日本の女性研究者の真の課題に向き合う。発足から15年目を迎える「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」の未来
「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」は、資生堂が日本において2007年より実施している、女性研究者の優秀な研究を支援する活動です。
この活動では、STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)領域でのジェンダー間格差がいまだ大きいという社会課題を解決するべく「次世代の指導的役割を担う女性研究者を支援することが科学技術の発展につながる」という考えのもと、自然科学分野全般において功績を残している女性研究者を幅広く対象としています。
毎年該当する10名を選出し、受賞者には各100万円の研究助成金を贈呈しています。この助成金は研究費用としてだけではなく、出産育児をはじめとした女性のライフイベントに関わる研究サポート費用としても使用でき、それがこの活動の大きな特長でもあります。
今回、第15回目という節目を迎えるにあたり、資生堂が2030年のゴールとしている「世界中の人々が、美の力を通じて、生涯にわたってより自分らしく、心の充足や幸福感を実感できるサステナブルな世界の実現」へその研究がどう貢献するか、という視点が審査に加わりました。
そんな本グラントのこれまでの歩み、そして、これからの展望とは。
今回、第1回の受賞者である松下祥子先生(現:東京工業大学 物質理工学院准教授)をゲストに迎え、審査委員長である当社エグゼクティブオフィサー 吉田克典、全体の企画運営を担うアカデミックリレーショングループマネージャー 藤原留美子の3名に話を聞きました。
「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」が目指すダイバーシティ&インクルージョンとその存在意義とは
—「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」が発足した背景を教えてください。
吉田:私は現在のポジションについて3年ほどのため発足には関わっていませんが、2007年発足当時は、今ほどダイバーシティ&インクルージョンが唱えられていた時代ではありませんでした。そういった時代背景で女性研究者にクローズアップした支援を行うことは、大きなチャレンジだったのではないかと思います。
当時、日本全体の女性研究者の割合はわずか12%ほどと決して多くない状況でした。そこで当社は「未来のリーダーとなる女性研究者を支援し、次世代への裾野を広げる」ことが、これからの社会には必要不可欠と考えました。
私たちがそう考える背景には、資生堂が「美」を創造する企業であり、お客さまをはじめ各ステークホルダーにおける女性の比率が比較的多かったことも、大いにあるのではないかと思います。
審査委員長であるエグゼクティブオフィサー 吉田克典
—発足から15年目を迎え、女性研究者の割合は増えましたか?
吉田:日本の女性研究者の割合は徐々に増え、現在は全体の約17%になりました。
ですが、欧州諸国では研究者の男女比率がほぼ半々という国もあるなかで、日本はこの領域においては発展途上と言えます。よって今までもこれからも、本活動に邁進していくことが重要だと考えます。
—これまで15年間続いていますが、サイエンスグラントに参加される研究者の方々はどういった価値を見出しているとお考えですか?
吉田:15年もの間、毎年欠かさずに実施していることが、応募者および受賞者の方の力になっている、という話を耳にします。
そう言っていただけるのはもちろん助成金の存在もあると思いますが、それ以上に、受賞者の先生方は研究の過程と結果を認められる場があることに、価値を感じてくださっているようです。「今後研究を続ける上で背中を押してもらえた」と言ってくださることで、私たちはこの活動の意義を感じます。関わっている私も、純粋に嬉しいです。
受賞者による研究発表の様子
—それは、プライスレスな価値ですね。15年間の社会の変化に伴って、女性研究者が抱える課題は変わりましたか?
藤原:受賞者の方々とコミュニケーションをする中で見えてきた課題に、研究という手間暇がかかる仕事と女性のライフイベントの両立の問題がありました。
最近でこそ社会の風潮としてダイバーシティ&インクルージョンが叫ばれていますが、アカデミアの現場では、その観点があまり浸透していないのが現状です。
だからこそこの活動では、研究助成金を研究費用としてだけでなく、ライフイベント中の研究をサポートする費用などにも使っていただけるよう、よりフレキシブルに捉えるようにしてきました。
例えば妊娠・出産に伴う周辺のフォロー体制を整える雇用費用、ベビーシッター費用、学生さんの育成に関わる費用など、研究に関わる費用という概念を、より広く捉えるようにシフトさせています。
アカデミックリレーショングループマネージャー 藤原留美子
—そのほかに、課題解決に向けて行っていることはありますか?
吉田:ロールモデルとなるべく、社内におけるR&D領域でも女性を積極採用しており、現在では研究員の男女比率はほぼ半々となりました。会社全体においても日本国内の女性管理職の比率が3割を占めているという当社の現状も踏まえ、あらゆる面でこうした男女の共同参画の活動を推進していきたいと思います。
—15回目より、審査に新たな視点が加わったそうですね。
吉田:はい。研究内容が「人々が幸福を実感できるサステナブルな世界の実現」へどう貢献していくか、という視点が加わりました。
資生堂は2019年より企業ミッションとして「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD (ビューティーイノベーションでよりよい世界を)」と掲げていますが、「よりよい世界」とは何だろう、という議論を社内でずっと続けてきました。
そうする中で「人々が幸福を感じること」はA BETTER WORLDの一つの証であると考えます。
科学とは、人々の幸せに寄与する、1つの大きなエッセンスであると思っています。
サイエンスグラントに応募してくださる研究者の中にも「人々を幸福にしたい」と思っている方も多くいらっしゃると思います。ともにそのような世界を実現したいと思い、審査に新たな視点を加えています。これからも時勢に柔軟に対応し、研究者の方々を応援していける存在であり続けていきたいと思っています。
「研究活動と子育て。必死で駆け抜けてこられたのは、受賞の存在が大きかった」
—それでは、第1回目の受賞者である松下祥子先生にもお話をお伺いしていけたらと思います。応募当時の研究と応募動機などもお伺いできますか。
松下先生:「コロイド結晶内の近接場共鳴を利用した機能性材料開発の試み」という研究をしていました。これはコロイド結晶が、光の半導体といわれる新しい光学材料フォトニック結晶に応用できる可能性を研究したもので、コロイド化学を物理応用する先駆け的な研究であったと自負しています。
受賞をいただいたのは2009年6月のことでしたが、私はその1年ほど前の2008年の2月に出産し、産後2ヵ月で研究室に復帰しました。
当時は研究室長として日本大学に在籍しており、フォローのスタッフをつけていただいたのですが、やはり対応しきれないことが多くありました。
ありがたいことに私に師事したいといってくれる学生がたくさんいましたが、研究をするにもお金がかかりますし、大学として何か成果を出さなくては、という状況でした。
そんな折、女性科学者の会のつながりで、この活動について知りました。
「私の今の状況でも研究を続けられるかもしれない、応募してみるしかない!」と、運命的なものを感じました。
第1回受賞者 松下祥子先生(現:東京工業大学 物質理工学院准教授)
—実際に受賞された後の心境はどうでしたか?
松下先生:まず、物理学分野においてこういった賞がもらえたということに、驚きでした。当時の私からすると、ほかの方の研究領域は正統派。彼らがフランス料理のコースだとすると、私はハンバーガーみたいだと(笑)。そんなことを、当時のブログに書いた記憶があります。
また、研究助成金をいただいたこともそうですが、私の研究自体を「認められた」ことが何よりの喜びでした。
金銭面よりも、研究を続けられるという事実が一番嬉しかったです。資生堂さんが「頑張って」と認めてくださっているようで、その後はさらに、研究の道が拓けました。
吉田:受賞における支援が支えになったとの言葉は、まさに「研究者の背中を押す」という貢献ができていると実感できます。ありがとうございます。
受賞された後、ご自身のキャリアにはどのような影響がありましたか?
松下先生:受賞後、さっそく、大学に資生堂さんの取材班が来てくださり、私たちの研究が大きく知られるきっかけとなりました。
その後私は東京工業大学に移りましたが、キャリアとしてサイエンスグラント受賞歴があることで安心感をもっていただき、話が進めやすくなったシチュエーションが数え切れないほどありました。
また、資生堂さんの賞をいただいたという実績があることで、私の研究に興味を持ってくださる女子学生の方も多くいらっしゃいます。
吉田:そう言っていただけると、私たちとしても嬉しいです。研究へのモチベーションの変化はありましたか?
松下先生:サイエンスグラント受賞という形をもって研究活動が具体的に認められたので、小さな娘を子育てしながらの研究活動を、より頑張っていかなければと奮い立たせられました。
受賞前は「このままこの研究を続けていいのだろうか」という葛藤が常にありました。というのも、当時私を一番必要としていたのは、他ならぬ4ヵ月の小さなわが娘。自分がそれを一番よくわかっていましたが、研究は続けたい…。
誰に何を言われたわけでもなく、常にその部分での葛藤がありました。
そんな折の受賞は、資生堂さんが「私が研究を続ける」ことを認めてくださったように感じ、研究へのモチベーションは受賞前とは比べものにならないくらいアップしました。
2018年、グラント式典で講演する松下先生
「今後は、研究者同士のコミュニティの場に。より新しいものを生み出すきっかけとなれば」
藤原:今後のサイエンスグラントに何か期待することはありますか?
この賞が、より受賞者にフィットする場でありたいと思っているので、ざっくばらんにお伺いできたらと思います。
松下先生:やはりまだアカデミアの現場では、女性であるがゆえに叶わないことも多くある気がします。
そういった思いを共有できる場として思いをぶつけたり、コミュニケーションをとったりできる場であると、とても素敵ですよね。
研究領域を超えるコミュニティとともに、研究分野ごとのコミュニティもある。いろいろとカテゴライズされていれば、研究者同士でコミュニケーションをしやすく、より盛り上がって何かを生み出せることもあるように思います。
吉田:そうですね。毎年10名の研究者の方を受賞者に選出しているのですが、コロナ禍前は、懇親会を行っていました。
そこでいろんなつながりができ、新たな共同研究へと発展することもあったようです。
藤原:研究者の方にお話をお伺いしていると、女性だからこそ感じる苦悩もあるようです。だからこそ研究成果についてだけでなく、研究過程でのハードルについても話し合えるコミュニティのハブとなれるよう、この活動を盛り上げていけたらと思います。
例えば、研究とライフイベントとの両立で思い悩んだときに、先輩受賞者に相談をしやすい環境を作るなど……。グラントとしてだけでなく、研究者同士の出会いの場や支え合う場として活用していただけるような仕組み作りが課題だと思っています。
資生堂 女性研究者サイエンスグラントのロゴ
——最後に、サイエンスグラントの今後の展望についてお聞かせください。
藤原:この活動が取り組む「女性研究者の支援」というミッションはこれまで通り遂行しながらも、大前提として「女性だから」といったことではなく、公平に評価した結果が女性だったというジェンダーギャップのない社会が本来のあるべき姿だと思っています。
企業内もそうですが、アカデミアの現場ではまだまだ女性研究者の飛躍という意味ではゴールに至っていないと思いますので、私たちにできることに最大限取り組んでいきたいと思います。
松下先生:サイエンスグラントへの応募は研究者だけではなく、大学の場合は補佐員さんや技術員さんなどもどんどん応募されるようになったらよりいいですよね。
そういった方々がライフイベントと両立できず、夢を断念されるケースをたくさん見てきましたので…。
サイエンスグラントでの受賞実績をもって、より社会で活躍できる女性が増えたらと思います。この受賞をきっかけに、私のように大変なときに心が救われる人がこれからも増えていくと嬉しいです。
吉田:私たちはこの活動を通して支援しているというより、逆に研究者の方から素敵なギフトをいただいている。日々、そう感じています。
さきほど松下先生からお話をいただいたように、研究者同士のコミュニティをより活性化し、ますますネットワークを広げていくこと。それが実現できるプラットフォーム作りを発展させていきます。
当社は、2030年までに「人々が幸福を実感できるサステナブルな世界の実現」というゴールを掲げ、「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」として、生涯を通じて一人ひとりの自分らしい健康美を実現する企業となることを目指します。
サイエンスグラントの役割は、人々の幸せに貢献できる科学の可能性をより引き出すことであると思っています。科学の力でできることはまだまだあります。
私たちは、これからも出会った研究者の方々とともに、サステナブルなよりよい世界の実現を目指します。
現在、第15回 資生堂 女性研究者サイエンスグラントを募集しています。応募期限は、2021年11月16日まで。詳しくは下記サイトをご覧ください。
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