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「震災前よりも、より良いお米を」陸前高田の米農家の挑戦

著者: 酔仙酒造株式会社



岩手県陸前高田市の今泉地区は、藩制時代に気仙地方の政治の中心地として栄えた地域である。醸造業などの伝統的な産業が営まれてきた。2011年に起きた東日本大震災で約600戸のうち592戸が全半壊する甚大な被害を受けた。


現在、酔仙酒造が販売を行う特別純米酒「多賀多(たかた)」に使われる米は、陸前高田の今泉地区で作られた米を使っている。住宅のみならず、農地のほとんどが津波の被害にあった地域である。いかにして米作りを再開したのか。同地区の農業生産者6名で立ち上げられた今泉復興農事組合の事務局長である菅野剛さんにお話を伺った。


「多賀多(たかた)」の米を作る今泉復興農事組合


岩手県陸前高田市気仙町にある今泉復興農事組合は、2013年4月に同地区の農業生産者6名で立ち上げた。今年で10年目を迎える。同組合が毎年生産する約18トンの米のうち、約半分が酔仙酒造の「多賀多」に使用されている。


多賀多」は、2005年に「地元の米と水を使い、地元の人が造る日本酒」ということで、陸前高田の「食文化を守る会」が企画し、酔仙酒造が造った特別純米酒だ。


同会は、「陸前高田にある美味しい食材を、地元の人に食べてもらいたい」ということで、設立された団体である。


「『陸前高田の旨いものを地元の人に食わせっぺ、陸前高田にはこんなに旨いものがあるんだから』ということで、農家や漁師、飲食店の店主などが集まりました。陸前高田のホテルに市民を集め、陸前高田の食材を地元の人に食べてもらう会を開く等の企画をしていました。」


「多賀多」発売のきっかけは、同会の年配の農家のメンバーが、お酒をあまり飲めなかったことであった。


「酒米ではなく、自分たちで作った米を使った日本酒だったら、飲めるんじゃないか?」と考え、酔仙に製造を依頼した。酔仙としても「酒米ではなく飯米で造ることは、勉強になるから」と依頼を引き受けた。出来上がったお酒を初めて飲んだ時の様子を、菅野は語った。


「飲めなかったメンバーが飲んでみたら、『なんだこのお酒は、こんなに飲みやすいお酒であれば、おらでも飲めるではないか』と。そこから、本格的に「多賀多」を造ることになりました。発売をしてからも、地元以外に宣伝をしないでくれと依頼をするくらい、美味しかったです。」


(今泉復興農事組合 事務局長の菅野剛さん)

東日本大震災の発生。全国から集まった酔仙のお酒

それから、数年後、2011年3月11日に東日本大震災が起こる。酔仙酒造にあった「多賀多」は全て流されてしまった。当時の様子を、菅野は語った。


「津波が来た日は、金曜日だった。当日は甑倒し(※)の日だった。そして、次の日曜日がその年の「多賀多」の試飲会だったんです。」


※「甑倒し(こしきだおし)」とは、その年のもろみの仕込みを終えることを意味する。日本酒の原料であるお米を蒸すための桶のような蒸し器であった「甑(こしき)」を、横に倒して洗い、片づけることから、「甑倒し」の名がきている。


当時、桜が咲く時期であり、地元の桜の名所の1つであった酔仙酒造では、毎年恒例のさくら祭を開催している時期でもあった。菅野らは、震災から数週間たった頃、前を向かなければということで、自分たちだけで花見をしようとなった。しかし、地元にはお酒はない。そこで、ある震災ボランティアの方がSNSで「全国にある酔仙を集めて欲しい」と情報を発信した。


「ものすごい数の酔仙の日本酒が全国各地から集まりました。すごく嬉しかったです。酔仙が復活するか決まっていない中でしたが、酔仙で働いている方に『こんなに酔仙を好きで応援してくれる人がいるんだから、復活しろ』と言ったのを覚えています。」


(東日本大震災前の酔仙酒造での桜まつりの様子)

震災を機に始めた無化学肥料での米作り


菅野を始めとする今泉地区の農家の土地のほとんどは、津波によって流されてしまった。しかし、菅野らが前を向くまでに時間はかからなかった。


「震災からそこまで時間が経っていない時に、メンバーの1人が言ったんです。『今年はどこで米を作ろうか』と。彼は、自身の息子を流され、まだ見つかっていない時でした。私も、前に進むんだと覚悟を決めた瞬間でした。」


同組合のメンバーは、米作り再開を目指して動き始めた。まずは、瓦礫の撤去からだった。メンバーの一人が一輪車を使い、手作業で1年半かけて、撤去をした。そして、米作りを始め、2013年には、酔仙への米の提供を再開し、「多賀多」の発売が再開される。


「より米の粒が大きく、硬い米が出来上がりました。震災前よりも、より良い米になっています。特に、粒の大きさが違くなりました。」


(粒が大きく、硬いことが特徴)


現在、同組合が酔仙に提供する米は、粒の大きさが2.1mm以上のものである。岩手県では、米粒の規格として、1.9mmを基準としているが、それよりも大きい。震災前は、1.9mm以下の大きさであった。なぜ、より大きな米が出来上がったのか。キーワードは、震災後に開始した新しい農法であった。


「震災後、私たちは、化学肥料を一切使わずに、米を作っています。化学肥料の代わりに、酔仙酒造で作った焼酎や地元の醤油店の醤油の残りかすを肥料として使っています。」


きっかけについて、菅野は、語った。

「震災後、全て流され、化学肥料を買うお金がなかったんです。さらに、これまで化学肥料を使っていた農地は全て流されたから、化学肥料を一切使わない農地作り、米作りをしてみようと思ったんです。」


では、なぜ、焼酎や醤油の残りかすを使う発想に至ったのか。そこには、菅野が米作りとは別に行っていた麹作りの経験があった。


「私は米作りをしながら、麹作りの仕事をしています。醤油にも使われている麹ですが、しょうゆのうま味成分であるグルタミン酸をはじめ、多くのアミノ酸類には窒素が含まれています。さらに、アミノ酸中の窒素分の量が醤油の等級を決めます。農作物の成長には、窒素が必要です。原料となる米の段階からアミノ酸性の窒素を与えれば、醤油やお酒などより美味しくなるのではないかと考えました。」



最初は、醤油のかす等の撒き方がうまくいかず、苦労をしたと菅野は振り返る。農機具などを何度も改良を重ねることにより、最適な方法を見つけ出していったという。そして、最終的には、粒が大きく、硬い米が出来上がった。


この特徴は酒造りに適していると言われる。粒が大きい米は、酒造りに使われるデンプンが多い。さらに、日本酒を造る際には、雑味の原因である米の外側を削る。その際に、米が割れてしまうと、適切に削り取ることができない。今泉復興農事組合が作る米は、酒米の品種ではないにもかかわらず、酒造りに向いている米を作っている。


(削る前の米(玄米))


(外側を削った後の米)

陸前高田の子供たちと「多賀多」への想い

現在は、今泉地区の田んぼでは、毎年地元の小学生が、田植え体験を行っている。また、菅野は、毎年行われる気仙町で行われるお祭りの太鼓の指導を行っている。年々減っている子供の数を見て、思うことも多いという。


「震災後、子供たちに話を聞くと、ここに残りたいっていう子も多くいる。ただ、将来やりたいことを聞くと、なかなか農業や林業など今泉地区で行われている産業に携わる職業の名前は出てこない。だから、最終的には、戻ってくる子も少ない。私も、農業のやりがいや面白さをもっと伝えていきたいし、やりたい子がいたら農業をもっと教えていきたいと思っている。」


さらに、「多賀多」への想いについて続けた。


「最初は、自分たちが飲みたいから作ったお酒であった。初めて飲んだ時の感動は忘れられない。これからも自分たちが飲みたいお酒を飲むためにも、作り続けたい。そして、子供たちのみならず、地元の人に、陸前高田にはこんなにも美味しいものがあるんだからということを伝え続けたい。」


(子供たちの田植え体験の様子)




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