母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑧

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早くやって欲しいんだが、なかなか込んでるのか。
親も「早くしないと私死んでるよ」と冗談にならない冗談を飛ばしていた。
昼から母と俺の2人だけとなったが、静かになった分ゆっくり寝れたようだ。
俺も久しぶりに昼寝できた。
それにしても親の思考力が落ちている。
すっかりぼけぼけしてるし、開眼しててもぼーとしてる。
言葉も出てこないし、記憶もちぐはぐだ。
モルヒネの副作用か?寝てる時間が長いためか?代謝が落ちてきているのか?
いずれにしても、やはり悲しい。
切なくなる。
これが死に至る過程の一つか。
それでも、感情はしっかりしてる。
疲れたり、不安だったり、悲しかったり、楽しかったりするんだろう。
少し話ができる時、意味がわからず俺が適当に相槌を打ってると、母は時々笑う。

笑顔を見るとやはりうれしい。
明日は笑顔が増えればいいな。

2003年9月4日 last 6 day

最近「看護」についてよく考える。
今まで「看護」って「他人を世話すること」だと思ってた。

でも、ちょっと違う気がしてきた。


「私はこの人に世話してもらっている」と感じるのは対象である患者だ。
「世話をする」のが仕事ではなく、対象である患者が「世話してもらっている」と感じてもらって初めて看護が成立するのだろう。
対象が世話してもらっていると感じてもらうためには、対象に焦点を当て、注意深く、細やかな配慮が必要だ。
けど、側にいるだけでケアされていると感じることもある。

所長の存在がそうだ。
いるだけで、母も俺もとても安心する。


ようするに看護師の仕事を流れ作業的にやっても、それは看護にはならない。

やっぱり大切なのは、対象に対する思いやりの気持ちかなあ、と思う今日この頃。
しかし、思わず「そんなの仕事でいつも主任に言われてんじゃん、今更気づくなよ」と自分に突っ込みをいれてしまった。

今日は午前中母が自力で身体を起き上げることができたので、全身清拭、おむつ交換、更衣、足浴、ドライシャンプーで洗髪、洗顔、髪のブラッシングを行った。
髪の毛は自分でブラッシングかけていた。
生理的欲求を満たしつつ、セルフケアも充足したらすっきりとしたようだ。

しかし、昼からかなり長い時間午睡してた。
肉体的には緩やかな下り坂で経過している。
思考のほうは切ないぐらい弱ってきている。
口を開くと、なんかひたすらに息子の飯の心配ばかりしてる。

一人で回転寿司に行ったこと伝えると、大層安心した様子だった。

どこの世界でも母親とは子供の飯の心配してるのかなぁ。

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