⑥ 無一文の女が女流官能小説家となり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 彼の正体は? プレーボーイ?
(雑誌に掲載されたペン画・デッサン)
(バラの吐息)
[新聞 挿絵)
このころ私はまだ、彼は女にコンプレックスがあって、付き合えないか童貞?
と思っていた。
だが、そんな私の考えをくつがえすようなことが起こったんです。
ある時彼は、
「あなたの町に遊びに行きますよ」
と言って、私が住んでいた私鉄沿線の小さな駅に来てくれた。
記念に、と言って彼は、
「まち子先生の何でも好きなものをプレゼントしますから」
と言ってくれ、私はコードレスの掃除機と、下着専門店で美しい外国製の総レースの下着を彼に選んで買ってもらった。
そして夜は、駅前のスナックに飲みに行ったのだ。
まだはやい時間帯だったので、ホステスさんやママさんが多勢ボックス席についてくれた。
この夜の彼は、ぐいぐい飲んで、よく喋った。
いつも口下手でもシャイな彼なのに、見違えるようだった。
豹変した、と言ってもいい。
岡村が画家だと告げると、ホステスさんから喚声が上がる。
「美人ばっかり描いていらっしゃるんでしょう!」
岡村は、
「こちらの方は売り出しの女流作家さんで、私の絵のモデルもなさってくださっているんです」
と紹介してくれた。
「あらあ、ステキ! いいですわねえ」
「うらやましいわあ」
ホステスさんから嫉妬ビームの視線が飛ぶ。
この夜の岡村はよく飲みよく喋って、ホステスさんからモテモテだった。
一人のホステスさんが秋田出身だと告げると、
「全身が透き通るような美しい肌なんでしょうね」
とすかさず褒める。
「そんなことないですよう~」
彼女が頬を染めると、
「僕の目はごまかせませんよ。僕の以前のモデルさんも秋田出身でしたが、抜けるような白い美肌の持ち主でしたから」
じっと彼女を見つめて、すらすらと男らしく喋った。
別人のようだ。
30代のメガネをかけたママさんが、
「私、この近くにて、マンションを借りて、歩いて店に通ってるんですけど。たまに男性客につけられたりして、怖いことがあるの~」
と告げると、すかさず他のホステスたちが、
「ママ~今日はこちらの画家先生に送ってもらったらあ」
とはやし立てる。
「僕が送ると、送りオオカミになりますから」
彼は魅力的な笑顔で笑っている。
私は、N先生が私の町に来てくれ、こことは違うが駅近の商店街のスナックで飲んだとき、同じような言葉でママさんに誘われていたのを思い出した。
歌もうまく、すごくいい声で低音を響かせ男らしい歌をろうろうと唄った。
(歌上手! しかも彼、こんなに女性の前で喋れる人だったんだ…)
びっくりすることばかりだ。
ホステスさんたちをきゃあきゃあ言わせ笑わせ湧かせ、モテモテなのに、彼は、
「僕、本当はこういう女性のいる店は苦手なんです。はやく出ましょう」
「それに、僕はまち子先生以外の女性は目にしたくない。絵を描くさまたげになりますから…」
と囁くのだ。
この店で二人は小さな諍いをした。
私が、
「もうすぐ35歳になります」
と言ったときだ。
岡村は、
「まち子先生が70歳になっても80歳になっても、僕の力で不夜城のように美貌を輝かせて見せます」
と言ったのだ。
その言葉が当時の私には気にいらなかった。
「岡村先生は私がアラサーだから若くないと想って、そんなことをおっしゃるのね。10代や20歳の若いコには、そういう言葉を言わないでしょっ! 」
とかんかんに怒って噛み付いたのだ。
「まち子先生はお若くてお美しいです」
「僕はどんなにあなたに憧れて好きか…言葉では言えないくらいですっ」
涙ながらに、訴えたのだ。
スナックを出ると、彼はへべれけに酔っていた。
「まち子先生、今夜は先生の部屋に泊めてください! 僕は、僕は、ずっとまち子先生が好きで好きで、好きでたまらないんです!」
と夜道で大声で叫ぶ。
「だめですわ、お泊めするなんてできませんわ」
断ると、
「なぜなんですか?!」
いきどおる。
「急にはダメなの」
こっちはこっちで、つごうがあるのだ。
「わかりました」
彼は憤然と夜の道を去って行った。
次の朝、彼に電話をかけたが出ない。
次の日も留守だった。
いったいどこに出かけているのだろう?
もしかして、何人かいる彼女のところかも?
疑心暗鬼がひろがる。
一週間後に彼から、
(酔って寝ていて電話にも出ず、大変失礼しました)
と謝りの電話があり、モデルを再開したのだが、この頃には、
(もしかして、彼もプレーボーイさん?)
と思い始めていた。
と言うのは、その頃までに私は、どういうわけかプレーボーイとばかり交際していたのだ。
好き好んで交際したわけではない。
最初のうちは、この方こそ、女なれしていなくてシャイで一途で、私を愛してくれる方…。
と思うのだが、交際して三ヶ月も立たないころ、(あっ、同時に5人と進行しているプレーボーイさん)と判明するのだ。
プレーボーイには女性の口説き方、付き合い方に共通のルールと言うか、テクニックがある。
その口説きテクが全員共通している…。
女性から、
「おモテになるんでしょう?」
と聞かれた時、
「僕はモテません」
と答える。
女性と向き合うと、とにかくシャイで恥ずかしそう。
あなたの町に行きます。と言って、女性の住む町で飲む。
N先生もそうだったな…。
女性に拒絶されたり断られたとき、間を置かず、また誘ってくる…。
N先生もそっくり同じだった。
これらの事が、すべて岡村にもあてはまる。
もしかしたら、彼はとんでもないプレーボーイなんじゃないだろうか?
だんだんとそう思い初めて来たんです…。
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