「国際平和」という秩序・体制はどこから始まるのか。「国際平和」の歴史そのものを問い直す『国際平和を歴史的に考える』刊行のねらい
大学の研究者と高校の教員がともに、現代世界の諸問題を歴史的に即して考えることをコンセプトにした講座シリーズ『いまを知る、現代を考える 山川歴史講座』。
その第1弾『国際平和を歴史的に考える』は、不安な世界情勢を目の前にして、そもそも国家とは何か、国際連盟をつくった人びとはどのようにして平和を構築しようと考えたか、またヨーロッパとは異なる支配体制をおこなってきた国々は何を平和と考えたのか、といったさまざまな疑問を、紐解いてゆく。
このストーリーでは、『国際平和を歴史的に考える』の著者の一人である岡本隆司(京都府立大学教授)が本書執筆に至る問題意識を振り返る。
戦争状態になっていない日本や東アジアは「平和」なのか
本書は、「現代」的な関心事の最たるものである「国際平和」をメインの課題・対象として、「歴史的に考える」、さらには「国際平和」の歴史そのものを問い直すねらいがあります。
現代のわれわれが「国際平和」を関心事・問題にする、ということは、もちろん平和を望むのとほとんど同じ意味です。現状がまったくの平和であり、それが常態であるなら、とりたてて「平和」に気づくこともないはずですから。逆にいえば、現在が必ずしも「平和」ではない状況にあるわけで、なればこそ平和への希求もつのるわけです。
筆者が日々暮らす日本でも、また専門とする近隣の東アジアでも、おそらくいえることでしょう。戦争状態になっていないという面では、確かに「平和」なのかもしれません。けれども、少なくとも紛争や対立が消えたわけではありません。
そのほかの地域には、事実上の戦争状態、あるいは実際に戦争をくりひろげているところもあります。直近では、ロシアのウクライナ侵攻がありまして、帰趨も見えません。「平和」ではない現状を見るにつけ、「平和」への希求はつのらざるをえません。
「国際平和」とは何だろうか。概念そのものを再考したい
そうした現状と希望の組み合わせが念頭にあって、本書では「国際平和」という題目をとりあげます。根本的な問題になってくるのは、「国際平和」という概念そのものではないでしょうか。
戦争になっていないことが即、平和なのか。そして「国際平和」といった場合は、その方がいいとすぐ考えてしまいがちです。従って「国際平和」とは、いったい何かを具体的に考え直すことはあまりありません。
平和・国際平和に関心をもち、希求する前に、「国際平和」という概念そのものを再考してみる、そうした手続きを踏む必要があるのではないでしょうか。「国際平和」というものが、どこに由来し、どのような経過を辿り、その結果、いま必ずしも「国際平和」ではない、「国際平和」になってほしいと願うような、目前の状況に立ち至ったのか。そこも理解すべきではないでしょうか。
たとえば、目前から始めて時間軸を遡ってみる。そうした手続きが「国際平和を歴史的に考える」ということなのだろうと考えます。
まず、あらかじめコンセンサスとして、歴史のスタンス・歴史学のスタンスというものをもっておかなくてはなりません。「国際平和」に関わる論点も、その例外ではないはずです。
「歴史的に考える」目的は、現状の解決策を示すことではない
私たちが「国際平和」を望む、求めるとなるとすぐ「国際平和」に向けての方策を議論する、あるいは国際紛争を目前に発生したものとして捉える風潮があります。しかし歴史学として、それはとりたてて為すべき任ではありません。また「歴史的に考える」内容とも合致しないと思います。
それなら「歴史的に考える」とは、どういうことでしょうか。たとえば、目前に存在する物事の由来を、平たくいえば、それが従前はいったいどうだったのだろう、と考えてみることです。
そうしてみた結果、現状の課題に対して、何らかの解決策がみえたら、それはそれで確かに幸運ではあります。けれどもそれは、ラッキーでしかなくて、めざすところがそもそもちがうのです。現状の解決策を示すのが「歴史的に考える」べき課題、あるいは目的ではありません。
解決策を示すために過去をみようとすると、逆に過去の物事がきちんと見えなくなります。短絡的な目的主義というべきでしょうか、目的しか見えない、見ないようになって、そこに至るプロセスに見落としや偏見が生じてしまいがちです。そうならないように、いったい昔のことが「本来どうであったのか」を復元するのが、まず歴史学のとるべきスタンスとなります。
本書執筆のねらいは、歴史学の立場から「国際平和」を考えること
もっともそのスタンスを持して、偏見を排するために、逆に現状を分析しその解決策を示すための、いろいろな学問・知識が必要だというのは、筆者も日々痛感するところです。政治・経済・宗教など、現代世界のさまざまな情況を知らなくては、現代のわれわれが過去に「本来どうであったのか」もわからないわけです。そうした意味で、隣接諸分野の学問知識は、まちがいなく必要ではあります。
ただそれでも過去と、現在の状況・問題とを結ぶ論点から歴史を考えないといけないかといえば、必ずしもそうはならないと思います。現状・現代を意識しすぎると、目的主義に陥りかねません。姿勢とバランスが大切です。
現代の政治や経済とはまったく異なる機構・組織、あるいは集団の有様が、過去に存在したのが当然ですので、むしろ過去の事象を当時の記録から読み解き、そこから現在がどうなっているのかにまで考えを及ぼす。これが歴史学の本来の手続きです。
現状を分析する隣接諸科学、たとえば経済学、政治学、宗教学などを想起しますが、そうしたいろいろな学問も、程度の差こそあれ、ほぼ例外なく過去の事実・記録資料に基づいて考察しているはずです。そこで用いる過去の基礎的なデータ、基本的な史実とそれにまつわる知見を提供していく、というのが、物事の由来を考える歴史学本来の役割なのだろうと思います。
そのような観点・姿勢から、本書は「国際平和を歴史的に考える」ものとして書かれました。具体的には、以下のような構成をとっています。
現代の「国際平和」というような秩序・体制はどこから始まるのか。そうした関心から国際秩序の出発点となった、十七世紀のいわゆるウェストファリア体制の成立を検討しました。さらに現代に直結する二十世紀、第一次世界大戦という初めての悲惨な世界戦争を経て、「国際平和」を痛切に意識した国際連盟以降の国際秩序を考えています。以上は欧米・近世・近代に軸足をおいた視点・議論になりますので、バランスをとるため、以上に加えて、アジアの視点からやや長いタイムスパンで「国際平和」を総体的に見直してみる論述を配置しました。
(岡本 隆司)
執筆者紹介
岡本 隆司(おかもと たかし)
京都府立大学文学部教授
主要著書:『李鴻章 東アジアの近代』(岩波新書、2011年)、『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』(東洋経済新報社、2019年)、『歴史とは何か』(共著、山川出版社、2021年)
飯田 洋介(いいだ ようすけ)
駒澤大学文学部教授
主要著書:『ビスマルクと大英帝国─伝統的外交手法の可能性と限界』(勁草書房、2010年)、『ビスマルク─ドイツ帝国を築いた政治外交術』(中公新書、2015年)、『グローバル・ヒストリーとしての独仏戦争─ビスマルク外交を海から捉えなおす』(NHKブックス、2021年)
後藤 春美 (ごとう はるみ)
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授
主要著書:『アヘンとイギリス帝国─国際規制の高まり 1906-43年』(山川出版社、2005年)、『上海をめぐる日英関係 1925-32年─日英同盟後の協調と対抗』(東京大学出版会、2006年)、The League of Nations and the East Asian Imperial Order, 1920-1946(Palgrave Macmillan, 2020)
津野田 興一 (つのだ こういち)(写真左)
東京都立立川高等学校
主要著書:『世界史読書案内』(岩波ジュニア新書、2010年)、『やりなおし高校世界史─考えるための入試問題8問』(ちくま新書、2013年)、『「なぜ!?」からはじめる世界史』(山川出版社、2022年)
山川 志保 (やまかわ しほ)(写真右)
お茶の水女子大学附属高等学校
主要著書:『大学入学共通テスト 世界史トレーニング問題集』(山川出版社、2019年)、『山川詳説世界史図録』(山川出版社、2014年)
《いまを知る、現代を考える 山川歴史講座》国際平和を歴史的に考える
ISBN:978-4-634-44521-5
シリーズ:いまを知る、現代を考える 山川歴史講座著者:岡本隆司 飯田洋介 後藤春美=編著 小川浩之 山川志保 津野田興一=著 吉澤誠一郎 池田嘉郎=監修 刊行:2022年12月
仕様:B6変(120×182㎜) ・ 208ページ
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