小学校入学前に諦めてしまった話

著者: 玉樹 真一郎
小学校入学前の説明会か何かで、学校から「さんすうセット」なるものをもらった。お中元の箱みたいな感じのそれを開けると、中にはプラスチックでできたカラフルなおはじき(しかも磁石入り!)や、大きなアナログ時計の模型、その他にもたくさんの楽しそうなものが入っていた。
今すぐにでも遊びたかったけれど、母親が「全部に名前を書かなきゃダメって言ってたでしょ?」と諌めるので、しぶしぶ作業に取り掛かった。
5mm×15mmぐらいで格子に切られた無数の名前用シール(新しく作ったばかりのエクセルの表に似ている)を、おはじきや時計に貼ってから名前を書いていった。おはじきは小さいものだから、貼ったシールに名前を書くのはひどく骨が折れる作業だった。
それもあらかた終わって、ゲンナリしながらラストスパートをかけていると、母親が言った。
「先にシールに名前を書いてから、貼っていけばいいじゃない」
なるほど。その通りだ。今さら教えられても意味がないのに、という言葉はグッと飲んで、要領よく生きることを諦めた。
ケラケラ笑う母親と惨めな僕を思い出すと、今でも体が重くなるようなストレスを感じる。
…はぁ。

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