ALife(人工生命)技術で“音の豊かさ”を表現する「Alternative Comfort」とはなにか?
ISIDのオープンイノベーションラボ(イノラボ)は、先端テクノロジーを活用したサービス開発を世界に先駆けて手がけていくことを目的に設置された研究開発組織です。2020年12月18日、電通の社内横断組織「デジタル・クリエーティブ・センター」と共同で、ALife(人工生命)技術を活用して自然界の音の豊かさを表現する体験展示「Alternative Comfort」を発表しました。
ALifeとはいったいどのようなものなのか?なぜALifeを用いて自律的に音を生み出す装置をつくったのか?——「Alternative Comfort」の概要や開発の経緯、音が都市や人にもたらす可能性について、電通のクリエーティブディレクター寺本誠氏、ISIDとALifeの共同研究を進めるALIFE Lab.代表理事の青木竜太氏、イノラボの藤木隆司が語り合いました。
ISID、電通、ALIFE Lab.の3社による、協創プロジェクト!
―まずは簡単に自己紹介をお願いいたします。
藤木:ISIDオープンイノベーションラボ(イノラボ)の藤木隆司です。2018年に出版された「作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門」(著者:岡瑞起、池上高志、ドミニク・チェン、青木竜太、丸山典宏)の刊行記念トークイベントに参加したことが、ALife研究をはじめたきっかけです。
青木:ALIFE Lab.代表理事の青木竜太です。ALIFE Lab.とはALife研究者と他分野の研究者やアーティストとの共創促進を目的としたコミュニティです。
「Alternative Comfort」の体験展示では、ISIDとの共同研究の一環でALTERNATIVE MACHINE社と共同開発した技術を提供しています。
寺本:電通の寺本誠です。私は、ALifeを社会実装するためのプランニングを担当しています。藤木さんから「研究成果をどのように発展させ、社会応用先を広げていくか」と相談されたことをきっかけに、ISIDとともにALifeの活用法を考え、それを企業や自治体に対して提案する企画を考えています。
ALife(人工生命)は、“生命研究の総合格闘技”
―早速ですが、ALifeとは、そもそもどんなものなのでしょうか?AIの仲間?ロボットかなにかですか?
青木:いやいや、まったく違います(笑)。人工生命という言葉が独り歩きしてしまい、アンドロイドや謎の生命体みたいなイメージを持つ方が多いのですが、実際のALifeとは、「“生命とはなにか”をつくりながら探求する研究分野」のこと。生物化学やコンピューター上のモデルを使って、意識、肉体、知覚、認知など、生命にまつわるあらゆる事象が、どう発現、進化し、学習、適応するかを紐解く、非常に幅広い研究のことを指しているのです。いわば“生命研究の総合格闘技”みたいなもの。研究者のなかには哲学者もいますし、アーティストもいれば、微生物学者もいる。多分野の専門家によって広く深く研究がなされているんですよ。
コンピューター上で研究されている場合は「ソフトALife」、ロボットを用いて研究されている場合は「ハードALife」、生化学によって研究されている場合は「ウエットALife」と呼ばれ、3つの種類に大別されています。
藤木:研究の範囲があまりに幅広く、しかも一つひとつがものすごく専門的なんですよね。自分でお声掛けをしておきながらわからない点も多く、最初は、「ALifeとはなにか」を勉強するところから始めました。青木さんに紹介してもらったALife研究者の方にインタビューを行い、並行してティーブン・レヴィの著書『人工生命──デジタル生物の創造者たち』という本を読んで、理解を深めていったことを覚えています。
その次に取り組んだのが、『風の谷のナウシカ』や『火の鳥』などのSF漫画に描かれた未来に着目し、「こうした未来を実現するためにはどんな社会課題を解決し、どのようにALifeを活用すればよいか」をディスカッションするワークショップです。マテリアルサイエンティストの亀井潤氏、金沢21世紀美術館の高橋洋介氏、アーティストの長谷川愛氏、ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏ら、多分野のスペシャリストとともに、学際的な議論を行いました。
詳細はこちら:https://www.isid.co.jp/case/project/2019alife.html
青木:そう、そしてここで出てきたのが、「集団の形成メカニズムの分析と介入法」というテーマで、そこから音の作用に注目していったんですよね。ALifeの技術と、これまであまり注目されてこなかった聴覚がもたらす非常にリッチな体験価値をかけ合わせれば、長期的に、人にとって心地よい環境がつくれるのではないか、人だけでなく動植物にとっても豊かな、住みやすい街が生まれるのではないかという話が持ち上がりました。それが今回の展示で活用された「ANH(リアルタイムサウンドスケープ生成装置)」に繋がっています。
音で心地よさや生態系をつくることも!? ALifeを活用した「ANH」
―「ANH」とはどのようなものなのでしょうか?
青木:「音のニッチ仮説」に基づきつくられた、これまでにない、音環境の創出プロトタイプです。「音のニッチ仮説」とは、生体音響学者のバーニー・クラウスによって提唱された、「自然界には様々な周波数帯の音を出す生物がいて、互いの周波数帯がぶつからないような形で、非常に複雑かつ豊かな音環境をつくり出している」とする仮説です。
藤木:バーニーはこのような音環境を「音の住み分けができており、調和が取れている、“自然のオーケストラ”だ」と言っていますよね。
青木:はい。これをALifeで実現しようというのが「ANH」です。ALifeを活用してつくられた“音を聞き・生成するデジタルエージェント”が複数台設置された環境で、それらが互いにコミュニケーションを取りながら、空いている周波数帯の音を奏でていく仕組みになっています。自ら学習し、進化して、音を書き換えていくところがポイント。逆にうまくコミュニケーションが取れないときや、いくら探しても空いている周波数帯がなくぶつかってしまうときなどは、音が死んでしまうこともあります。
「ANH」を使えば、自然界にあるような豊かな音環境が、都市や街で再現できる。人にとって心地よい、自然のオーケストラを、森や生物などを持ってくることなく生み出すことができるのです。
余談ですが、2019年12月に、オーストラリアの研究チームが「サンゴの白化が進んだ海中に“サンゴ礁の音を出すスピーカー”を設置し、魚を呼び出すことで、サンゴ礁の再生を促すことに成功した」と発表しました。このように、ゆくゆくは、自然環境を復活させることにもつながるのではないかと期待しています。
音と空間の在り方を、長期的に、SDGsの視点で変えていく
―寺本さんは、2020年から本プロジェクトに参加されたとのこと。ALifeや「ANH」について聞いてみて、どのようにお感じになりましたか?
寺本:音環境に着目したところが非常にユニークで面白いなと思いました。耳は、お母さんのお腹のなかにいるときから聞こえ始め、最後まで機能することが多い器官だとされています。そして音は、感情や記憶に作用していると思います。
たとえばさざ波の音を聞けば心地よいと感じるし、人によっては、音楽はある記憶の場面を思い出す。言語化しにくいけれど、確かに人間の心理や行動に影響をもたらすものをつくるファクターになっている、それが音の面白いところです。
そんな思いもあり、今回ANHを活用して音の複雑な生態系を知覚してもらう体験を創る実験的なプロジェクト「Alternative Comfort」を企画しました。自然豊かな場所 においては生き物たちの鳴き声が違った周波数帯に分布し、音の生態系は複雑で豊かになっていくのに対し、都会に近づくほど音の層は薄くなっていく。
自然の中の生き物たちにとっての「良い」音と、人間が共生していくことは可能か。人間が自然を制御し、支配する人間中心ではない「心地よさ」のAlternativeを探求する試みとなっています。
―藤木さん、青木さんはいかかでしょう。ALife研究の今後の可能性について、どう思われますか?
藤木:私は都市を音という視点から見つめ直すこのプロジェクトに大きな可能性を感じています。都市はこれまで人間中心で作られてきて、自然環境や生態系に対する配慮がなされなかったと思うんです。その結果、人々が自然と接する機会が減少していき、それによって自然に対する関心や保全意識が低くなり、自然環境を悪化させてしまっている。「音のニッチ仮説」でもいわれる生物にとって重要な意味を持つ音環境に目を向けることがきっかけとなって、そこに存在する自然環境や生物について人々の意識が向く。そして、ゆくゆくは自然環境や生物多様性が担保された環境に価値を感じ、人間と自然が共生する社会の実現に向けた行動へ変わってくるのではないでしょうか。その考えの下で現在、都市空間における音を計測し、生態系多様性を指標化する研究をALIFE Lab.と実施しています。
短期的な成果は難しいかもしれませんが、長期的には、青木さんが言うように、自然環境の復活や生物の多様性につながる可能性をも秘めています。SDGsの視点に立った、持続可能な街づくりに必要なソリューションだと思いますね。
青木:他に、音を生み出す、豊かにするという方向だけではなく、例えば工場などの過酷な音環境の場所で、音を打ち消すような効果をもたらすこともできるかもしれませんね。まだまだ実験中の技術ではありますが、音と空間の在り方を大きく変える可能性があると感じています。
イベントレポート:音の豊かさを感じる体験展示「Alternative Comfort」
2020年12月19日(土)~25日(金)、東京・表参道COMMUNEで、「Alternative Comfort」の世界を体感することができる展示が実施されました。テーブルやチェアが置かれた休憩スペースの天井に複数の鳥かごが吊るされており、なかには、ALifeの技術を活用した“音を聞き・生成するデジタルエージェント”が!他に、デジタルエージェントが出す音に反応して波紋を広げる水盤のような機材も展示されました。
「今回の展示は、“音環境の変化に気付くきっかけを提供したい”という思いで設計しました。ですから、展示物がクリエイティブな作品に見えすぎないように気をつけています。モノではなく、音の変化によって起こる現象に注目していただけると嬉しいです」。こう話す、電通の寺本氏。来場客も、次々と繰り出されるキーンとした高い音、鈴を鳴らすような澄んだ音、動物が唸るような低い音などの様々な音に、驚き、耳を傾け、反応しているようでした。
ISID、電通、ALIFE Lab.は、今回の展示で得られた知見をもとにして、さらにALifeの社会応用に取り組んでいきます。
行動者ストーリー詳細へ
PR TIMES STORYトップへ