【第4話】10年間で4.5回同棲に失敗した【ラスボス-普通の人が1番怖い-】

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普通の人が一番だ。

これが私の行き着いた結論だった。


ワンルームマンション一杯にゴミを溜める男はダメだし、チリひとつない部屋に住み私のファンデーションのヨレやマスカラの滲みを即座に指摘するような細やかな人は疲れるし、「いつかビッグになる」が口癖でスタジオ代をせびり、浮気をした挙句に家財道具一式を持ち逃げするようなバンドマンは最悪だし、道をまっすぐ歩くことができず、電柱やガードレールに登りながら移動するような宇宙人とは相性が合わなかった。

とにかく奇人変人はもうまぴらごめんだ。 もっと早く気がつけばよかったのだが、いかんせん私はどうしようもない阿呆なのであった。


私、普通の人と付き合いたい

「普通の人が良い」と鼻息を荒くしていたちょうどその頃合いに、大学で知り合った普通の好青年が私にアプローチしてくれた。同じ大学に通う学生同士の交際。その普通さになんだか感動した。鴨がネギをしょってきた、という慣用句が浮かんだ。

短髪の黒髪、平均的な身長と体格。一度見ただけでは覚えられないようなこれといって特徴のない顔立ち。だが目立つような容姿でもなければ、それとおなじだけ、大きな欠点も見当たらなかった。

彼は姉と妹のいる3人姉弟だった。彼は、お姉さんは気が強く、どこか私と似たところがあると言っていた。

お姉さんはすでに結婚していて小さな子供がおり、東京で暮らしているらしい。妹は引っ込み思案なタイプ。実家から音大に通っているそうだ。3人とも小さい頃から音楽をやっていて、彼は私と同じ大学に入るより前に東京の音大へ通っていたが、どうしても音大独特の空気になじめず、半年で退学して今の大学へ入り直したときいた。そのことで、父親と殴り合いになるほど大喧嘩をしたそうだ。


これこれ!学生同士の明るく楽しい普通のお付き合い

同じ大学に通う彼の友達に紹介してもらったり、学校帰りに飲みに行ったりした。飲んだ代金はちゃんと割り勘をした。「お金ちょーだい」と言われないことが新鮮だった。

クリスマスや誕生日には自宅でご馳走を作って二人でお祝いした。それから寒い時期にはよく鍋をした。彼は鍋奉行で、彼の家族はそれぞれ自分の得意な担当鍋があるらしい。彼の担当は鶏だしの寄せ鍋で、よく作ってくれて一緒に食べた。鶏の寄せ鍋作りに誇りを持っているらしいだけあって、たしかに美味しかった。

お姉さんの担当はキムチ鍋、妹さんの担当は豆乳鍋だと語る彼はなんだか嬉しそうだった。仲の良い家族の食卓を思い浮かべた。彼の姉妹たちの鍋も、そのうちいつか食べてみたいな、と思った。

鍋の食後は決まってアイスクリームだった。事前に買っておけばいいのに、いつも鍋を食べ終わったあとにとつぜん冷たいアイスクリーム欲がむくむくと湧いてくるのだ。二人ともアイスクリーム欲が押さえきれず、寒い中に一番近いコンビニまでさむいさむいと言いながら歩いてゆき、彼はいつもパルムを、私はいつもジャイアントコーンを選んだ。お姉さんの好みはガツンとみかんだと教えてくれた。パシリにされなかったし、日本語で普通の会話ができることが嬉しかった。


やっぱり同棲になっちゃうよね

そうしているうちに、彼が私のマンションに転がり込んできた。一人暮らしにしては少し広めの家に住んでいたので、ぜんぜん悪くなかった。むしろ一緒に自炊をしたり、レポートをやったり、そうい付き合いが楽しかった。

実はつきあう前に、私からひとつだけ条件を出していた。私は当時26歳だった。社会人を経験した後に大学に入学していたので、大学生といえど、それなりのお年頃だったのだ。だから「結婚するつもりの無い人とはお付き合いはしたくない」とキッパリ伝えていた。彼はそれを承知してくれた。だから大学を卒業するタイミングで結婚を意識し、二人で住める家を探しはじめた。

卒業後の就職先が決まっているにしても、まだ二人とも大学生だったため、家を契約する際の保証人は双方の親にお願いすることになった。

以前に彼をうちの実家へと連れて行き、すでに挨拶が済んでいたので、両親保証人になることを快く応じてくれた。二人の就職先の中間点、家賃も間取りもちょうど良い塩梅の物件が見つかり、これからの新生活に見通しが立った。


当然すんなりいきませんでした

そして二人揃って、大学卒業式の日を迎えた。前日に新居への引っ越しも終えていて、晴れ晴れとした門出の日だった。

卒業式には私の袴姿をひとめ見ようと、実家の母が来てくれた。彼のお母さんも遠方から来られていて、それでは今後の事もあるし、4人で顔合わせをしようという流れになった。

そして卒業式の終わった大学の構内のカフェテリアで落ち合った。とても緊張しながら彼の母に挨拶をした。はじめまして。

4人ともが少なからず緊張していて、和気藹々、という空気にはなれなかった。そこでなんとか当たり障りなく会話の糸口を探そうと、うちの母が口火を切った。

「そういえば、そちら様はお姉さんと妹さんがいらして、3人姉弟なんですよね」

一瞬の間があった。

「・・・・は?・・・えっと?どういうことでしょうか?」

この話題には非常に当たり障りがあったようだった。あちらのお母さんはとても混乱している様子だった。

「えっと、うちには、姉などいませんけど

彼はまずい、という顔をしていた。そしてその彼のまずい、という顔を敏感に察知した彼の母親は「すみません、コーヒーのお代わりを頼んできます」と慌てて卒業式後で賑わう店内のセルフサービスのレジへ、彼を引き連れて並びに行った。もちろんコーヒーはなみなみとカップに残っていた。

幸いなことに、レジへ並ぶ列は非常に込み合っていた。長い列に並びながらの長い事情聴取を、席に残された私と私の母はあっけにとられ、いったいぜんたいこれはどういうことなのだと、少しでもヒントを得ようと目を凝らして見守った。遠くからは何を話しているのか聞こえなかったが、母が一方的に息子を問いつめ叱っているようだった。

ようやく二人が席にもどり、しょげかえって口も利けない息子の代わりに母が釈明した。どうやらこういうことだった。

彼には姉などいない。事情があって養子に出したとか、若くして亡くなったということではなく、そもそも最初から存在していない。

しかし妹は実在する。実在の妹は確かに実家から大学へ通っている。しかしそれは彼の言っていた音大ではない。ちなみに彼自身も音大中退後に大学に入り直したのではなく、ただ1浪して今の大学へ入学しただけだそうだ。だから進路変更に伴う父親との殴り合いなど行われていない。姉の好きなアイスはガツンとみかんではない。姉がキムチ鍋を作ったことは一度もないし、今後も作られる予定はない。


架空の姉の、架空の性格。架空の結婚。架空のちいさな子供。

それどころかさらに架空の姉の、架空の夫の仕事やその姑とのゴタゴタまで聞かされていた。


彼の姉は、黒いロングヘアーの持ち主で、スレンダーな体型、勝ち気なところはあるが、旅行のおみやげに気まぐれでテディベアを弟にプレゼントするようなチャーミングな一面もあった。彼とつきあってから2年近くの間、一度も会ったことはないにせよ、確かにしっかりと存在していたはずだった。

私の中で、東京に住む幸せな一家がこつぜんと消えた。

あれは幻想で、全ては長い時間をかけて彼の作り出した虚構の存在だったのだ。繰り返し嘘を重ねて。だんだんと、より、具体的な存在として。

ぐらり、と地面がゆらいだ。4年間通った大学構内にある、馴染みのカフェテリア。目の前には婚約者と、その母親と、私の母。明日からは新居でふたりの新生活がはじまる。数日後には初出社が控えている。

私は土のような顔色をしていたらしい。その場はいったんお開きとなった。そして今夜は学部ごとに開催される謝恩会がある。彼とは学部が別だったので、いったん別行動をすることになった。

ゆらいだ地面のままフラフラと謝恩会に参加し、少々酒を飲み過ぎ、暗雲たる気持ちを抱えて彼の待つ新居へ帰り、説明を求めなければならなかった。


納得がいくように説明してほしい

さあ、この長編ミステリーの結末を、どう綺麗に落とし前をつけてくれるのか。


「お姉ちゃんがいたらいいな、と思ったから」


これが彼の答えだった。なるほど。 それ以上のまともな回答は、どれだけ問いつめてもついに得られなかった。

妹は実在するのに、姉は実在しない。真実と嘘が混在していたため、誰も見抜くことができなかった。

共通の友人の話では、彼は地元から離れ、大学に入学した当初から「姉と妹がいる」と公言していた。つまり入学から卒業式のこの日までの丸々4年間ずっと「姉と妹がいる」という設定で大学生活を送っていたのだ。

嘘をつく理由が見あたらない。

これが一番の不可解な点であった。たとえば、浮気の現場を見つかり「姉だよ」と苦しい言い訳をするならまだ話はわかる。 あるいは複雑な家庭育ったために、不在の家族の思い出を作り出すことはあるかもしれない。でもそうではなかった。彼の母親から話を聞く限り、彼の家庭は両親と彼と妹のごくありふれた中流家庭の、れっきとした4人家族なのだ。

得体の知れぬ闇の深さを感じ、寒気がした。 彼と付き合い始めたのは「普通の人」だと思ったからだったのに。

やはり私の目に狂いはあった。ここまで来るともう私側の問題なのかもしれない。私は無自覚にダメな男が好きなのではないか。あるいはそれを引き寄せてしまう何かがあるのだろうか。


自信喪失、自己不信。これは天変地異か自業自得か。


若い男女が交際し、家庭を築く。お互いに尊重し合い、信頼を深めていく。

どうして私にはできないのだろう。


架空の姉についての不毛な話し合いは、決して安くはない敷金礼金を払い、悩みに悩み、双方の親の協力を得て二人のこれからのためにと決めて引っ越しを終えた新居で行われていた。

このまま何事もなかったかのように、二人でここに住まなければならないのだろうか。もしそこに住むことができないとなっても、今後の行き先の当ては無かった。


「よし、いったん何も無かったことにしよう」


事なかれ主義が骨の髄までしみこんだ我々の結論であった。

私の母の引き止めもあった。

「あんた、うちのジイさんは、バアちゃんと結婚する時、7人兄弟言うとったけど、実は10人兄弟やったんよ。多すぎると見合い相手が無かって、断られる度に減らしたんやって。1人くらい可愛いもんや。長い人生それくらいはある」

そうか、1人ぐらい大したことないかもしれない。ちょっと様子をみてみよう、と思ってしまったのだった。いつも後になって気がつくが、私は判断ミスが多い。

そして崩れていく彼の仮面

結局それから約1年間、疑心暗鬼のまま同棲生活を送ることになった。

しかしあの卒業式以降、彼のついた嘘が次々に明るみに出ることになる。いったん綻びが出てからは、ちいさな矛盾や言動の不整合がどんどん露わになっていった。

私が封筒に入れて本棚にしまっておいた5万円が忽然と消えたこと。機種変をして使わなくなり、どこかに仕舞いこんでいた古いiPhoneがバラバラに壊れて出てきたこと。長年大切に使っていた自転車が駐輪場から無くなったこと。

どれも彼は「知らない」とハッキリ言った。むしろどうしてそんなことになってしまったのかと嘆き、私を慰め、同情し、励ましてさえくれていた。

今思うとあれは演技掛かりすぎていた。しばらくして、それらが全て彼の仕業だと確固たる証拠が次々と出てきたのだ。

以降、彼の言動をメモにとるようになった。平行して 彼は酒癖がどんどん悪くなっていった。酔って壁を殴って穴を空け、扇風機を投げ飛ばした。友人に暴力を振るってケガをさせたこともあった。ここぞとばかりに暴れまわる様子動画におさめ、DVDに焼いて行き着けの飲み屋に見せしめとして配布した。その飲み屋では大画面のプロジェクターで愉快な上映会が行われたそうだ。悪行を記録したメモの方は最終的に3000文字となり、怨念.txtとして私の古いパソコンに眠っている。

ついに別れを決意したのは、消費者金融の督促状が自宅に届いた時だった。赤と黄色で印字されたそのハガキはまさに最後通告だった。

時を同じくして、彼と私の共通の友人からもさまざまな問い合わせがあった。問い合わせ内容はこうだ。

「彼のお父さんが亡くなったとは本当か」

なるほど。ついに彼は自分の保身のために、お父さんを殺したようだった。もちろんその時点でお父さんはご健在で、ただ何かの不具合から逃れる方便にすぎないことは誰の目から見ても明らかだった。

なぜ彼がそのようなぜ彼がそのようなことをしてしまったのか、問いつめると彼はこう言った。


「お前のせいだ」


ここまで来るとホラーだなと思った。

彼の言い分はこうだった。私は彼より年上で、社会人を経験した後に大学に入学した。結婚願望がとても強い。男として引け目に感じる部分があり、結婚願望に応えようというプレッシャーが強かった。虚構の自分を作り上げ、しかしそれが見破られ、どんどん自信を失っていった。酒に逃げ、酒を飲むと気が大きくなった。しかし酒代を払うお金は無かった。

このまま行くとサスペンスに発展しかねない。やばい。逃げなきゃ。


さようなら。二度と関わらないでください

逃げた。おんぼろ一軒家で得体の知れない人々やネズミやゴキブリやイタチが雑魚寝をするシェアハウスに逃げた。まともな神経をした人ならば「こんにちは」と玄関を開けた3秒後に「お邪魔しました」と扉を閉めるようなシェアハウスだ。毒には毒なのだった。このトンデモシェアハウスのことは、また別途、ゆっくり書こうと思う。

また、実は私は以前からボクシングを習っていた。美容と健康と、それから格闘技の心得があれば舞空術を使えるようになるかもしれない、という目的であった。この一件のストレスを糧に練習に精を出し、アマチュアライセンスを取得。大会に出場できるまでの腕前となった。これでもう大丈夫だ。サスペンスにはならない。力でねじ伏せてやる。いつでもかかってこいや。


ちなみにこれだけのことがあったにも関わらず、彼曰く「私の浮気が原因で別れた」ということになっているらしい、と後に共通の友人がそっと教えてくれた。あの野郎、とことんだな、と思った。


30歳を目前に抱えてしまった妙な後遺症

この件があってから、ささいな雑談の中に「山田さんの奥さんのお兄さんがね」と一度も会ったことが無い人物が登場すると「架空の存在かもしれない」と疑わずにはいられなくなってしまった。珍妙で不便な後遺症だ。


他人に疑念を持つようにもなってしまった。世界中の誰もが必ず、何かしらのエキセントリックな面があるのではないか。温和そうなあのお父さんも、仕事のできる上司も、明るく人気者のスポーツマンも、一見しただけではわからないような爆弾をきっと抱えているに違いない。


もう何も信じられない。わけのわからない他人の闇に巻き込まれるのはもう二度とごめんだった。

私はあれやこれやとめんどくさい闇を抱え込み、30代は目前となっていた。

次回!もう男に期待はしない!ひとりで結婚すればいいじゃない!

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もう男に期待はしない!ひとりで結婚すればいいじゃない!

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