② 無一文で離婚した女が女流官能作家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「パーティーでの出会い」

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ーー東京


「ママ。このお家、オモチャがころころ転がっていくよ」

 子供が悲しそうな顔で呟く。

 東京で借りた、古い木造家屋二階建てのアパートは、床が傾いていて、丸いものは部屋の隅にころころ転がっていくのだ。

 風呂なし。洗濯機も置けないので、手洗い。

 子供と銭湯に通う。

 それでも私には夢があった。

 

 なんと言っても、新進、売り出し中の女流作家!!!!!

 売り出し中…と言うことは、まだ売れてない、と言うことだが。

 

 最初に掲載された官能月刊誌の小説を見てくれた他の官能雑誌からも小説の依頼があり、ぽちぽち注文が来る様になった。

 その頃は官能小説の月刊誌がいく本もあって、全盛! と言う時代だったのだ。

 と言っても、原稿料だけで食べていくほど仕事はない。

 子供を保育園に預けて、私はスーパーのレジ打ちや、和菓子店の店員として働き、ずっと二束のわらじだった。 

 その頃よく聞かれた質問に、

「どうやって小説家になったんですか?」

 と、

「実体験ですか? 」

 の二つがあります。

 実体験かどうか…。

 実はすべて実体験ではありません。

 官能小説誌全盛の頃には、一ヶ月5本くらい書いてました。

 すべて違うストーリーを書きますので、実体験ではもちません。

 それに私、針の先についた一つのビーズほどの出来事があれば、それをつむいでバッグが作れちゃうんです。

 自由に空想をはばたたかせて書くのが好きです。

 それともう一つ意外だったこと。

 官能雑誌の編集者さんについて、勝手なイメージを描いていたんですが(ちょっと怖いかも?)すいません。

 でも実際にお会いしてみると、みなさんとても真面目で紳士的な文学青年の方々ばかりでした。

 

 東京に来て2年目。

 色んな出版パーティーにも新人として顔を出すようになったころ、作家のN先生と出逢いました。

 私の憧れの方だったんです。

 文章が上手くて、エンタテーナメントせいがあり、作家として尊敬していました。

 彼のフアンで、自分の小説は読み返しもしにのに、彼の小説は切り抜いて読み返していたほどです。

 N先生はとてもシャイな方。

 お喋りも得意ではなさそうです。

 でも、そんな先生が、あるパーティーでお目にかかったとき、

「いつ書いていらっしゃるんですか?」

 と聞くと、

「僕は朝書いてます。どんなに遅くまで飲んでいても朝は7時に起きています」

 描写方法は、

「普段から目に見える物や人をよく観察しておくといいですよ。後で役たちます…」

 新人の私に、一生懸命アドバイスしたり話しかけてくださるその姿に、じーんと来たのです。

 そして一週間後、N先生から電話がかかってきて、

「飲みに行きませんか? 」

 と声をかけられた時の嬉しさ!

 大好きな憧れのN先生から誘われた!

 天にものぼる気持ちでした。



 新宿の紀伊国屋書店の前で待ち合わせ、N先生が行きつけの、木戸をくぐってはいる隠れ家的な居酒屋で飲みました。

「あなたは和服が似合いそう。バーのママさんなんかあってるかも」

「いえ、先生、私は人と話すのが苦手なんですよ」

 そんな話をしたと思います。

 そのあと、当時N先生が定宿にしていた高層ホテルのラウンジに席を移して飲みました。

 N先生は、低い声でお喋りになる、どちらかと言うと、寡黙なシャイな方です。

 でも、そのシャイな方が、私には一生懸命話題を作ろうと話してくださるんです。

 ホテルのうす暗いラウンジの、窓に面したボックス席。

 目の前に広がる幾千の灯りがまたたく東京の夜景…。

 テーブルの洒落た美しい色のカクテル。

 私が、

「先生は、超売れっ子作家でいらっしゃって、ひっぱりだこで、おモテになって、さぞ幸せでいらっしゃるんでしょうね」

 と聞いたときです。

 N先生は、静かな口調で、

「僕はモテませんよ…」

 とおっしゃったんです。

「書くという事は孤独な作業です。僕はいつも一人です。けっして満たされていません…」

 えっ、満たされていない?

 その時、私の脳裏に、幾百もの鐘が揺れながら鳴り響きました!!

 その言葉で、一瞬で恋に落ちたのです。

(僕は、モテませんとおっしゃった! 満たされてなくて孤独だとおっしゃった! )

(だとしたら…だとしたら…こんな私でも、先生の彼女になったら、もしかしたら先生はよろこんでくださるかも知れない!!)

 そう思ったのです。

 恋の予感…。

 心が喜びに震えました。

 

 ※

 そうして私とN先生とのお付き合いが始まったのです。

 あれは、交際一ヶ月にも満たない頃です。

 作家仲間のパーティーの流れで飲みにいったスナックで、なじみの編集者たちが話しています。

「N先生にはおそれいるよな。原稿待ちしていると、しょっちゅう女から電話が掛かってくるんだよ。一人目には(明日行く)と答え、二人目には(あさって行くから)と言い、三人目には(今夜行けるかも…)って話してるんだ。いつもこんな調子なんだぜ」

「いったい何人彼女いるんだろう」

 編集者たちの会話を聞いていた私は、暗い奈落の底に、まっしぐらに突き落とされました。

 N先生は、同時進行の彼女が5人もいる超プレーボーイだとわかったんです。

 N先生との秘密の恋は、すぐに、私が振られて終わりました。

 ショックでした。

 傷心の日々…。

 そんな時出逢ったのが、50代後半の挿絵画家、岡村画伯(仮名)だったんですーー。


 ※ ※

 

 画家の岡村武雄と知り合ったのも、やはり文壇のパーティーです。

 中野の大きなスナックで開かれた、ある女性編集者の快気祝いパーティー。

 その会場で隣り合わせのスツールに偶然並んで座ったのが、そのころ雑誌に連載していた私の小説の挿絵を描いてくれていた、岡村でした。

 第一印象は、

(小柄でシャイでとてもおとなしそうな方)

 グレーの絹のスーツに、シックで洒落たデザインのループタイを結び、イタリア製の黒い洒落た革靴をはいていらっしゃいました。

 会がはじまってしばらくすると、もじもじしていたその男性は、思いきったように、

「藤先生が、小説XXにお書きになっている人妻シリーズの挿絵を担当させていただいている、岡村です」

 名詞を差し出し自己紹介をしてくれたのです。

「まあ、先生があの挿絵を描いてくださっていたんですね」

 私も挿絵画家さんに直接会えて嬉しかったですし、彼も、

「今日は女流作家の先生にお逢いできて感激です! 」

 頬を紅潮させていました。

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