無業の若者が「自分のお部屋」に居ながら手に入れた、ITスキルと心の元気。手を差し伸べた若き起業家は、社会貢献の可能性に夢を抱く
世界レベルの感染症が蔓延する中、オンライン・ツールによるコミュニケーションは劇的な変化を遂げてきた。若者の自立・就労支援の現場でも、実際には一度も対面することなく、日本全国どこからでもオンラインで繋がるプログラムが登場している。
たとえ就労支援施設や福祉施設が自宅近くになくても、ネット環境と端末があれば、大都市圏に住んでいるのと変わらない支援が受けられる。また、継続的に外出するのは自信がないというケースにも、オンライン支援は適している。
実際に短期集中でITスキルを「ほぼゼロ」から身につけた若者と、それを支えた支援機関、そして金銭や商品ではなくサービスを提供するかたちで社会貢献に挑戦した若い企業の実録を、ここに紹介する。
■コロナ禍で無業となって1年。若者が挑んだ就労支援プログラム「ステップ・キャンプ」とは
ここに30秒の動画がある。まずはこちらをご覧いただきたい。
この動画を制作したのは、群馬県在住のE.Sさん(30代)。E.Sさんは2021年11月から2022年3月まで、完全オンラインの就労支援プログラム「ステップ・キャンプ」の動画編集コースに参加し、その集大成としてこれを作った。それまで、動画は好きなアニメなどを見るだけで、パソコンはネットとメールをする程度のレベルだった。
E.Sさんは短大を卒業後、事務職や郵便局のアルバイトなどで少し働いては休む生活を10年近く続けた。新型コロナウィルスが蔓延し始めた2020年春からは約1年、地元の家具店で事務のパートをしていた。しかし、コロナ禍での業績悪化を理由に職を失う。
「わりと長く働いていたのに、そこも続けられなくなって何かすごく自信を失いました」
それでも地元のハローワークに足を運び、地域若者サポートステーション(サポステ)が月に1回地元に出張窓口を設ける際に、主に電話で就職相談をしていた。家でスマホをいじっていたら、サポステのリツイートで流れてきた情報が目にとまった。「ステップ・キャンプ 『つくりたい人』から『つくる人』になろう」「週3日×4カ月の集中講座」
「全部オンラインで、編集ソフトを搭載したパソコンも貸していただけるというので、できるかもしれないと思いました。何もかも全部無料というのもありがたかったです。説明会を視聴して、何となく、働く自信が取り戻せるような気持ちになりましたね」
ステップ・キャンプは、若者の就労支援をしている認定NPO法人育て上げネット(東京・立川市)が運営し、第1期の参加者を募っていた。
スタッフの内藤桜子さんは言う。
「社会との関わりがうすい若い人たちにとって、どこかに行って何か習うのはすごく大変です。朝、ちゃんと起床する、身支度を整えて家の外に出る、間に合うように電車に乗る……もう全部、ハードルが高い。支援リソースが近くにない人や、継続的に通う自信がないという人には、オンラインのプログラムは参加しやすいと思います」
実際、E.Sさんも、自室に居ながら週3日講習を受け、さらにIT業界以外で働くのでもOK、という気楽さで申し込んだ。プログラムは、動画編集、WEB制作、VBA自動化の3つのコースから選べるのだが、迷わず動画編集コースを選んだ。
だが、昨年11月の初日、いざ講義が始まっても、Wi-Fiに繋ぎ忘れていていつまでもネットに入れず慌てた。他のメンバーにはすでに動画を趣味で作っているような人もいたが、E.Sさんは動画編集ソフトをこの日初めて扱った。
「ソフトの扱いが、最初はなかなか頭に入ってきませんでしたね。素材のドラッグ&ドロップの仕方もわからなくて、心が折れそうになりました」
講座は、朝10時のラジオ体操と朝礼に始まり、午前と午後に合計5時間、各自で作業をする。だいたい16時前に作業の手を止めて“集合”し、チャットで一日の振り返りやスタッフとの相談を行ない、17時に終了、という日課だった。
日によって、作業ではなくIT業界に関してや、働いている人による講話、ビジネススキルの講座が組み込まれた。最初の2か月間はITスキルの基礎や、報告・連絡・相談というビジネスの“基本のキ”を教わる。スタッフの内藤さんは、E.Sさんの変化に目を止めた。
「最初はとにかく、〇〇がわからない、できないということそのものを言っていただけず、困りました。でもやり取りを重ねると、少しずつ編集スキルがアップしていく。小さな『できた!』が積み重なっていきます。そうすると『ここがわからなかった』って、どんどん困り感を伝えてこられた。次第に、自分で考えて動けるように変わっていきましたね」
実はステップ・キャンプは、自分の得意・不得意を見つけ、わからなければ質問し、できなければ援助を求める、働くために必要な“ココロの体幹”を鍛えることが最終的な狙いだ。受講者がみなIT業界で職を探す必要は、まったくない。
プログラムの3カ月目は、実際の企業がクライアントとしてオファー出し、参加者がそれぞれ動画を納品する体験型の実習となる。体験先は選べるのだが、E.Sさんは迷った挙句、自分で絵コンテを起こして構成を考える、よりクリエイティブな実習先を選択した。
「最初はちょっと尻込みする感じでしたが、難しそうだけどやってみたい、という気持ちも感じられたので、私たちは背中を押した感じです」
内藤さんはそう振り返る。
参加者の中には、スキルはあってもペース配分が分からずに作業を詰め込んで体調を崩したり、納期が近づくと休みがちになったりする人もいた。E.Sさんはコツコツと作業をすすめ、そして、冒頭の動画を作り上げた。
「いつもあっという間に時間が経って、気がつくと一日の報告をする集合時間になっていました。本当に何回も修正して、納期に納品できたときは達成した感じでした」
現在、E.Sさんはプログラムで受けた就活講座なども参考に、受講中に中断していた就職活動をまた始めようとしている。
「ステップ・キャンプに応募したときの元気度が1だとしたら、今は8くらいになったと思います。動画編集で就職するにはもっとスキルを磨く必要がありそうです。今は、それよりも他の仕事で頑張りたい気持ちですね」
■「いつか日本も“社会貢献で稼げる”社会に―」普通とは少し違う特性を強みに、伝わりやすいビジュアルの力を駆使して夢を追う
E.Sさんたちステップ・キャンプ参加者に「自社の宣伝動画作成」というワークサンプル(※)を出し、デザイナーなど専門家5名の体制で対応したのがSPECTRUM株式会社だ。同社は動画やウェブ制作などのビジュアルコンテンツにより、クライアントの事業や商品をわかりやすく世の中に伝える業務を展開している。つまり、動画制作のプロ集団が自らの事業を紹介する動画をアマチュアにオファーしたことになる。
(※リアルな仕事を想定し受注から納品まで一連の過程を経験する実践型の仕事体験)
同社は2020年3月に代表の豊田聖宇さん(29歳)が共同創業した。豊田さんはアメリカの大学を卒業後、現地のIT企業インターンや日本の経営コンサルティング会社等で働いたキャリアがある。今回のワークサンプルの提供は、ステップ・キャンプを運営する育て上げネットの工藤啓代表と創業以前から親交があった豊田さんが長年考えていたことだ。
豊田さんは小学校の頃に「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)」などの発達障害の診断を受けている。また同社の創業メンバーにもADHDやディスレクシア(学習障害の一種、難読症)といった特性を持つスタッフが多い。自身も含め、もともとの特性のために理解や実行が難しいことがある人たちは、一方で強みを活かして活躍できる可能性は大いにあると考えている。自閉症の人たちと触れ合う機会も多く、生きづらさを抱えた人たちにチャンスを与えたいと考えるのは自然な成り行きだった。
加えて、「大学時代に学んだアメリカでは、『働きたい企業』のトップ10のうち4社が、National Geographic社のようなNPO法人です。社会貢献を追求すると利益が生まれる。そこに優秀な人材が集まってくる。日本でもそういう考え方が世の中に広まればいいと、私は常々思っています」
同社とステップ・キャンプ参加者との窓口となった、インターン生の大学生・楠素予佳さんは初日に衝撃を受けた。2月1日のオリエンテーションで、誰もがカメラをオフにし、チャットにも質問は上がらなかった。
「モニターにはアイコンがいくつも並び、そこに向かって話していても、正直、私の声は届いているのかな、という感じでした」
同社では、豊田さんが接してきた自閉症傾向の人たちとは重ならないまでも、就職や自立を“こじらせた”若者を相手にする心がまえを事前に共有していた。それは、できたことを強調してフィードバックすること。そして「失敗するのはいいことで、それを積み重ねて課題に気づき、よりよいモノを作る」というプロセスを体感してもらうこと。何よりも「やりとげた」という成功体験を持って帰ってもらうこと ――――。
絵コンテが通り、素材を組み合わせ、参加者たちは少しずつ動画を形にしていった。わからないところをプロが教える。ムービーの世界観に合わせてフォントを選び、読みやすい位置に重ねる。たった30秒が果てしなく感じられた。
「10日後の中間発表では皆さんがカメラオンになって、質問もどんどん出ました。そして25日の成果発表会では、作品を披露いただいて、苦労した点なども堂々と発表されていて。圧倒されましたね」
そう楠さんは力を込める。最終的には全員が宣伝動画を納入することができた。
ずっと進捗を見守っていた豊田さんも、驚きを隠さない。
「動画編集ってなに?っていう、しかもコミュニケーションも苦手そうな人たちが、このスパンでこれだけ能動的に変化した。ある意味、ゼロからお金を取れそうなスキルにまでなったのは素晴らしいです。同時に、純粋に動画やWebを作っている会社でも、こうして社会貢献の第一歩を踏み出せた。私たちにとってもすごく自信がつきました」
次の段階では、社会善を積んで収益と結び付けたい。助成金を取得して事業化していき、また自立のためにビジュアル系スキルを習熟させた若者を戦力として雇用する。豊田さんはすでに、次を見すえて動き始めている。
(ステップ・キャンプについて)
ステップ・キャンプ年間3期の間、参加者を募集している。現在は週3日×3か月と期間を短縮しているが、動画編集、WEB制作およびVBA自動化を学ぶコースを展開している。直近で開講する第2期は2022年4月26日~7月29日の3カ月で完全オンラインで実施される。興味・関心を持たれた方は、希望するコースの初回相談を予約のこと。
https://pj.sodateage.net/stepcamp/
(育て上げネットについて)
すべての若者が社会的所属を獲得し、「働く」と「働き続ける」を実現できる社会を作ることを目標に2004年に設立。若年無業者、ひきこもり状態などの、働く意欲を持ちながら働けずにいる若者の自立を支える。若年者就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」の提供に加え、わが子のことで悩みを抱える家族への個別相談やグループワークを行う「子どもの将来相談窓口・結(ゆい)」も運営。詳細は https://www.sodateage.net
(取材・文 田中有)
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