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群馬老舗酒蔵「永井酒造」135年の歩み

著者: 永井酒造株式会社


永井酒造の初代当主が群馬県・川場村の水に惚れ込み日本酒を造り始めてから、今年で135年。酒蔵の建て替え、日本酒に新しい価値を見出したリブランディングに至るまでの歴史を、永井酒造株式会社の代表取締役社長であり6代目当主の永井則吉が語ります。


▲永井酒造株式会社 代表取締役社長6代目蔵元 永井則吉

初代当主が惚れ込んだ川場村の水と永井酒造の始まり

永井酒造は1886年(明治19年)に創業しました。

代々、永井家は士族でしたが、江戸から明治に時代が移り変わる時に、当時の花形産業である酒造りを始めることにしました。そして、現在も拠点としている群馬県利根郡川場村の水に、永井酒造初代当主・永井庄治が惚れ込み、長野県須坂市から移り住んできました。


▲永井酒造水源地


日本酒は約80%が水を成分としているため、水が生命線といっても過言ではありません。水が途絶えてしまうと酒造りができなくなってしまいます。初代は何もないところから裸一貫で酒造りを始め、その大切な水を確保するために水源のある森林を少しずつ買い足していきました。今では東京ドーム約10個分、50ヘクタールを永井酒造単独で保有するに至っています。

 

永井酒造が酒を醸造する際に使用する「仕込み水」は2158mある武尊山(ほたかやま)からの伏流水で、豊富なミネラルが含まれています。この地域の潤沢な地下水は、地層を調べたところ30年以上もの年月をかけてろ過されていることがわかりました。超軟水で口当たりは柔らかく、最初に甘みと後味に少しミネラルを感じるのが特徴です。

弊社の目指す酒造りは、この恵まれた「水」を表現する綺麗な酒造りです。日本酒の中で水は人間の骨格に例えると背骨にあたる大事な部分です。軸となる水と、米の繊細な味わいを最大限に引き出し融合させて生まれる、口当たりが軽く飲みやすい食中酒を目指しています。 

代々受け継いだ酒造りと父が取り組んだ地方創生

酒造りに取り組み続けた初代は60歳半ばで亡くなります。その後、初代の妻が引継ぎ、90歳代まで酒蔵を守ります。次に息子が2代目となりますが、戦争で亡くなります。自分の祖父にあたる人です。

そして3代目となる父が社長に就任したのは、まだ10歳の時でした。若くして後を継ぎながら大学まで進学し、その間を支え、会社を守っていたのが祖母でした。その父が亡くなった後、母が4代目となり、兄が5代目、そして私が2013年に6代目へ就任し、今に至ります。


振り返れば、永井家が代々酒造りの事業を進めていく中で、蔵を陰で大きく支えていたのは女性でした。それは今も同じく、6代目蔵元の妻、永井松美には、時には表で、時には陰で支えてもらっています。彼女の豊富な海外経験を活かし、日本酒文化をこの川場村から世界に向けて一緒に伝えております。

 

家業を引き継いだ父は、神戸灘地区の大手酒蔵で修業をしました。そこで多くを学んで地元に戻った時、昔から変わらない古い体質を変え、川場村を豊かにする事を決意いたします。

 

▲(左から)永井酒造3代目蔵元 永井鶴二、前杜氏 杉浦正夫


その頃、日本酒業界は潤っていて、弊社も多分にもれず全国平均的なお酒を造っていましたが、作れば売れる良い時代でした。そこで父は安定している酒造り事業から外に目を向け、27歳で村議会議員、31歳で全国最年少の村長になりました。

 

▲村長選挙の様子


川場村は、国道も鉄道も通らず、信号もない田舎の村でした。村長となった父が取り組んだのは、一番の基幹産業である農業を産業化し、徹底的に品質の良いものを作り、持続可能な農業を目指すことでした。

 

まずは農業基盤整備を徹底的に実施し、田んぼと畑が入り交じり棚田のようになっていた農地を整備するところから始めました。永井酒造本社の前に現在一面に広がる美しい田んぼから整備を始めたことが村の歴史として資料に残っています。


今一番の村の財産は里山の原風景です。開発が進むと昔からの風景が壊されてしまうことが多いですが、川場村は父の時代に作った条例で田んぼや景観が守られています。産業を興しながらも田園風景を残すことが大事と考えています。


▲川場村の田園風景


父の政治方針は「農業プラス観光」でした。その集大成として川場田園プラザがあります。群馬県道64号線上にある道の駅で、今では年間190万人が訪れる人気のスポットです。地方創生の成功モデルとして、今では国内をはじめ海外からも視察団が訪れるほどです。

兄とともに取り組んだ180度方向転換をした第二創業期

日本酒を作れば売れた時代から、1973年をピークに日本酒の消費が下降する時代に入ります。今ではピーク時の26%程度にまで落ち込んでいます。このままでは蔵がつぶれてしまうと感じ、約30年前に兄とともにブランドリニューアルを図りました。それまで主力商品だったごく一般的な日本酒から180度転換し、自分たちの納得する酒造りを新たにしていこうと決意しました。まずは設備が古かった蔵を立て直すことになり、ここで私の大きな転機が訪れます。

 

▲永井酒造新蔵


大学で建築を学び、知見があったことから酒蔵を建て替えるプロジェクトチームに入ることになったのです。チームでは全国の酒蔵視察にも参加しました。そして多くの立派な酒蔵を見るたびに、良い酒造りは良い社員を育て、さらには地域の人にも喜ばれて絶大な信頼を得ていることを知り、自分の家が酒蔵であることを強く意識するようになりました。


酒蔵はその土地の名士であったり、歴史ある地域のパワーを持っていたり、酒という大きな吸引力があります。上手い酒を造るのは当たり前で、良い酒蔵ほど、地域文化を発信し、人と人を繋げていることに感動しました。その時、父が命懸けで政治を行っていることも理解し、地域に良いことをし、未来にも繋がっていると気づきます。酒造りにも興味を持ちはじめ、大学を卒業する頃には人生をかけて酒造りをやりたいと思うようになりました。


しかしながら、両親は大反対します。それでも1年かけて説得し、なんとか一製造スタッフとして働かせてもらうことになりました。経験がないので、理論的なことは国の通信教育を受けて、国家資格である酒造技能士1級まで取得し、根幹となる技術は蔵で働きながら現場で学びました。

 

現場で働きながら感じたのは、ほとんどが長く働いているスタッフで、考え方が全く昔のままということでした。蔵を建て替え、リブランディングを図っても、考え方が変わらなければ何も変化は起きません。兄は経営者としてトップにいる立場だったので、現場は任されて自ら改革していくことになりました。それから2~3年は記憶がほとんどないくらいにがむしゃらに働きました。

入社1年後に父が突然亡くなり、その3年後に支えてくれていた母も亡くなります。3年間で会社の大黒柱の2人を失い、会社が倒産しそうになるほど追い込まれ、兄と私はとにかく社員と会社を必ず守ると覚悟を決め、3年間無給で必死に働きました。


▲(上段左から)6代目蔵元 永井則吉、4代目蔵元 永井すみ子、5代目蔵元 永井彰一

熟成酒やスパークリング日本酒など、新たな日本酒の追求


▲20年にも及ぶ研究の末、誕生した日本酒コンセプト「NAGAI STYLE」


必死に蔵を守り働く中でも、自分たちの造る酒と真摯に向き合うことを大切にしてきました。そして技術と知識は向上しつつも哲学がないと感じ、世界に通用するお酒を造るという目標で最初に熟成酒の研究を始めました。それから少しずつ自分たちの造っている日本酒が売れる未来が見えてきました。

 

独学で他のお酒について勉強もする中で、世界で幅広く親しまれているワインはスパークリング、白、赤、デザートなど、それぞれ食事に合わせてある一方で、日本酒にはないことに疑問を感じます。そこで自ら新たなカテゴリーを作ろうと考え、本格的なスパークリング日本酒の研究を始めました。2003年から約700回の失敗を経て2008年に完成し、同時に思い描いていた食事と合わせる日本酒スタイルを誕生させます。永井家の先人たちに感謝の意を込めて「NAGAI STYLE」と名付けました。さらに新たな日本酒として最初に取り組んだ熟成酒も2013年にやっと商品化に至り、2004年に熟成を始めたビンテージ品を販売しました。この一連の商品アイテムができるまで20年もの歳月がかかりました。


▲(左から)永井酒造株式会社代表取締役社長 永井則吉、永井酒造株式会社取締役 永井松美


今年135周年を迎えるにあたり、初代当主がここを拠点に酒造りを始めてから今に至るすべてに感謝し、これをいかに未来に繋げていけるかと考えています。昨年より、妻、松美が会社の経営陣として加わり、世界の共通課題である地球温暖化やウーマンエンパワメントなどSDGsの取り組み、また日本酒にもまだ親しみの少ない女性達にも更に嗜んで頂けるよう女性視点のマーケティングも展開しています。日本酒業界では未来に酒造りを繋げていかなくてはなりませんので、今後も様々な挑戦をしていきます。最終的には日本酒づくりを通じて世界平和に貢献したいです。地球のために何ができるか、未来の人たちに向けて自分たちに何ができるかを考えながら今後もチャレンジしていきたいです。




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