普通のサラリーマンだった僕が10km以上走ったことないのに1週間分の自給自足の荷物を全て背負って灼熱のサハラ砂漠で250kmを走って横断することになった理由

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「本当にすまない」

「俺の分まで頼む」

「お前はよくやった」

「あとは任せろ」


気がつくと僕は涙を流していた。彼のこれまでがわかるからだ。サハラマラソンはこの一週間だけのレースではない。


申し込みをした日から全ては始まるのだ。身体を鍛える為のきつく苦しいトレーニングを繰り返し、装備品をひとつひとつ手探りで準備し、仕事の引き継ぎや調整をし、大切な仲間、愛する人に応援されて、ここまで来たのだ。完走を目指して。


リタイアの悔しさがどれ程のものかが、今の僕にはわかる。そうしたら悔しくて悔しくて涙が溢れて止まらなかった。


そうして、彼に誓った。


ありがとう。

僕は必ず完走する。

君の悔しさを僕は絶対に忘れない、と。


痛みは関係ない。

そんなことはどうでもいい。


完走できるかどうか。

そんなこともどうでもいい。


前へ進むのだ。

一歩一歩。

次の一歩を踏み出すのだ。


誰かがリタイアする瞬間を見たのは後にも先にもこのとき限りだった。


僕は世界に応援されていると全身で感じながら、「アルケミスト」という小説の一節を思い出していた。



彼は過去の教訓と未来の夢と共に今に生きたいと思った。

(アルケミスト 夢を旅した少年 Paulo Coelho,1988 山川紘矢・亜希子 訳,1994 P102)



そういうことだったのだ。"今ここ"を生きるということは、過去と未来を切り捨てることだと、ずっと思っていた。


違う。全てはつながっていて、全てがある。それが"今ここ"なんだ。


全てを感じながら、僕は前を向いて歩き続けた。



___サハラマラソンスタートまで、あと15日。


2015年3月21日。


あの後も探してみたものの結局朝になっても鍵は出てこなかった。重い腰を上げて、朝一で職場の上司に電話をした。

いましょう
宮倉さん、すみません。お預かりしていた鍵を紛失してしまいました。本当にすみません。

なんと言われるだろうか。怒鳴られるだろうか。シリンダー交換の費用はもちろん僕の負担だろう。


などと考えていたら、受話器の向こうから笑い声が聞こえて来た。

宮倉さん
あっはっは!やっぱり覚えてないんだぁ〜。昨日、飲み会の帰りに僕が預かったじゃない!ははは!

なんてことだ。そうだ、確かに渡した。吐いてしまってフラフラになりながらも、確かに鍵を渡した。


安堵に包まれて電話を切った。すぐに出かけなければならなかったので鞄を開けると、そこにはなくしたはずの部屋の鍵があった。何度も何度もそこを探したのに!!


大切なものは遠くではなく、ずっと目の前にあったのだ。


僕がただ、そのことに気づいていないだけだった。



___サハラマラソン 4th ステージ 91.7km。(オーバーナイトステージ 2日目)


2015年4月9日、AM6:00。


僕は暗闇の砂漠の中、痛みを増す左足を引きずりながら、強い向かい風に向かって、もう4時間もひとりで砂漠を彷徨っていた。


昨年サハラマラソンを完走したKさんはオーバーナイトステージの暗闇の中、横を見たら仲間が一緒に歩いてくれているのが見えたと言っていた。


何時間か前に右と左を見てみたが、そこには誰もいなかった。あるのは暗闇と砂だけだった。


リタイアの文字はフランス人の彼が消してくれたが、それでも痛みがどんどん増す左足を引きずり、強い向かい風に吹かれ続けると、体力と気力がどんどん削られていく。


スタートしてから22時間が経過していた。


そんな状況でも進み続けられたのは同じテントのメンバー、平井さんの言葉があったからだった。


平井さんはトライアスロンやウルトラレースの経験者で自身でもビーチクボーイズというチームを運営されているアドベンチャーレースの大ベテランだ。


2日目だったか、3日目だったか、平井さんがビバーク(各ステージのゴール。ここにある屋根だけのテントの下で食事をし、寝袋を使って夜を明かす。)でこんな言葉をくれた。


平井さん
こういうレースは何が起こるかわからない。すごく調子が悪くて完走できそうにないと思っていても、終盤で急に調子が良くなって完走できた、なんてことも起こり得る。だからとにかく諦めずに一歩でも1ミリでも前へ進むことが大切なんだ。


何事も起こり得る。

だからとにかく前へ進め。



この言葉だけで、


心を折ろうとする冷たい向かい風に挑み続けた。


足を飲み込もうとする砂から辛うじて足を引きずり出し続けた。



暗闇の中の孤独。


もう限界だ、、、



そのとき確かに聞こえた。


???
いましょうちゃん!


振り返るとそこには同じテントのメンバーがいた。


前回のサハラマラソンでリタイアしてしまい、今年はリベンジで参加していたじゅんちゃんと、平井さんがそこにいた。


じゅんちゃんはいつも底抜けに明るくて、元気をくれる達人だ。ニコニコ笑顔のじゅんちゃんと、口をつぐんでいる平井さん。


じゅんちゃん
いや〜初めてレース中に会えたね〜!大丈夫?
いましょう
足が痛くて、、、。遅いので先に行ってください。
じゅんちゃん
何言ってんの!ほら!次のチェックポイントが見えたよ!一緒に行こう!
いましょう
・・・。はい。


じゅんちゃんと平井さんの背中を見ながら、僕はまた砂の上に涙を落とした。



___サハラマラソンスタートまで、あと1日。


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