映像、文筆、俳優、ラジオ、保育…ジャンルを超えた表現活動を経て、小川紗良がたどり着いた「とおまわり」
「とおまわり」は、映像作家・文筆家・ラジオナビゲーター・俳優・保育士等として活動する小川紗良が、2023年3月に立ち上げたプロジェクトです。「ときめく遠回りをしよう」をコンセプトに、ウェブやイベントを通じて、読みのも・映像作品・暮らしの道具などを届けています。
効率やスピードの求められる世の中で、あえて「遠回り」を掲げる理由や、表現活動を通じて目指す未来について、代表・小川紗良の言葉でお伝えします。
(とおまわり代表・小川紗良/撮影:野口花梨、ヘアメイク:矢澤睦美)
小さい頃から地続きの思い、生き急いだ日々を超えて
私は昔から、落ち着きのない子どもでした。
何かをつくって表現することが大好きで、いつでもどこでも、物語や絵や歌なんかをつくって遊んでいました。やりたいと思ったことは、やり抜かなければ気が済みません。お昼寝の時間も断固として眠らず、常に楽しいことを探していました。今、ときどき保育現場に関わっているので、私はさぞ手のかかる子だっただろうなと想像します(手のかからない子なんていませんし、それが子どもの面白いところですが)。
落ち着きのなさがピークを迎えたのが、10代後半から20代前半のころです。進学とともに世界が広がり、私の中の「表現欲」があふれました。映画を作って公開したり、書籍を出版したり、ドラマや広告に出演したり。小さい頃から地続きで楽しんでいた「表現」が、「仕事」として社会との結びつきを得て、「この道で何者かになるんだ!」という漠然とした目標に、突き動かされていました。
良く言えば若々しい、悪く言えば生き急いでいる、そんな感じです。それはそれで楽しかったですし、あの日々があったからこそ見えたこともありました。しかしあのまま進み続けていたら、どこかで限界が来ていたと思います。
(学生時代の撮影現場にて/撮影:山田涼香)
立ち止まって気づいた、小さな暮らしの偉大さ
落ち着きのない人間にとって、一番苦しいこと。それは「立ち止まる」ことです。新型コロナウイルスの流行は、動き続ける私を立ち止まらせました。初長編監督作の公開は遅れ、出演していたドラマの撮影も止まりました。仕事ができない、人にも会えない日々の中で、思考だけがぐるぐると渦巻き、落ち込んでカウンセリングを受けた時期もありました。
そんな私を立ち直らせたのは、意外にも日々の小さな「暮らし」でした。自分のために料理を作って、心と体を整えること。公園をのんびり歩きながら、季節の移ろいを感じること。チューリップの球根を植えて、春に咲くのを心待ちにすること。全てが止まってしまったように見えても、日々はゆっくりと着実に動いていました。自然や暮らしの偉大さに対して、私はとてもちっぽけでした。大きな渦に巻き込まれて、何者かになろうとしていたけれど、自分という存在の小ささに立ち返ったとき、ふと心が軽くなりました。
暮らしがあって、仕事があること。ささやかな暮らしのなかにこそ、心を豊かにする表現の源があること。それに気づいてから、働くことと暮らすことに対する考えが大きく変わっていきました。
めまぐるしい世の中や、消耗される芸術文化への危機感
暮らしや働き方への視点が変わったとき、世の中の見え方も変わりました。
スマホ1台で世界中と繋がることができるのに、すぐそばで暮らす人たちをよく知らないこと。様々な技術革新が進むなかで、職人による手仕事が失われつつあること。コンビニや宅配で簡単に手に入る食事に、どんな背景があるのか分からないこと。保育や介護の需要が高まっていながら、ケアワーカーの労働環境がなかなか改善されないこと。人生100年と謳われる一方で、心の病や自殺が絶えないこと。
「あらゆるものが便利で効率的になっていく一方で、私たちの心や体は豊かになっているだろうか?」という疑問を抱きました。様々なものごとに「近道」でたどり着けるようになった結果、失われてしまったものや見えにくくなったものがたくさんあると感じています。
そのめまぐるしさは、私が携わる芸術文化の世界にも影響を及ぼしています。各種配信サービスが充実し、あらゆる芸術が「コンテンツ」と呼ばれ、いつでもどこでも安価に大量に消費できるようになりました。楽しみが増えるのはいいことのようですが、一方でそれを生み出す側は非常に苦しい立場に置かれています。私が過去に携わった作品でも、予算と時間がないためにスタッフが青白い顔をしていたり、殺伐とした空気が充満していたりすることが度々ありました。心を豊かにする芸術を生み出す側が、こんなことで良いのだろうか。このままでは芸術が単なる消耗品になってしまうと、危機感を覚えました。
業界と距離を置いてみて、ひらけた保育やラジオの世界
コロナ禍で立ち止まり、世の中の見え方が変わったことをきっかけに、私はめまぐるしい業界から一旦距離を置くことを決めました。それまで、いただいた仕事は全て断らずに引き受けていたのですが、このまま消費サイクルに飲み込まれてはいけないと思い直しました。
幸い、私には自らつくって伝える手段がいくつかありました。ひとつは、文章を書くこと。コロナ禍で延長していた映画の公開に向けて、その監督作を自らノベライズしました。好きな芸術文化に対する思いを綴った、フォトエッセイも出版しました。
それから映像をつくること。地方で素敵な暮らし方・働き方をしている農家さんや職人さんたちを取材してまわり、映像をつくって発信しました。人間にとって欠かせない食を育む人や、丁寧な手仕事に勤しむ人、好きなことを純粋に楽しんでいる人、自然環境を守るため行動している人などの姿に、私自身がたくさん刺激を受けました。経済合理性だけが豊かさの指標ではないこと、小さくても着実に周りの人や環境が心地よくなる喜びを感じました。
監督作に子どもたちが出演してくれたことをきっかけに関心を持った、保育業界にも踏み込みました。参考書を買って勉強し、2021年に保育士資格を取得。その後、実際にたびたび保育現場に携わっています。保育の現場は、芸術文化の世界よりよっぽど労働環境を良くしようと工夫や努力がなされていました。しかし結局は、国や自治体の制度が変わらなければ、内部努力だけでは限界があります。少子化が進む一方で、保育の需要や求められる質は高まっています。それなのに、世の中にいまいちその重要性や大変さが伝わっていないというギャップも感じました。私は保育業界の内外に身を置く人間として、もっと保育の実情を伝えたいと、ドキュメンタリー作品の制作に取りかかりました。
そしてもうひとつの幸運が、ラジオの仕事とめぐりあえたことでした。2023年1月からJ-WAVE「ACROSS THE SKY」にてナビゲーターを務めています。もともと、ラジオは大好きで大切な暮らしの一部だったのですが、発信する側となり、よりその面白みに惹かれていきました。情報過多な世の中で、ラジオは「音」だけだからこそ小さな暮らしに寄り添うことができます。配信もありますが、リアルタイムで聴いている人たちのことを一番に考え、生放送でお送りしています。だからこそ、その時々の気候や情勢を反映させながら、フレッシュな感覚を届けることができます。大きな渦に飲み込まれず、人の温度がちゃんと感じられる場所がまだ残っていることに、喜びとやりがいを感じました。
思いを形にするなかで、ふと浮かんだ「とおまわり」
映像、文筆、ラジオ、俳優、保育……。一旦立ち止まってみたら、なぜかさらに活動領域が広がることになり、私は落ち着きのない自分への戒めも込めて、今後の活動にひとつのコンセプトを持たせることにしました。そのなかでふと思い浮かんだのが、「遠回り」という言葉です。
政治も、経済も、芸術文化も、何もかもが効率やスピードばかり追い求めている世の中で、うんざりしている人や追い詰められている人がたくさんいると思います。私もそのひとりです。そこで、今こそあえて「遠回り」することの価値を見出したいと考えました。土鍋でごはんを炊けば米のひと粒ひと粒が輝き立つように、秋に球根を植えれば春にはチューリップがほころぶように、手間をかけた時間や待ち遠しい気持ちは、やがて喜びとなって心にかえります。
そのような「遠回り」をすることで「近道」では得られないときめきを味わい、より心地よい暮らしと社会を作っていけるのではないかと考えています。微力ながらそのきっかけになることを目指して、「とおまわり」を立ち上げようと決めました。
事業としては、現在ふたつの柱があります。ひとつは、これまでの延長線上で続ける表現活動です。映像制作、文筆業、ラジオ、俳優業、保育への関わりなどを通して、「とおまわり」の理念に沿って創作・発信をしていきます。そしてもうひとつが、新たに始めた小売業です。未知の領域であった小売に踏み込んだのは、まず映像や読み物をを通して触れた食や伝統工芸を、実際にお届けしたいと思ったからです。映像で見て終わるのと、実際に物を手にして生活に取り入れるのとでは全く違います。使う人・つくる人の思いを小売でつなげようと考えました。また、小売で出た利益を表現活動に還元することで、これまでの慣習にとらわれない独自の制作環境を確立したいという思いもあります。
2023年9月18日には初のリアルイベントを下北沢で実施し、予想を遥かに超える多くの方々にお越しいただきました。そこでは鹿児島県阿久根市にゆかりのある美味しい食や、特産品、写真、映像、トークショーなどをお届けし、お客さまと顔の見える関係性のなかで思いを交わすことができました。
まだまだ、立ち上げたばかりの小さな取り組みではありますが、事業を通して少しずつ「とおまわり」な考え方が広まり、誰もが暮らしを楽しみ居場所を見つけられる社会になっていってほしいと願っています。どんなに技術が進歩しても、人間には決して失うことのできない人間らしい部分があると思っています。その部分に一縷の望みを託して、「とおまわり」はこの世の荒波を軽やかに超えていきます。
とおまわり
ホームページ:https://tomawari.jp
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YouTube:https://www.youtube.com/@user-tomawari/featured
小川紗良(おがわさら) 1996年6月8日 東京生まれ
2014年より俳優として活動を始め、NHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』(2018〜2019)、ひかりTVオリジナルドラマ『湯あがりスケッチ』(2022)等に出演。文筆家としては小説『海辺の金魚』(2021)、フォトエッセイ『猫にまたたび』(2021)を手がけるほか、雑誌やウェブメディアに多数寄稿している。映像作家として初の長編監督作である『海辺の金魚』(2021)は韓国・全州国際映画祭にノミネートされ、劇場公開した。2023年1月からはJ-WAVE「ACROSS THE SKY」にてラジオパーソナリティを務めている。同年3月、新たなものづくりの拠点として「とおまわり」を設立。作品づくりやオンラインストア、イベント等を通して「遠回りだからこそ味わえるときめき」を表現している。
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