音楽との出逢い。それは人生の大きなターニングポイントの一つとなった。
ぼくはボーカリストとしてのジョブを装備したまま取り残されることになりました。
ただ学園祭で唄を唄っただけのただの高校一年生。
音楽的な知識も、実力も皆無。ただ唄うだけならカラオケと同じ。
思い出だけを残し、バンド活動もこれで終わりか。。そんなことを思う晩秋の頃でした。
ぼくをバンドに誘ってくれた山村留学(ギター)の先輩Yさんがぼくにこんな話をしてくれました。

【Blues Brothers】っていうんだけどね。
音楽のこと、もしもっと知りたいと思うなら見てみてほしいんだ。
音楽のこと、もっともっと好きになるはずだから。
ぼくはレンタル屋で先輩に教えられたブルースブラザーズという映画を探しました。
サングラスに黒服の二人が映ったジャケットのものがありました。
その映画がぼくの音楽に対する考え方をがらっと変えることになりました。
初めて先輩たちの演奏を聴いたときの感動という感情。
あの感覚が、映像の向こうで奏でられる音楽から、その動きから、その言葉から。
ぼくは圧倒されたのです。
音楽って、ただメロディーがあるだけじゃなくて。
思想も言葉も文化も歴史もファッションも。
全てを含めて音楽なんだ!!
そんなことをその映画で感じさせられたのです。
かっこいい!楽しい!!と思っていた音楽が。
もっともっと深い意味で’好き’になった瞬間でした。
ぼくはそれからがむしゃらに音楽にのめり込んでいきました。
たくさんのバンドと関わり、たくさん音楽を聴いて、曲づくりも始めました。
初めて上がったライブハウスのステージで自分の無力さを知りました。
ステージの上では全く言葉が出ず、曲が始まっても全ての人が壁にへばりつき腕組みをしておりました。
‘ただ唄うだけのカラオケ人'
そう言われることが悔しくて、音楽についての自身の価値観を構築していきました。
楽譜が読めなくてもできる楽器をやろう!そう想い部室のドラムを叩き始めました。
【京阪ガール】というインディーズで活動していた軽音学部の先輩のライブについて周り物販のお手伝いなんかもしておりました。
二年生となった学園祭でぼくは初めてドラムとしてステージに上がりました。
二年生になってから入部した放送部で昼休みの放送を私物化し、好き勝手な音楽を校内にまき散らし賛否両論をいただく日々を過ごしました。
MDに4倍速録音(LP4)し、各5時間程のジャンル分けしたMDディスクを持ち歩き爆音で音楽をたしなむ日々を過ごしました。
その頃のぼくの生活はまさに、音楽が中心となっていたのです。
映画ブルースブラザーズは1980年に公開された音楽映画。
電子楽器が盛んにバンドで取り入れられる時代の流れに反する形で、ブルース・ソウルを中心としたブラックミュージックに光を当てた作品でした。
内容は、施設で育った義兄弟の二人がブルースバンドを結成し、税金が支払えずに差し押さえられそうになる施設を救う。といったもの。
音楽映画のはずなのにコメディ要素がふんだんで、カーアクションが盛り込まれ、ショッピングモールが破壊され、ロケットランチャーが主人公に発射される、という謎の場面があったりとツッコミどころ満載な作品なのです。
道中に多くのミュージシャンが登場し名演を繰り広げます。
音楽が商業的ではなく、音楽に対する愛と音楽を演奏するミュージシャンの想いを具現化したような作品でした。
ぼくは人々とは逆に、1940年代頃からの古い音楽から徐々に派生していく音楽ジャンルを辿り音楽をむさぼっていきました。
音楽が持つ意味。
その時代にその音楽が生まれた意味。
時代背景と音楽は密接に関係しているのです。
ブルースは差別を受けていた黒人たちの嘆き哀しみのブルー。
ジャズは自由を求める黒人たちの自由への憧れ。
ソウルは魂の叫び。
ロックは戦後の人々の怒りと不安をぶつける場所。
パンクは労働階級の主張。
ヒップホップは殺し合わない為の音楽での戦い。
テクノは楽器ができない人の音楽への欲求。
これらはぼくが感じたあくまで主観でのものですが。
名曲のカバーや打込み音楽が中心のいまの時代は、いったいどんな時代なのでしょうか。
とまぁ、暑苦しくなる話は割愛して。
高校生の頃からのめり込んだ音楽は、それまでのぼくが見ていた世界をがらっと変えるものとなったのです。
お父様。私、旅に出たいのです。
幼少の頃から父親とさほど多く会話をしていなかったぼくですが。
と、言うよりその頃の父は昭和の頑固おやじ!!THE亭主関白!!
に憧れる傾向が恐らくあったのだと思います。
無理に無口ぶり威厳を演出していたのだと、振り返れば思うことが多々あります。
そんな父が幼少時代からぼくによく語りかけていた言葉。
それが
「お前は広い世界を見ろ。」
だったのです。
小学4年生からのど田舎へぼくを島流しにした山村留学でも、たしか例の言葉をぼくに浴びせておりました。
そんなこんなで、せっかくお父上がそのような言葉を申してくれるので。
ぼくは高校二年生の冬、カナダへと旅立ちました。
旅立つ、と言ってもただの短期留学です。
私、旅に出たいのです。

雪が降って、英語圏の国であれば。

語学を学びたいのか?と聞かれれば、正直それが本位という訳でもなく。
ただ、父が言う様に。広い世界をみてみたいなー。なんて思っていたのです。
結果、たまたま留学フェアなんてものを開催していたカナダのエージェントの方にお世話になり、ぼくの留学先はカナダとなったのです。
そのカナダ留学で、ぼくは音楽に助けられる経験をいたしました。
意気揚々と通い始めたカナダの高校では、思いの外言葉の壁が厚く。
ぼくは生まれて初めて‘孤独’というものに殺されそうになっていたのです。。
これ以上書くと慈悲深い読者皆様の貴重なお時間をあまりにぼくの為に費やしてしまうことになってしまいます。
が故。続きは後日。
【音楽に国境は存在しなかった。言葉がなくても語ることのできたカナダ5ヶ月留学。】
にて。
長文&乱文を最後までお読みいただきありがとうございます。
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文:たつみかずき
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