私が夢の実現の為に日課としている簡単でとても難しい事

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私の本当の幸せの価値観は違うのです。


お金があって思いやりのある人なら、他人が困っている時に助けて上げる事が出来るでしょう。


そんな人は、有難いと言って、感謝されると思います。


本当に心の底から有難いと思っているでしょうか?


人は他人から施しを受けたくない。ものを貰いたく無い。

仕方なしに物を貰って有難うと言わなければならない。自分の事は自分でしたいのに。


感謝どころか、こんな状態になった自分を情けなく思い、こんな自分になった原因の

社会を恨み・・・・双方にとっていいことはないと思います。


他人が困っている時、それを助ける事がお金が無くても出来ますか?


自分が食べなくても先ず他人の食い扶持を考えられますか?


それが心から出来た時、ホンマモンの有り難うを心から言って貰えます。

中にはそういう人がいますネ、そういう人はモテるでしょう


世の中にはモテたい人が技術を学ぶ学校まで出来ていますが

真の人間としての心がある人は、自分が望まなくても人が放っておきません。

嬉しい悲鳴になりそうです。


でもこれも簡単に言うけど、とっても困難なこと。


真の人間とは?間違った事をしない。真に生きる。


只それだけ。簡単といえば簡単だけど・・・シンプルイズベスト!


人間には生きていく上でどうしても欲が身についてしまう。

これに振り回されないようにするには、よっぽどの強さがないと無理でしょう。


人間は弱いから大抵は負けてしまい、真ではなく、擬を演じてしまう。

毎日の生活でそれを演じ続けていると、それが真だと勘違いをしたまま生きていく事になります。


私はお友達になった人から募金をお願いされました。


何の募金でしょうかネ?生きていく為だったら、私の方が募金をお願いしたい位なのに・・・

私の経済状況や、身体機能の低下による生活の不便など、その人は何も考えないで、

私はこうだからお願いします。というのはあまりに自分勝手だと思います。


勿論社会的弱者の方なので、

自分たちはそのようにして貰うのが当然と考えているのではないでしょうか?

自分達で自分を貶めていませんか?

日本の国では国民が生きていく為の権利は守られていると思いますが、確かにクオリティを

上げたいと思っても思いどうりにはいきませんが、それは仕方のない事で、

弱者だからといって仕方のないことだとは思いません。


健常者も社会的弱者も皆同じだと思います。


只不便だとか、色んな事があるのは解りますが、

それを乗り越えていく為に産まれてきたのだと思います。


因果応報です。

だから私は後世まで子供に幸せが訪れるように徳を積んでいこうと思います。


お金を必要としている人に施すお金はありませんが、

仮にあったとしても、募金という名に変わっていますが、上げるという事はしません。


困っているのを助けないというのではありません。

何故必要なのか、その為にどうしたらいいのか?など、お金を得られる方法や、生きていく術

などを提供するのは惜しみません。

私の目標は、みんなが幸せになる事だから、

人を貶めるような、ダメになるような手助けは致しません。

一時的に飢えを凌ぐ事は出来ても使えば無くなります。

私のお金は生かされません、トイレへ流れて終わりです。

生かすためには、お金ではなく、お金を生む知恵が必要です。


私は、これを真と言っています。


社会的弱者が困って募金を募っている。出来る人はそれをしてあげる。

これって双方にとって偽を演じていると思うんです。


弱者の方は、自分勝手で、自分で出来る事を必死でやりましたか?

それは健常者のそれとは比べ物にならない位大変だと思います。

でも貴方はそれを乗り越えられる人だから神は貴方にそれを与えた。

だから乗り越えて下さい。私も一緒に考えます。お手伝いさせて下さい。


反対に募金をする側の人は、そうする事で自分の欲求が満たされましたネ、

困っている人の為ではなく、

困っている人によって自分が人の役に立ったという満足感を得られたでしょう。


これを真ではなく、擬を演じている本当の姿だと思います。


それを双方が気づいていないのが現状だと思います。

それでも幸せに思えるならそれでもいいと思います。


私は沢山の愛情を貰って沢山の経験をしました。難しいことをやった訳ではありません。

生きていく中で色んな事があったというだけです。


今の感謝を知らない若者は、それを経験してないだけなんですネ。


しかし、みんな本を読んだり、私よりもっと沢山勉強をしていると思いますので、

感謝というのが、何か?もう解っていてもいいと思いますが解らない。


その違いは何でしょう?



生活!これは環境が全く変わっています。


父親を大黒柱とし、家族一団となって、その家を守っていく為に先祖代々受け継がれてきました。


家族団らんというものがありました。


その中での生活は、大変多くの学びがありました。これは学校の机に齧り付いて勉強をしても

得られるものではありません。喧嘩をしながらでも助け合い、共有しながら共存してきました。

そして楽しく、希望を持って生活をしていた記憶があります。


今はそんな家庭は少なくなっていると思います。


産まれてきても直ぐに母親も働きに行く。子供は他人のベビーシッターか保育園。

自分と血の繋がった兄弟や、叔父叔母、祖父母に囲まれて我慢をしたり、甘えたり、叱られたり・・

こういう経験はあまり無いと思います。これは大きいと思います。

幼少の頃から、何も解らない時だからこそ、肌身で感じるし、心で受け止めるでしょうネ

心の中に、潜在的に何が残るか?

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