母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑫ 別れ、そして支え

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後編: 母を自宅で看取り天涯孤独になった瞬間の話。⑬ エピローグ 前編

2003年9月11日 parting and support

 
友人2人が深夜に帰った後、お通夜にも関わらず俺は一人になってしまった。
ゆっくり母と2人で最後を過ごしたかったという気持ちもあるが、俺は伝えたいことは生きてる時に伝えたと思う。

しばらく母の顔を見ていたら、寂しさがこみ上げ、函館にいる古い友人の一人に電話をした。


するとそいつは次の日仕事があるのにも関わらず、急いで家に駆けつけてくれ、朝まで話に付き合ってくれた。
今までの積もる話やこの一か月の話などいろんな話を黙って聞いてくれた。
本当にありがとう。

もし一人だったら寂しくて気持ちに押しつぶされていた。

それにお通夜なのに母を一人残し、眠ってしまうところだった。
感謝してもしきれないぐらいの恩をありがとう。
朝になり2日連続徹夜で、体がかなりだるい。
いや、2日だけではなく、ここ最近寝ていない気がする。
それでもやらねばならないことが山積みだった。
午前11時火葬の為出棺する。
家を離れる時だ。
葬儀屋はこの時も本当に丁寧に対応してくれ、気持ちが慰められる。
車までの移動中も決して棺おけを地面に置いたりせず、優しく丁寧に振動がないよう配慮しながら運び、車を発進する時も後片付けに残った職員の方は手を合わせてくれた。

一つ一つの動作に慰められる。

移動中も丁寧な運転で振動が少ないよう気を配ってくれた。
プロの仕事を見た。
葬儀屋はとても厳かで尊い仕事をしてると感じた。
火葬場に着き、親戚も集まりいよいよ火葬に出す時、やはり心が激しく揺れた。
今生の別れ。
二度と姿を見られない。

胸が締め付けられる。
ゆっくりとゆっくりと棺は進み、扉が閉まる。
涙を流す親戚と共に呆然と見送るしかなかった。

心が痛かった。
火葬してる最中、喪主としてあれこれ食事を手配しながら、親戚の一人が持ってきた母の古いアルバムを皆で見ていた。
母の希望で死んだらアルバムを処分して欲しいと言われてたので、捨てる前に皆で眺めていた。
元気な笑顔の少女がやがて大人になり、若々しい青春を送り、そしてこうも残酷な姿で人生を全うすることになると誰に予想ができただろうか。
生きるとはなんなんだ、と一人の人間の生き様を通して深く悩んでしまう。
しかし、まだ今は頭が働かない。
落ち着くまで何も考えたくない。
ただただくたびれた。
2時間後火葬が終わり、お骨が拾う場所に向かう。
まだ温かい台の上にかさかさになった骨がある。
頭蓋骨は3つに割れていた。
皆で足元から拾う。
それぞれ黙々と一つ一つ大事に拾う。
しかし長年の闘病生活のため骨はすぐに砕けてしまう。
それぐらいぼろぼろの身体だったのか・・・
一通り皆で骨を拾い終わると、葬儀屋が細かくなった骨を素手で掻き集めて拾ってくれた。
丁寧に丁寧に、何度も掻き集め拾ってくれた。
その行動に感動すら覚えた。
本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

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