28歳で投資銀行を辞めてアメリカ留学予定だったのに、フィリピンに語学学校を設立してしまった経緯の話(第二話)
【第二話:挫折】
第一話はコチラから。
コンサルティング部門に配属された私は、10年以上コンサルティングの
キャリアを持つ上司から、手厚く指導してもらい配属後半年した頃から
プロジェクトリーダーとしての仕事を任されるようになった。
当時まだ26歳。
コンサルティング先の企業からすれば、
「こんな若いお兄ちゃんで、本当に大丈夫かいな?」
と思われていただろう。
年齢に加え私は童顔であるため、さらに不安は大きかったと思う。
一時期、若く思われるのが嫌で伊達眼鏡をしていたが、
それはネタにしかならず、失敗に終わったことは言うまでもない。笑
九州では名立たる企業のコンサルティングを担当させて頂いた。
製造業、サービス業、飲食業、水産業、印刷業etc...
オーダー内容は様々だが、どのようなオーダーにせよ、
やはり多くの企業は自社の行く末を案じている場合が多い。
いわゆるリーマンショック以降の景気停滞から、
産業構造が大きく変わり、これまでのビジネスモデルを
ただ継続していただけでは、縮小均衡に陥るのは目に見えている。
だが、では次の一手をどう打つか。
これには、もちろん経営者の長年培った「勘」も必要だが、
会社の将来を左右しかねない大きな舵取りになる。
その「勘」を働かせるためにも、判断材料が必要になってくる。
そこで、我々が登場してくるというわけだ。
「成長戦略策定プロジェクト」
このプロジェクトのゴールは、最終的に我々が考える
成長戦略の具体案を提示しなければならない。
ただのアイデアマン、ではいけない。
ただ、コンサルタントとしての幅広い知識に裏付けされた「勘」は
必要になってくる。なぜなら、まず企業から相談を受けた後、
ざっと資料を見渡した上で、最初に行う作業が「仮説」の設定だからだ。
この「仮説」を立てられなければコンサルタントとしては三流と言わざるを得ない。
仮説なくして、膨大なデータをただ纏めていくと、結局ゴールを手探りのまま
探している状況になり、ただ時間だけが過ぎていくという悪循環に陥る。
一方で、仮説を立てた上で、その仮説の裏付けとなるデータを抽出して
いくと、その仮説が正しかった際には、見事なまでに短期間でゴールまで
辿り着くことが出来る。
一流のコンサルタントは、日々情報を仕入れ、新しい戦略に触れ、自身の中に
蓄積される情報を常にアップデートしているもの。
コンサルタントの力量は、まさにこの仮説の精度次第と言っても過言
ではない。一流か三流かは、ここで見極められるだろう。
企業の戦略を考えるとき、単純化すると以下の4つの方向性が考えられる。
①「既存顧客×既存商材」・・・現状のまま、売上向上策を考える
②「既存顧客×新規商材」・・・既存持っている市場に新商品を投入する
③「新規顧客×既存商材」・・・新しいマーケットに既存商材を投入する
④「新規顧客×新規商材」・・・新しいマーケットに新規商材を投入する
難易度は①が一番やさしく、④が最も難しい。
コンサルタントとしても、まず①の検討からスタートし、徐々難易度の
高い方法を検討していく。
景気が良かった時代は、①もしくは②でいくらでも方策があった。
でも時代はリーマンショック後から長らくの続いた超円高デフレ。
正直、あの時国内市場での打ち手は極めて少なかった。
周りは倒産の嵐が吹き荒れる中、経営者は必死に事業を
守ることで精一杯だった。
「どうリストラするか」
「どうコストカットするか」
暗い話が多かった。
でも、そんな時代に勢いよく成長していく企業が九州にもいくつか
あった。製造業、サービス業、水産業etc..
実は彼らの成長戦略はおおよそ「海外市場」にあった。
当時の私のイメージでは、海外市場を開拓出来るのは
大企業のみであって、まさか九州の中小企業が海外に行くなんて、
無謀以外の何物でもないと思っていた節があったので、
その衝撃は大きかった。
海外―――――
その時、遠い海の向こうというイメージから確実に
ターゲット市場という見方に変わった自分がいた。
そのような流れがあり、第一話冒頭の会話こそ、
日本の中小企業の生き残る道として、数々の企業に
提案したものだ。
数々の企業のコンサルティングレポートの最終章には、
必ずと言っていい程、海外進出の項目を入れた。
(もちろん、その前段では①②のような提案を入れた上で)
経営者の反応も上々で、実際に進出に向けて動き出した企業もある。
しかし、とある1社の経営者から言われた一言。
経営者
渡辺さん、海外進出を提案されるのは本当に魅力的だと思います。でも、渡辺さんは海外で仕事されたことありますか?海外市場の厳しさを知ってますか?
私
・・・
経営者
インドに進出するという提案ですが、ではあなたにお願い出来ますか?
私
・・、パートナー企業がおりまして、そこと手を組めば大丈夫です!
苦し紛れの回答だった
あらゆる質問に対して準備してきたつもりだった。
その市場の魅力ならいくらでも語ることは出来た。証明も出来た。
でも、僕は行ったこともないし、そこでビジネスをしたこともなかった。
自分が一番なりたくなかった「机上の空論」だけを並べる
薄っぺらくて使えない知識だけを振りかざす三流コンサルタントだった。
アジアに出よう――――
そう決めるには、さほど時間は掛からなかった。
(第三話に続く)
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