[イベントレポート]「豊かさを感じにくい時代の幸福論【01】 アニメ脚本家 辻真先×ドラッカー経営学者 井坂康志」 ー日立グループで進める「学びの場」づくりへの挑戦
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技術革新、働き方の多様化、グローバル化など、企業を取り巻く環境が大きく変化する今、企業の人財育成の在り方が問われています。ジョブ型をベースとした働き方が進展する中で「事業成長と、従業員一人ひとりの成長をどのように実現するか」は、企業にとってますます重要な課題となるでしょう。
私たち株式会社日立アカデミーは、日立グループの人財育成を担うCoE(※)として、「事業起点の人財育成」と「個人の成長意欲・興味関心に基づく学び」の加速をめざし、多様な角度で刺激し視座を高めるための「学びの場」づくりを、日立グループにて推進しています。(※Center of Excellence)
その取り組みのひとつが、各界の有識者や多様でユニークな活動家、活躍する個人を招き、さまざまなテーマで語り、考える学びのイベント。日立グループが進める、従来の「企業研修とは異なる学び」の一部を、連載で紹介してまいります。
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トークイベント「豊かさを感じにくい時代の幸福論【01】」
アニメ脚本家 辻真先×ドラッカー経営学者 井坂康志
2023年6月19日
2023年6月19日。社会価値につながる種を生み出す会員制の共創施設「渋谷キューズ」にて、日立グループ従業員向けの日立アカデミー主催のイベント【豊かさを感じにくい時代の「幸福論」】が開催された。
我々が生きる現代社会は表層的には豊かに見えても、若い世代を中心に「幸せ」が見つけにくくなっていると言われている。トークイベント「豊かさを感じにくい時代の幸福論」シリーズでは、毎回さまざまなゲストを迎え「幸福」をテーマにした対談を実施。ゲストの体験談の中から、参加者が幸せな生き方を模索し今の時代を生きるヒントを引き出していく。
第一回目のゲストはアニメ脚本家 辻真先氏(91)。聴き手役は、ものつくり大学教授でありドラッカー学会共同代表 井坂康志氏(51)だ。
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右:ゲスト:辻 真先(つじ まさき)
アニメ・特撮脚本家、推理作家、漫画原作者、旅行評論家
1932年生まれ。愛知県出身。名古屋大学卒。NHK勤務後、アニメ・特撮脚本家を経て、ミステリ作家として執筆を開始。漫画原作者や旅行評論家としても、さまざまな作品を手がけている。
左:聴き手:井坂 康志(いさか やすし)
1972年生まれ。埼玉県出身。ものつくり大学教授、ドラッカー学会共同代表。日立アカデミーでも、ピーター・F・ドラッカー「マネジメントの基本」などさまざまなコースで講師として登壇している。
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辻氏は『鉄腕アトム』『オバケのQ太郎』『ジャングル大帝』『魔法使いサリー』『巨人の星』『ゲゲゲの鬼太郎』『サイボーグ009』『キューティーハニー』『うる星やつら』『名探偵コナン』など、日本の国民的アニメを多数手がけてきた脚本家だ。当日のイベント参加者ほぼ全員が、辻氏が手がけた作品を幼少期から観ていたと言っても、決して過言ではないだろう。
ミステリ作家としてもさまざまな作品を出版しており、会場のモニター画面では溢れるほど多彩な作品リストが並んだ。91歳を迎えた今も尚、新たな作品を出版し続ける彼に、少年期の体験談や人生観の他、脚本家として駆けだしの頃の話から現在の活動について語ってもらい、「幸せ」に生きるためのヒントを参加者へ届けた。
― 少年期の出来事が、人生の死生観に。辻氏が語る、戦時中の体験記。
現在は熱海市在住だが、過去には渋谷区南青山に35年ほど住んでいたという辻氏。聴き手の井坂氏に「久しぶりに渋谷に来てどんな印象を持たれましたか?」と問われると、「あの頃の渋谷をよく知っているだけに、アレもない、コレもないと思ってしまって、浦島ジイサンのような気持ちです」と、ユーモアのある返事で参加者の笑いを誘った。
ドラッカー学会共同代表である井坂氏は、80歳を過ぎても現役を貫き続けたピーター・ドラッカー(以下、ドラッカー)の人生にまつわるエピソードを紹介しながら、辻氏へさまざまな質問を投げかける。
最初に辻氏へ投げかけられた質問は「いつまでも現役で、ものづくりを続けるために普段から心がけていることは何か」だ。
「好奇心を大事にしていますね。“いい年こいて、そんなことに関心を持つなんておかしい”なんて、自分では絶対に思いません。人様にどう思われようと、何を言われようと、“私は私です”という気持ちで何事も進めています」
さらに辻氏は、幼少期の経験を軸に自身のこれまでの生き方について語る。
「小さい頃から“あんたはにぶい、のろい”と言われて育ってきたものですから、勉強するにしても、体を動かすにしても、人より先にやらないと、とてもじゃないけど追いつかないと思ってやってきました。91歳になった現在も、早めに始めようという感覚はずっと残っています。
それとは別に、今でこそTVやアニメに親しんでいる年寄りはかっこいいなんて言われたりもしますが、昔はまったくそんなことはなく、周りからは変な目で見られていましたけどね。先ほど言ったように、“人様が何と言おうと気にしない。自分がやりたいことをやりたいと思ったときに、できるだけ早めに始める”ということを意識していました」
話が深まるにつれて、話題は少年期の戦争体験に移っていった。当時の経験は、辻氏のクリエイターとしての人生にどのように影響しているのだろうか。
「自分の死生観というのは、完全に戦争で鍛えられました。国民学校(小学校)に通っていた頃、先生が生徒に口酸っぱく伝えていたのが“人間20年。ハタチになったら死ね”という言葉。戦時中は、ハタチになる前にみんな神風特別攻撃隊に行ってしまったから、20歳までに死ぬという覚悟で生きていました。
学校に登校して、次の日誰かがいなくなっていても、ベソをかく人や、どうしたの?なんて聞く人は誰もいません。“死ぬも生きるも、どうとでもなれ”という感覚でした」
当時の学校生活の様子、空襲から逃れるために入った防空壕での出来事、同級生や先生と交わした戦時中の会話……今でも辻氏の目には当時の光景がまざまざと広がっているのではないかと思うほど、リアルな描写で語られた。
途中、司会からの「登場人物の生死の選択をどう決めているのか」という質問に対して、「もし、私の作品を読んでくれている方が“この登場人物はもう少し生かしてほしい”と思っているのに、作者である私が“あらよ”と殺しちゃうことがあるとすれば、それは私の学生時代の戦争体験が影響しているのでしょうね」と答える場面も。日本で戦争を経験していない年代の参加者にとって、非常に貴重な時間だったのではないだろうか。
― 「人生20年」から「人生100年」時代へ。長く生きる中で、豊かさをどう見出していくのか。
「辻先生が少年期に“人生20年”と言われていたのに対して、今は“人生100年”と言われる時代。現代では、人生を前半と後半に分けるという考え方があります。前半では仕事を持つ、家を持つ、結婚や育児をするといった“獲得”が中心に。
後半は、獲得したものをどう世の中に“返還”していくかということが大切になってくるそうです。辻先生は、ご自身の人生で前半と後半をわける中間地点に思い当たることはありますか」
井坂氏が語る“人生を前半と後半に分ける”という考え方にうなずく参加者もいた。しかし、辻氏の人生の歩み方はそれとは違うようだ。彼は、自身の人生を漫画やドラマの物語に見立ててこう表現する。
「漫画やドラマでは、出だしの1、2ページで見ている人に“お、これは何だ”と思わせる展開が起きます。でも、血が飛び散るようなアクションやクライマックスのシーンは、出だしではなく最後で起きるもの。だから僕は、人生の始めは淡々と行きたい方に進んで、くたびれたら立ち止まって足踏みをして。その後、決して下に行ったりせず、常に高みをめざして上がっていたいという思いがあります。たとえ無理だったとしても、頑張って上をめざすんです。それまで上がっていたのが鉄の階段だとしたら、今度は木の階段にしてみようという具合に、やり方や場所を変えて上がっていくんです。それで、人生が終わる少し前にクライマックスを迎える。
90歳になる少し前までは華々しく仕事をして、90歳から先は、蝋燭の炎のようにスッと消えていく。そういう人生設計をずっと考えていました。これを叶えるためにどうすればいいのかを考えた結果、子どもの頃から好きだった漫画映画、探偵小説、伝奇時代小説……これらを、ひとつずつ自分でできるようにしていきたいと思ったんです。それでNHKに入局し、生放送の仕事、ドラマの演出、アニメの脚本、何でもやりました」
「前半で獲得し後半で返還する」という価値観を大きく覆す、「常に階段を上がる」という辻氏の人生の歩み方。この言葉に、勇気をもらった人も多いのではないだろうか。
その後、辻氏はNHK勤務時代の話や退職後にフリーランスとして脚本を書き始めた頃の話など、「どのように高みをめざしてきたのか」が垣間見えるエピソードを丁寧に語った。
途中、井坂氏が「ドラッカーは、よくヴェルディという人物のエピソードを紹介していました。ヴェルディは、80歳になっても作品を生み出していたイタリアの音楽家。その経歴から、彼は多くの人から“今まで手がけた作品でいちばん好きなものは何ですか”と聞かれていたそうです。辻先生も同じ質問をよくされるのではないかと思いますが、彼の答えは決まって“次の作品”だったそうで……」と話すと、「ああ、同じ!同じだ!」と、強く共感を示した辻氏。
「そのつもりじゃないと、次の作品なんて書いていけないですね。“この先は階段を下りるだけ”なんて思ったらつまらない。上がるつもりでやる。どうせ上がるなら、今よりも高いところに行けなきゃ……まあ、自分がそう思ってやっているだけで、人様がどう思うかはまた別ですけどね」
まさに、生涯現役。名作を生み出し続けてきた彼の原動力がハッキリと見えたようだった。
― 少年少女の感情をみずみずしく描く。その描写に託された辻氏の想い。
イベントの後半では、参加者からの質問コーナーも設けられた。
「私が辻さんの作品と出会ったのは、小・中学生の頃に読んだ『仮題・中学殺人事件』や『盗作・高校殺人事件』です。執筆時の辻さんは今の私よりも年上だったと思いますが、“この人は何故、こんなにも少年少女の気持ちがわかるのだろう”と、当時からしみじみ思っていました。一体、どうしてなのでしょうか」
この質問に対して、辻氏はこう答えている。
「何故わかったのでしょうね。僕にもわかりません。『たかが殺人じゃないか』という作品でも、高校生の青春がしっとりと描かれていると言われたことがありましたが、私はそんなつもりはなくて。
ただ、そうですね……私が学生の頃に過ごしたような世の中じゃなく、今みたいな世の中で生きたかったという気持ちがどこかにあって。くぐもっていた気持ちが、ラムネの栓をあけたみたいにシューッと泡になって作品の中に飛び出したのかもしれません。それが、お読みになる方にとってみずみずしく感じるのではないかと、思ったりはしますね。」
また、「辻先生にとって、小説を書いている時間は楽しいですか?苦しいですか?」という質問に対しては「たのくるしいですね」と即答し、会場全体の笑いを誘った。
終始、ユーモア溢れる言葉を交えて自身の人生観を参加者に伝えた辻氏。最後に、執筆活動の近況に触れ、年内に発売予定の作品についても紹介した。91歳になった今も人生の階段を上がり続ける辻氏の生き様は、人生100年時代を生きる私たちに「幸せ」を見つけるきっかけを与えてくれたに違いない。
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株式会社 日立アカデミー
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