九識の窓 / Windows 9x (3)

前話: 九識の窓 / Windows 9x (2)

 2004年秋、ブログを作るに飽き足らず、僕はホームページに挑戦しようとしていた。

 友人のNの音源CDRを販売できるようにという理由だったが、理由はなんでもよかった。勉強に使ったサイト「とほほのwww入門」を見ながら、稚拙なサイトを作っていた。基本的な作り方は恋人に教えてもらった。なんでも学会で資料を作るのにデザインを凝りたいと思ったらしく、illustrator、photoshop、Dreamweaverがそのwindows meには入っていた。

 一晩構築して、夜が明ける頃にクラッシュするなんてこともしばしばあり、そんな時は寝た。毎晩illustrator、photoshop、Dreamweaverをひたすら触っているうちに、恋人より若干スキルが上がったと思う。周りの劇団のホームページ制作などを請け負うようになった。まかせろ。こっちにはDreamweaverがある。マクロメディア社だ。ホームページビルダーとは違うのだよ。

 当時はFlashというアニメーション技術が人気で、その技術を使ったホームページはシャキンシャキン動いてかっこよかった。僕も挑戦しようと思ったけど途中で断念した。ただ、大晦日に開催されるFlash職人の作品発表会「紅白Flash合戦」は着目していた。

 世の中は大きく変わっていった。本当は昔から毎年大きく変わっているのに、我々の感覚がやや、変化に対して鈍感なのかもしれない。依頼主の劇団からhotmailに画像が送られてくる。10枚画像があると10通のメールになる。(zip圧縮があまり知られていないという理由もあったが、zipにしたところでサーバーの送受信サイズを超えてしまうので使う人は少なかった)

「msnメッセンジャー」というチャットツールで通知が飛んでくる。

「画像をメールしました!」

「メッセンジャーから送れますよw」

「そうなんですね」

「今後はそれでお願いしますw」

「さっきからwがついているのはなんですか?」

「『(笑)』の意味です」

「へーk」

「なんですか?kって」

「感心のk」

 こんな会話をした記憶がある。僕がPCに向かっている最中、恋人は読書をしていることが多かった。

「PCに向かっている時間長くなったね」

「そうだね。分かってきたから面白くて」

 当時、彼女は人工衛星を制御するコンピューターのプログラムを書いていた。

「でもね、シナモンに餌を忘れないで欲しいの」

 そういえば作業に没頭して忘れていた。シナモンというのは数ヶ月前に買った金魚で、玄関の金魚鉢に飼っていた。

「きみの考えていることは面白い、発想も作るものも好き。でもきみ同時に、最近特にね、色々なことに無自覚だよ」

 そこまで言って彼女はタバコに火を点けた。

「シナモンがお腹減ってることとか」

 その「とか」の部分について僕はもっと言及するべきだったのかもしれない。彼女もそこで言葉を飲み込むべきではなかった。僕はそれほど彼女の気持ちについて鈍感だったからだ。彼女に対してだけじゃない。当時の僕は周囲の人間にまるで関心を払っていなかった。毎日ネットで情報の波に飲まれることに夢中で、覚えたてのhtmlがどんどん分かってくることに夢中で、それ以外のことに気を回せていなかった。インターネットの所為にするわけじゃない。これは単純に自分の能力の問題だ。

 人間と人間のことについては、インターネットには書いていないと思う。たくさんのTIPSが書いてあっても、人間を目の前にしないと身につかないことだと思う。学ぶべきものはいっぱいあったがほとんどを蔑ろにしていたのだと思う。そう咀嚼したのは、だいぶ後になってからだった。


 2014年から僕は、東京でデザインや開発についての講師をやっていた。

 10歳くらい年下の若者にFlashの話をすると、驚くべきことにほとんどの生徒がFlashを知らない。macromediaはAdobeに買収され、そのAdobeもFlashについてはサポートを終了する発表をした。あれだけ一斉を風靡した技術が立ち消える時が来たのだと思う。

「そういう技術があったんです。今僕が教えている技術も、10年後どこまで実用性があるものなのかはわかりません。技術は合理性の産物だし、時代によってその合理性も変化するので、必然的に技術には流行り廃りがあるわけです」

 僕の生徒のほとんどはフロントエンド開発への転職を考えて授業を受けに来ている。

「だから、転職できたとしたら、なおのこと勉強を怠らないでください、あと、仕事の中で自分の一番楽しい瞬間がどこにあるかを、常に考察していてください」

 そんな話を毎回する。

 10年前の恋人との生活の中で、一番楽しい瞬間がPCの中にあったことについては反省しかない。そんな話はしないが、とにかく生徒の技術面が、日々成長していくことについては喜びが大きい。

「こんなことができるようになりました!」

「おー、すげーね」

 けれど、少しだけよぎる思いもある。金魚の餌やりとか、そういうの忘れないようにね。

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