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性別にとらわれることなく、自分が好きな自分でいるかを問い続けること ―和菓子屋をかの六代目女将・榊 萌美―

著者: アドビ株式会社


アドビでは国際女性デー/月間である3月8日からの3週間、クリエイティビティの力を解放し、活躍されている女性のビジネスパーソン3名をご紹介します。連載2人目にご登場いただくのは、創業136年の和菓子屋「五穀祭菓をかの(以下、をかの)」6代目女将、副社長を務める榊萌美(さかき もえみ)さんです。個人で運営するSNSはフォロワー2万人超え、ヒット商品を送り出し売上をV字回復されるなど敏腕経営者というイメージがありますが、その裏にはとてつもない努力の日々と、試行錯誤がありました。


教師を志すも大学中退、「人のためになりたい」という目的に立ち返り実家の和菓子店へ


――榊さんは元々、ご実家の「をかの」を継ぐことをキャリアとして思い描いていたのでしょうか?

榊:元々私は「人の役に立つ仕事がしたい」と思って、教師を志して大学に進学していたんです。しかし、自分には合わず、学校に行かなくなってしまいました。ちょうどその頃に母が入院して、病室にお見舞いに行ったときに、父と母が「お店どうしようか?」という話をしていました。私は次女で、姉はお店を継がないと言っていたので「私が継がないとお店なくなっちゃうんだ」とそこで初めて気づいたんですよ。

でも私はどちらかというと主張もできない人間で、人の後ろついていくタイプなので、自分の判断で突き進まなきゃいけない経営者は無理だと思っていて。その時はお店のことも「誰かが何とかするだろう」と思っていました。


その1週間後に同級生のお母さんとたまたま会って「お店継いだの?」と聞かれたんですよ。なんでそんなこと聞くのだろうと尋ねたら「小学校の卒業式のとき、お店を継ぐのが将来の夢だって言っていたじゃん」と言われて。家に帰って当時のビデオを見返してみたら、「お店を継ぎます」と言っていたんです。当時私の周りの人はサークルなど大学生活を楽しんでいたり、就職したり、新しい道に進んでキラキラしている中で、私は学校にも通っていなくて「自分だけが立ち止まっている、むしろ後退している」と自分に自信が持てない時期だったんですね。それもあって、小学生の私ができる根拠もないのに、まっすぐ前を向いて「お店を継ぐ」と言い切っている姿がすごくかっこよく見えたんです。

元々私が教師を目指したのも「人のためになりたい」という目的があったらからで、「をかの」でだって「従業員のため」「家族のため」「お客様のため」というように、誰かのためになる和菓子屋はできる。目的さえブレなければ、職業という手段が変わってもいいと気づきました。それで一旦、社会人経験を積むために2年ほどアパレルの仕事を経験してから、20歳で「をかの」に入社しました。

毎年1000万円の赤字が発覚し、意を決して経営を引き継ぐことに


――経営に携わるようになった経緯もお伺いできないでしょうか?

榊:当初は店頭に立って接客・販売を3年ほど経験しました。その頃からお店を継ぐことを考え、授業料10万円ほどを払って経営塾に通っていたんです。けれど、昔から勉強が苦手だったこともあり、全然内容が頭に入ってこなくて。懇親会で受講者の方々に「をかの」のカタログを配って、お中元を注文いただくことで授業料分は取り返せたんですけど、結局時間は無駄にしてしまいましたね。その当時私は24歳だったのですが、父が64歳で年齢の問題が気になっていました。もし父がいきなり亡くなったらお店がどうなるのかを考えた時に、少しずつ引き継いだ方がいいと家族で話し合い、初めて決算書を見せてもらったんです。そしたら毎年1000万円の赤字があって。「本当にヤバい、改革しよう」と思って本格的に経営に携わるようになりました。いままでの人生を振り返ってみても、私って切羽詰まらないと行動に移さないんですよね。自分に使命を課しておかないと努力できないし、虚無になって生きていけないタイプなんです。


――経営者を任されてから、取り組んだことがあれば教えてください。

榊:私は経営についてほとんど何も知らない状態から仕事を始めなくてはいけなかったので、まず他人の意見を聞くことを大切にしました。地方にいる経営者の方でも「話を聞きたい!」と思ったら、日帰りでも会いに行きました。その結果、30人以上の経営者の方に話を聞くことができて。「いままで何をしてきて良かったか」と「何で失敗したか」を聞き、自分に取り入れられそうなことを選んで取り入れるようにしました。また話を聞いていく中で、私は根本的に人のためになる、誰かから「ありがとう」と言われることが好きで、それが生きるための活力になっていると気づいたんです。

経営に関して、まずはお店を立て直すという明確な目標があったので、マイナスを減らす施策から実行しました。下位20%の不採算商品の販売を取りやめ、原価計算もしっかり行うようにしました。また、当時は夕方になると売れ残り商品の値引きもしていたのですが、値引きすると商品の価値が下がり、商品の値段が下がると職人さんのモチベーションも下がるという悪循環が起こっていたのでこれも取りやめました。ただ値引きをやめるとやはり「売れなくなる」という不安はあったので「なぜこの値段なのか」という価値づけを行うようにしました。それこそアドビのツールを使ったと思うのですが「このあんこは朝一番に作っていて〜」というように、POPで商品作りのこだわりなど、魅力をアピールするようにしました。

将来何になるかわらかなくても、種はたくさん蒔いておいた方がいい


――職人というと男性が多いイメージの業界で、どのように自分らしくビジネスをリードされていますか?

榊:「をかの」の社員は10年も20年も長くいる方が多いので、その人たちに追いつくようにいくら時間をかけて努力しても中々その差は埋まりません。そこで私は、その人たちとは違うスキルを磨こうと思ったんです。私は元々旅行やカフェに行くのが好きだったので、21歳くらいの頃から趣味で写真を撮りInstagramに載せ始めました。そのときに初めてアドビのLightroomを使い始めましたね。慣れるまでは難しかったですが「こういうときは彩度強めの方がいいな」とか「フワッとした雰囲気を出したいからストラクチャーを弱くしよう」というようにレタッチも覚えていきました。次第に、企業から個人として撮影を依頼してもらえるようになりました。


当時、この仕事が本業にどう繋がるかなんて分かりませんでしたが、種は蒔くだけ蒔いいた方が後で咲くと思っていましたね。もし本業の仕事がうまくいかなくなったとしても、自分や自分の周りの人の分稼げるスキルを、本業とは別で持っておきたいとも思っていました。私、会社員として働くのも多分苦手だと思うので、スキルの幅を増やしたかったんです。


結果的にそこで関わりのあった人と、いま仕事でご一緒することもあります。また、当時LightroomやIllustratorを使っていた経験が、いまの仕事にも生きていて、店頭のPOPやチラシの作成に使っていたり、写真のレタッチに使っていますね。ポップアップの準備など「明日資材が必要」というギリギリのスケジュール進行のことも多いので、アドビのツールを使うことで時間のかかる外注ではなく、自分たちでスピーディーに資材が作成できて助かっています。


――最近は「をかの」のInstagramやTwitterをはじめ、YouTubeも運用されていますが、SNSも榊さんが手がけているのでしょうか?

榊:いまは別の子に運用を任せています。元々「写真が好きだけどどう撮っていいか、どう加工していいかわからない」という状態だったので、私で教えられることはいろいろとレクチャーしていきました。その子はいろいろな仕事にチャレンジしたいと思ってい、和菓子屋で働きたいというより、私と一緒に働きたいから入ってくれたんです。そういう子たちと長く一緒に働くためには、ずっとうちの社員として働いてもらうより、自分でスキルを身に付けてもらって、業務委託などで長く関わってもらう方がいいと考えています。自分の会社だけで囲っていたら、離れる日が来ちゃうので。選択肢を与えられないで押し込められてしまったら、私だったら嫌になっちゃうんですよね。だから彼女が手がけたクリエイティブについて経営者仲間に「誰が作ったの?」と聞かれた時も「〇〇だよ。今度紹介するね」とどんどん紹介しています。

性別を超えて、自分が好きでいられる自分自身でいられればいい


――経営者として、女性であるがゆえの苦悩を感じられたご経験はありますか?可能な範囲でお話いただけると幸いです。

榊:女性だから苦労したことは少ないとは思うのですが、それでも「事業をV字回復させました」と言ったら「どうせパパ活したんだろう」と言われたこともありました。また、自分の甘さで経営判断がうまくいかず、社員が何人か辞めてしまった時も、父の友人からキツい言葉を投げかけられました。父のために言ってくれたとは思うのですが「みんなお前に振り回されて迷惑している。さっさと金持ちでも見つけて結婚した方が親のためにもなる」というようなことを言われまして。事務所に帰って私の右腕として働いている子の顔を見たら涙が溢れて「悔しい!悔しい!悔しい!」と泣きましたね。


けれど、図星だった部分もあって「女だからどう」とか「男だからどう」とか言われる次元を超えて努力しなきゃいけないと思ったんです。「誰がどう見てもこれ以上ないぐらい頑張っているし、自分自身もうこれ以上ないと思えるぐらい努力して絶対結果を出してやる!」と奮い立ちました。そういうありのままの姿をSNSとかでも見せていったら、段々と「女性だから」と言われなくなり「尊敬する」と言ってもらえることが増えました。最近は「女だから」と自分自身で思い過ぎないようにしています。性別ではなく、自分が好きでいられる自分自身でいられればいいかなって。



――榊さんは「誰かのためになることをしたい」という目的をブラさずに仕事を進めている印象ですが、プライベートでも選択に迷わず人生を歩まれているのでしょうか?

榊:めちゃくちゃ迷いますよ。去年、7年付き合っていた人に婚約破棄された(※参考)んですよ。向こうはライフワークバランスを大切にした生き方をしていて、段々働き方や価値観が合わなくなってきたみたいで。別れを切り出されたとき、別れないための提案もしたのですが、結局お別れすることになり、めちゃくちゃ落ち込みました。


――どうやってその状況を乗り越えたのでしょうか?

榊:ちょうどその頃、同業の方に向けた講演会に出演する機会があって。講演前は「自分では力不足ではないか」と不安だったのですが、講演会が始まったら皆さん熱心に聞いてくださって、講演後「一緒に頑張りましょうね」とたくさんの人に握手を求められました。その時「私はこういう人たちのためにも頑張りたい」と思って、次第に婚約破棄のことも乗り越えていけたんです。いままでは従業員とか、家族とか周りの人といった地元ベースで仕事をしてきましたが、今後は女性や同業者、同世代の経営者の方にとって励みになるような人物を目指そうと思います。


――最後に、起業家・経営者あるいはクリエイターを志す女性の背中を押せるようなアドバイスがあれば、お願いします。

榊:自分にとって一番幸せになれる選択をするべきだと思っています。たとえば最初は「この素晴らしい商品を売りたい」と思って、仕事を始めたりするじゃないですか。でも事業が成長するうちに、周りから「もっとお金が稼げるようになろうよ」と言われたり、同い年ぐらいの起業家や経営者が偉業を成し遂げている姿を見たりして「もっと自分も成長しなきゃ」と焦る時もあって。でもそれって自分が思う幸せとはズレてしまっていたりします。


人って目的のために努力することはそんなに苦じゃないですけど、目的が手段に切り替わった瞬間にすごく苦になってくるんですよね。「なんで自分これをやっているんだっけ?」と疑問に思ったりすることってあるじゃないですか。そうやって押しつぶされそうになると、人に優しくできなくなってきちゃうこともあります。「いまの自分、人に対してキツイな」という場合、自分が幸せじゃない状態だと思うんです。だから「いまの自分ちょっと嫌だな」と思ったら立ち止まって自分の声を聞いてあげてください。本当に自分がやりたかったことが何か、自分の幸せは何かを考えてみてほしいです。そしたら「そんなに苦しくなるなら別にやらなくてもいいことだったじゃん」と思えたり、逆に「これは自分の目的のためには、辛いけどやるべきだ」と分かり、覚悟を決めて取り組めたりします。その場その場で苦しくなったら立ち止まって「自分の幸せは何か」を確認し、自分を見失わないようにすれば、人生が豊かになると思います。そうやって自分も、周りの人も楽しく幸せにして生きて欲しいですね。


経営者として「誰かのためになることをしたい」という一貫した想いを大切にしながら、常に「いまの自分は好きな自分か」と問いかけることで、軸をぶらさずに自分らしく活躍されている榊さん。SNSでフォロワーの人に意見を求めながら新商品開発を行うほか、商品の魅力を世の中にアピールする上で、クリエイティブの力をうまく活用しながら経営を行っているのも印象的でした。自分だけでなく、関わる人たちをも幸せにしながら新たなビジネスに挑戦し続ける榊さんに、これからの経営者に必要な素養を教えてもらえた気がします。

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撮影:矢野拓実




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