口下手童貞少年、ナンバーワンホストになる ③ スタートライン編
心なしか顔もイキイキしているような?
あのMさんの甘いマスクの力か?)
そう思う様になってから、Mさんの着いている席を盗み見するようになっていた。
盗み見しているとやはり自分の時よりお客さんがイキイキしている・・・。
そう感じてから、Mさんを観察する事にした。
小学校の自由研究のアサガオ以来の真剣な観察だった。
Mさんの座っている席にできるだけ一緒に着く様にした。
もしくは卓が違っても、Mさんのできるだけ近くにいるようにした。
それを数日繰り返した時に、自分とMさんの決定的な違いを見つけた!それは何か・・・。
Mさんは普通の会話をしていた!
そして、相手の話をよく聞いてあげていた。
その時に入れる相槌も、笑いながら普通の返答をしていた。
(こっ、これだったのか!!)
私にとっては大発見だった!
当たり前の事かもしれないが19歳のナインティーンの少年には大発見だった!
私はまず、お客さんを笑わせなきゃ、面白い事を言わなきゃ、と思いすぎてそれが逆に足かせとなって会話をあまりできないでいた。
そして面白い事、笑わせなきゃという思いが焦りに変わり相手の話を親身になって聞く、という事ができていなかった。
さらに、その焦りが余裕を奪い緊張する。
その緊張が相手に伝わり相手も気を遣ってしまう、
という悪循環になっていたのだ。
お笑い芸人じゃあるまいし会話を全部おもしろくする必要もない。
無理して笑いをとろうとする必要もない。
プロ野球でも3割打てばすばらしい選手だ。
私は恥ずかしながら、全打席ホームランを狙いにいっていた!
一方で聞く時は、とりあえず相手を喋らせてあげればいい。
むしろその方が大事だった・・・。
お客さんがどう無理なく会話ができるように導いてあげることができるか?
お客さんのしゃべった事に対して質問して、また喋らせてあげる・・・。
私が今までしていた接客はオナニーだった。
完全な自己満足だ。
自分一人であればそれでもいい。どれだけ気持ちよくできるか・・・。
自分一人であればとことんそれを追及してもいい。
だが店は違う。
それどころか相手は結構な金額を払って店に来てくれている。
それを自分目当てで来店している訳でもないお客さんにオナニーを披露するなど、勘違いも甚だしかった。
郷ひろみのサイン会に舘ひろしが代打で来るようなものだ。
まず普通の会話をしてみる。それと聞き上手になる。
それが自分に足りなかったものだとMさんに気付かされた。
その事を実践しだしてからは、お客さんの対応もだいぶマシになっていった様に思う。
さらに、
「とりあえずは普通でいいんだ」
と思う事が余裕に繋がり、変な焦りも無くなり、お客さんに気を遣わせるという事も減っていった。
お客さんに物を売るわけでもない。
食事を提供するわけでもない。
人が直接対話する、という事にお金を支払っていただくという仕事のスタートラインに、やっと自分は立てるようになっていた。
コンビニで買えば1000円以下で買える焼酎を、ホストとの会話によって付加価値をつけ1万円にも2万円にもする・・・。
この人と飲むならこれぐらいの料金はしょうがないなと思わせる。
もしくは錯覚させる。そう思い込ませる。
その時はまだ100円の付加価値もつける事はできていなかった様に思うが、
鉄パイプが相手では気付かなかった事を、私は学んだ。
その後のお客さんの中で、
「いつも愚痴とか聞いてくれてありがと。Kちゃんも頑張ってね!そういえばKっていう名前のホストは名古屋では成功している人が多いからKちゃんもイケるよ!」
相手なりのただのお礼の言葉だったとは思う。
だが、そんな言葉でもその時の私はとても嬉しかったのを覚えている。
著者の健二 井出さんに人生相談を申込む
著者の健二 井出さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます