次の100年も木桶仕込みのお酒を造りたい。木桶仕込み純米酒『人と 木と ひととき』誕生の背景 vol.2 デザインのひみつ
2019年、新潟駅からほど近い沼垂地区に蔵を構える今代司酒造(いまよつかさしゅぞう)が、『人と 木と ひととき』という少し変わった名前のお酒を発売しました。今ではほとんど見かけなくなってしまった木桶で仕込んだ純米酒です。この『人と 木と ひととき』をつくることになった背景、私たちの想いを三回にわたってお伝えしています。
第二回は、「デザインのひみつ」。シンプルな木目のラベルに隠されたこだわりと職人の超絶技巧のお話です。
『人と 木と ひととき』
■究極の潔さ
『人と 木と ひととき』は、生酒では透明瓶、火入れしたお酒には半透明のフロスト瓶との2種類の瓶を使い分けており、どちらも木目の模様の透かしが入った真っ白なラベルに包まれています。
今代司酒造の代表 田中洋介がこのパッケージデザインをお願いしたのは、株式会社BULLETの小玉文さん。今代司酒造の看板商品『錦鯉』も小玉さんの手によるものです。
今回、『人と 木と ひととき』のパッケージデザイン誕生にまつわるお話をお伺いしました。
BULLET代表 小玉文さん(左)と今代司酒造代表 田中洋介(右)。錦鯉のパッケージデザインで「Winner」を受賞したGERMAN DESIGN AWARDの授賞式にて。
この依頼を受けたとき、どのように感じましたか?
「大型木桶で仕込む日本酒文化を、次の百年に残したい」という想いから始まったプロジェクトだとお聞きしたとき、これは弊社にとっても大切な仕事になると感じました。「人と 木と ひととき」という名前にはユーモアと志があり、何百年も前から続いてきた、人と木の関係を想像させてくれます。
「木」の魅力が感じられる、華美すぎず心地よいデザインを目指したいと思いました。
実際の桶の木目の一部を再現するアイデアはどこから?
木の「木目」を活かしたデザインを早い段階から構想していましたが、今回の木桶の製作には社員の皆さま自らが携わったとお聞きし、是非その木桶のリアルな木目をデザインに活かしたいと考えました。
木桶造りの技。製作にかかる労力。大型木桶の大きさ…。いただいた資料の数々からは、製作に携わった方々の愛が感じられました。
ラベル用紙もとても特殊なものだと伺いました
ラベルは「パチカ」という特殊な紙で製作しました。この紙は、型押し加工を行うと熱で溶けて半透明になる性質があります。今回は強弱二段階の熱加工を施し、木目を立体的に表現しました。これは、加工職人の高度な技術がなければ実現できないことでした。
木桶仕込みの日本酒は薄い黄色が特徴で、ラベルの半透明部分からはその色が美しく透けて見えます。途中段階では木目が茶色いデザイン案もあったのですが、最終的に「白い木目」に着地したことで、より繊細な色を引き立てるラベルとなりました。
茶色い木目のデザイン別案
パチカは、本来はラベルとして用いる紙ではありません。そのため、紙の裏面にタック加工(シールの糊を付ける加工)を施す必要がありましたが、そのままでは綺麗に加工出来ず、PP加工を施して平滑な面を作ってからタック加工を施しました。
見えない部分にも非常に手間をかけた仕様となっています。
商品名のレイアウトも、普通とはちょっと違いますね
一般的に商品名は目に入りやすいようラベルの正面などに配置することが求められますが、「人と 木と ひととき」の商品名は、ラベルの最端に慎ましく配置されています。「木目を感じる」というアイデアを最大限に活かすためには、説明的な文字は正面には不要、見えるものは木目のみ……という、潔いデザインが完成しました。非常に挑戦的ですが、今代司酒造さまに共感、ご理解をいただいたからこそ実現したと思っています。
商品名とロゴはシルバーの箔押しで慎ましく
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■遊び心
小玉さん自身では語っておられませんでしたが、この木目の模様には、実は今代司とかかわりの深い、ある形が隠されています。このお酒を飲みながらリラックスした「ひととき」にぜひ探してみてほしい、心憎い演出です。
どこに何が隠れているか、分かりますか?
■紙と印刷について
実際のラベル製作は、箔押し加工を得意とする有限会社コスモテックさんにお願いしました。ぱっと見ただけでは分かりませんが、実はとんでもない高度な技術で作っていただいているラベルなのです。
木目の立体感を出すため、「パチカ」という紙に強弱二段階の熱加工を施していますが、一段階目は二段階目と差をつけるために低温の弱圧で、さらに二段階目はしっかりと紙が透けるように高温・強圧をかけて型押しをします。それだけでもとても手間がかかる作業です。
しかも、二段階目の高温・強圧の型押しの前には透け具合の調整のため透け感が弱い箇所の下に薄い紙を重ねて、全体が均等に透けるようにするための「具合出し」という下準備があります。パチカはこの具合出しで使用する非常に薄い紙一枚でも透け感が変わってしまう繊細な紙なので、通常の箔押し加工時の具合出しに比べて高い技術力が求められ、調整に時間もかかります。
この型押し二段階の位置合わせと、二段階目の透け具合の調整が大変難しいのだそうで、まさに職人技。
この『人と 木と ひととき』について、実際に箔押しを仕上げていただいたコスモテックの前田瑠璃さんは、次のように語っていらっしゃいました。
ーー「パチカ」の紙に加工するとなると、加熱型押しによる半透明にする加工方法か、箔押しする加工が定番で、ひとときラベルのように2段階に押し具合いを分ける加工方法は経験がありませんでした。このような見せ方もあるのだと、今後の加工や表現の在り方の勉強となる経験をすることができました。
お客さまからの、「こう見せたい!」などのご要望から、今まで当たり前に加工してきたものが違う見え方もできることがあります。新しい加工法から表現にもより幅が広がり、木桶の表現にも深みを出すことができました。
私たちにとっても、紙とその加工の奥深い世界を垣間見るきっかけとなりましたし、私たちが造った中身の「日本酒」と、それを容れるパッケージが上手くリンクすることで、より背景にあるストーリーを飲み手の皆様にお届けできるのだということを改めて実感するものとなりました。
有限会社コスモテック 前田瑠璃さん。女子美術大学卒業。ものづくりへの熱い思いを抱いてコスモテックに入社。箔押しの匠 佐藤勇のもとで箔押しを一から学び、2019年4月コスモテックの現場リーダーに就任。加工の仕事の代表作は、クラムボン20周年武道館限定CD『Slight Slight』また、『モメント e.p.』シリーズのCDジャケットなど。 企業・デザイナー・同人作家含め、幅広く多くの箔押し加工を手掛ける。
こうした複雑なプロセスを経て箔押し・印刷された紙を、最終的にお酒のラベルにするためにシール状に加工して、今代司に届けていただきます。ただし、機械貼りはできないため、一本一本心を込めて、今代司のスタッフが手作業でラベル貼りをしています。
■木桶の文化を残したい
最後にデザイナー小玉文さんから、素敵なメッセージをいただきました。
ーーこの日本酒は、実際に手に取って飲んで体感してもらうことが大事だと考えています。「大型木桶」の文化を後世に残すことの大切さは、頭で考えて理解するよりも、体感して納得すべきことです。
今回のラベルデザインは、実際に手に入れてみたい、触ってみたいと思わせる魅力があるものに仕上がったと思います。デザインをひとつのきっかけとして「人と 木と ひととき」を手にしていただければ嬉しく思います。
一見シンプルに見えますが、実は木桶文化を残したいという想いの詰まったデザインを超絶技巧の印刷で表現し、多くの手作業のリレーで仕上げていくこだわりのパッケージ。
これまで日本酒にあまり接点がなかった方でも、「デザイン」を切り口にして日本酒や木桶のことを知り、そこから広がって日本の文化に興味を持っていただけるきっかけのお酒になれば、このお酒に関わった者にとってこんなに嬉しいことはありません。
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