って、今までの人生で見たことなかった。もう、なにが“普通”なのか、“普通”ってなんなんだか、“健常”ってなんなのか、分からなくなる。みんなすごくいい体格で、真っ黒に日焼けして、走り回ってプレーしている。今までの価値観というか、当たり前と思っていたことが覆された感覚だった。私は、世界の一部しか見ていなかったんだなあと、そんなことは分かってはいたけど、はっきりと教えられた。
厚木の大会が終わったてすぐの土曜日の朝、彼から電話が入っていた。折り返したら「なんでもないです」と。そして、翌週の火曜日の夜、私がバイトから帰ると電話があった。話していると、なんだか様子が変。「なんですか? どうしたんですか?」と何度も聞いていたら言われた。「付き合ってください」と。

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車いすの男性と出会って結婚するに至るまでの5年間の話 その5

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