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ここは、人生の物語に出会う場所。

「そう簡単に理解できるとか思うなよ」――「LGBT」に分類して整理したら終わりじゃない。性にまつわる真面目で不真面目な対談本ができるまで。

著者: 株式会社朝日出版社

2023年7月に刊行後、じわじわと反響の声が広がっている『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ――性と身体をめぐるクィアな対話』。本書は社会学者の森山至貴さんと文筆家の能町みね子さんが、「クィア」というものの精神を紐解きながら、ジェンダー、複雑で多様なセクシュアリティ、そして差別というものの形とあらわれ方、世間の規範からの解き放たれ方を、縦横無尽に大胆に、学問的に、かつ心の内側を繊細に語り尽くした対話形式の本です。


本の中のこの一言に気持ちが楽になった、というゲイの読者。読んでいてワクワクしたというトランスジェンダーの読者。みんなに読んでほしい本だというフェミニスト。勉強していたつもりだったけれど想像できていなかったことが多過ぎるというマジョリティ。さまざまな異なる立場の方々から、幅広い感想が寄せられ続けています。 

このストーリーでは、担当編集の一人、第二編集部の鈴木久仁子が本書の制作過程をお伝えします。


これ、売れなかったらどうしよう……と、これまでで一番怖いと感じている気がしますし、本を制作することで、それ以前と視界が変わるということが、自分のなかで初めて起こった本かもしれません。


分断を目にし続けるなか、「クィア」という学問を思い出した

『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ――性と身体をめぐるクィアな対話』は、2023年8月末に小社(朝日出版社)を退社した仁科えいさんが企画した書籍です。以下は、3年前の2020年春、仁科さんが対談者のおひとりである能町みね子さんへお送りした企画書の一部になります。


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個人的な話ではありますが、分断を目にしている時、無自覚にも自分は必ずマジョリティ側(=安全地帯)にいると思い込んでいることに気がつき、どうして自分は絶対にマジョリティに違いないと思えるのか、そもそも何がマジョリティとマイノリティを分けるのかと、次々と疑問が湧き出てきました。このような違和感に対して、クィアであれば解決の糸口を求めることができるのではないかと思ったのです。


例えばクィアは、「LGBT」という区分すら、性別二元論に囚われたあり方だと疑問を呈しています。対立による争いでこじ開けようとするのではなく、今ある社会の決まりを打破する。自分らしく生きることで社会構造の欠陥を浮き彫りにし、今までのルールをずらすことができるかもしれない、クィアはそんな可能性を示しています。


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「クィア」という言葉をメディアなどで目にすることもあると思いますが、一般的に持たれているイメージは、「LGBTQ+」というときの「Q」を指したり、「L(レズビアン)G(ゲイ)B(バイセクシュアル)T(トランスジェンダー)」にぴったり当てはまらないけれどマジョリティではない人たちのことだったり、「LGBT」の言い換えのような形でしょうか。でも、本来の「クィア」は、そういうものではありません。


仁科さんが「クィア」に出会ったのは9年ほど前、大学の研究室でのことでした。

学生時代から、クィアというものが持つ可能性について、「対立する事象に対しての解決法としては、正面からぶつかるのでなく、外部から破壊するのでもなく、内部から瓦解させるほうがパワーがあると思っていた」と言います。


「本書の企画を立ち上げた頃は、西武・そごうの新聞広告(女性がパイを投げつけられているビジュアルの広告)や報道ステーションのウェブCM(若い女性が「どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかってスローガン的にかかげてる時点で、何それ時代遅れって感じ」などとしゃべるCM)など、ジェンダーに関する問題で連続して炎上が起こっていました。フェミニズムをめぐる激しい対立が起こっているのを目にし続け、自分のなかで閉塞感が増していくように感じていたとき、クィアという学問を思い出したんです」


仁科さんがクィアの資料を読んでいくなかで、最もわかりやすく面白いと感じたのが、森山至貴さんの『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』でした。「対談本をつくりませんか」と森山さんにオファーするところから本書の企画は始まります。そして、森山さんがお話ししたいと指名されたのが、文筆家の能町みね子さんでした。


*

制作中の疑問は洗いざらいお伝え。複雑で繊細なことを、誰にでも開かれた態度で

当時、仁科さんは、私とは別の編集部に在籍していて、たまに話を聞いては、面白そう、楽しみだねとおしゃべりしていました。ただ制作に苦労しているようで、2020年春に2回の対談を行って以降は進みあぐねているとのこと。「おふたりが、この本だから話します、と大切な話をたくさんしてくださったのに……」。仁科さんは悩んでいるようでした。

その後、2021年の秋、仁科さんが私の所属する編集部に異動になり、そこから私も制作手伝いとして携わせてもらうことになります。


私は性的マイノリティについて勉強しているわけではなく、マイノリティや差別の問題に強い関心を持っていたわけでもありません。それは読者の立場としていかせる部分もあるかもしれませんが、もうひとつ、「デリカシーがない」とよく言われる人間でもあり、何名かの著者に「傷つきます」と言われたことがあるので、著者のおふたりとやり取りしていくなかで、自分が何かひどく傷つけることを言ってしまうのではないかと不安でした。


ですので企画者の仁科さんに「大丈夫かな?」と確認しつつではありましたが、それでも制作中に感じたこと、考えたこと、疑問に思ったことはすべて洗いざらいお伝えしました。

仁科さんと私がお伝えしたことに対して、著者のおふたりは、お答えくださったり、別の良い案を教えてくださったり、却下で応答くださったり。(おそらく私に非礼はあったはずで、「○○すべきだった…」と反省したことは何度かありますが)おふたりから「そういうことは言わないでほしい」とか、不快だということを示されることは一度もありませんでした。本書の制作中、「こう感じたけれど、言えなかった」ということは一つもありません。


刊行後のイベントで、森山さんが「この本を読んで、爽快感のようなものを感じてもらえたら嬉しい」と話しているのですが、それは制作している間にも感じていたことでした。複雑で繊細な話をしていますが、誰に対してもひらかれていて、風通しがいいのです。


森山至貴さん(左)と能町みね子さん(右)

 

私は対談本をつくることは初めてでしたが、3回の対談に同席させてもらい、その後の制作をしていくなかで、ああ、対談ってこんなに面白いものなのか…と思い知ることになりました。


*

誰かに「普通」を押し付けないために、学問が必要

社会学者である森山至貴さんは、大学院時代は日本のゲイ男性について研究され、現在はクィア・スタディーズを専門とされています。

「なんで勉強しなきゃいけないんですかって聞かれたら、それは鎧となるから。打ってくる矢からあなたを守ります。そして、自分が誰かに"普通"を押しつけないため、差別をしないために学問が必要なんです」と、森山さんはおっしゃいます。

森山さんが書いた『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)は、子供のために書かれた本ですが、学問は武器になるということが実用的にわかる本です。


森山至貴さん著『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』より


イラッとしたり、モヤモヤしたりするけれど、うまく言い返せない言葉。「もっと早く言ってくれれば」「身近にいないからわからない」「いまはそういう時代じゃないから」。

わだかまりが心の中に生まれるとき、どんな気持ちの中に、どんな気持ちが混ざっているからか。繊細にその理由を腑分けしてみるとわかること、その背景にあるもの、これまで人々が積み上げてきたこと、それらがコンパクトに、誰もがわかる言葉で、誰もが経験したことのある場面で説明されています。

「これ、自分も言ってる!」とまずは反省しますし、「ああ、あの時、あの人がこう言ったのは、そういう理由があったのか……」と、相手の言動の受け止め方も変わっていくのです。人と人とのコミュニケーションがもっと深く、いろんな形の豊かなものになる可能性にひらかれた本だと思いました。


そんな森山さんが話したいと指名した能町みね子さんですが、能町さんが2019年末に刊行された『結婚の奴』(平凡社)は、私が2020年に仕事以外で読んだ唯一の本です。

能町さんが、恋人でもなければ友達でもない、薄い知り合い程度だったゲイ男性のサムソン高橋さんと「結婚(仮)生活」を始めるまでと、それまでの過去をたどった本ですが、これがものすごく面白いのです。

恋愛というものについて、結婚について、世間が当たり前としていることについて、能町さんは、なににも寄りかからずに、自分自身で格闘しながら思考を組み立て、自問自答しされながら進んでいきます。

薄い知り合い程度だったのにもかかわらず、能町さんとサムソンさんとの相性は、生活全般的にぴったりに見えます(結婚して初めての夜、能町さんはお腹をくだして二夜連続で寝ウンコをしてしまうのですが、そのときの夫(仮)の顔には「ちょっと驚いているようだったけれど、呆れたり眉をひそめたりせず、表情の奥に少しだけ見える気づかい」があったそうで、一緒に暮らしていけそうですよね……)。薄い縁を自分たちで手繰りよせて、「夫婦(仮)」をつくり出しているところがすごいと思います。


能町みね子さん著『結婚の奴』より


それから能町さんは、なぜか親近感を抱かせてしまう方だとも思います。能町さんの本を読んでいると、一緒にこたつに入って、「そうなんだね、私はこうだった~」とか脳内でおしゃべりしたくなってしまうのです。


そんな能町さんは、対談のなかで「T(トランスジェンダー)」が一番よくわからない、と言います。


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〔…〕私はLやGに関しては多少客観的というかフラットに見ているつもりで、少なくとも自分では偏見を持っていないつもりなんですけど、実は自分以外のTに接するにあたっては今でも少し構えてしまうところがあります。自分と果たして考えが合うだろうか、みたいに緊張してしまって。「私こそ正しい」とは思わないように、と気をつけてはいるんですけど……Tが一番わからないです。

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「森山さんの講義を聞いてみたい」と言う能町さんと森山さんの対話は、「LGBT」という言葉はどんなふうに作られたのかというところからスタートします。

「LGBT」、最初は「GLBT」の並びだった

2010年代半ば以降、メディアで頻出するようになった「LGBT」という言葉ですが、どうしてこの言葉ができたのか、知っていますか。


(本文より)


「LGBT」という言葉ひとつとっても、それがつくられる経緯や背景には、かつての人たちが直面していたことや戦いがあって、そして多くの人が死ぬことになるHIV・AIDSの問題がありました。

トランスジェンダーにまつわる言葉の移り変わりとその理由、セクシュアリティに名前がつくことの影響など、性にまつわる様々なあり方や歴史の変遷を、学問的知識を踏まえつつ網羅的に理解できることも、本書の読みどころのひとつです。


「男の子を好きっていうことは、僕は女の子なのかも」

本書には「勉強になる楽しさ」もあるのですが、それ以上に、性の複雑さ、不思議さを知ること自体の面白さが至るところに散らばっています。たとえば以下の場面。編集部の仁科さんの質問、「好き」っていう気持ちは、自分の性別を認識してから芽生えるものでしょうか?(誰かを好きになる気持ちと、自分の性別を認識するのはどちらが先なのか)に対して。


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能町:〔…〕自分の体験で言ってみると、この「好き」がいわゆる恋愛感情の好きだとすると、たぶん私は、自分にその感情が芽生える前に、恋愛感情の「好き」というものの存在を知識として得てしまっていたんですよ。絵本か漫画かわかりませんけど、そういうものがあるということが先にインプットされちゃっていた。かつ、男は女が好きであって、女は男が好きであるっていう「常識」も、たぶん同時にインプットされてしまった。だからそれに従って、私は小学校のときに女の子のことが好きになったんです。というのは、Kちゃんという女の子と一緒にいるのが楽しかったので、なるほどこれが「好き」なんだな、「好きな人」はKちゃんだ!って自分のなかで明確に記録した、という感じ。


森山:うん……僕も自分に関しては、はっきりと、いわゆる性の目覚めみたいなものは覚えています。幼稚園のときにお泊まり会があって、たしか二人でひとつの布団に寝たんですよね。もちろん男女一緒の布団にはしないので、男の子と一緒に寝て。その男の子と同じ布団に寝てドキドキしたのを覚えてる。〔…〕だから、四歳とか五歳のときにはもう、自分は男の子にドキドキするんだ、っていう自覚はあった。


能町: そのとき、男の子は女の子を好きになるものだみたいな、そういうことはすでに知っていたんですか?


森山: 知っていました。なので、僕の場合はどうなったかというと、「男の子を好きっていうことは、僕は女の子なのかも」って思っていました。


能町: おおお、へえええ。


森山: で……違った(笑)。私は別に女性じゃない、男性だってのちのち気づくことになったんですけど。ただ、性的指向と性同一性の話はそんなに簡単に分けられない、というリアリティはあると思うんです。「異性愛」「同性愛」という言葉に特徴的なように、「自分がどの性別を好きになるか」と「自分の性別は何か」ってしばしば組み合わさったかたちでパターン化して理解されるじゃないですか。だから、その組み合わさり方が個別の経験においてどう立ち現れるかをつぶさに見ていくことが必要なのだと思います。

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この話は「個人の体験を集めていかないと結論は出るものじゃないですね」ということで終わるのですが、いろんな場面で、これまでの枠組みや視界では見えてこなったものが、「ああ、本当はこうなってるんだな……」と、うっすら輪郭が見えるように立ち上がってくることが何度もありました。


「自分が当事者である場合に限って何も主張することができない」

森山さんも能町さんも、「普段、人にあまり言わないようなことを言えて、それがすごく良かった」とおっしゃっているのですが、そういう場面もたくさんあります。


(本文より)


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能町:〔…〕私は、自分が当事者である場合に限って逆にあまり何も主張することができないっていう、個人的な問題があるんです。自分が関係ないことに関しては、むしろいろんなことをある程度無責任に言っちゃったり、迂闊なことを言っても訂正すればいいやと思ったり、それなりになんでも言えるんですけど、自分に関することになると急にこう……何も言いたくなくなってしまうんです。当事者性が強すぎて。〔…〕

 自分が言ったことが、何らかのコミュニティの代表的な意見になったりしかねないという、そういう責任も感じるし。それに、自分のことだと、あからさま過ぎて言いづらくて。

何らかの権利を主張するにしても、なんとなく腰が引けてしまうというか。「これはただの自分のわがままなんじゃないか」みたいな気持ちに苛まれて言いづらくなったり。

 私の場合だから、もちろんLGBTのTに関することになるんですけど、Tについては何も迂闊に言えない。明らかに世間で問題になっていることがあって、それについて言いたいことがあったとしても、主張するハードルが相当高くなってしまう。そんな問題があります。


森山: あまりにも当たり前の基本原則としては、「言いたくないことはお互いに言わなくていいようにしましょう」っていうことになると思います。「どうぞ無理しないでください、僕も無理はしません」って。

 ……あとは、そうですね、そういうときに当人の代わりに大事なことを言うために学問があるんじゃないか。あるいは、対話というものも「言いたくないこと」を言いたくないままに大事なこととして提示するためのひとつの方法かもしれない。

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「森山さんは、なんでその研究をしているんですか?」という質問に貼りついているもの

その後、森山さんは「僕の身にいつも起こっているエピソードをしゃべってもいいですか」と、次のことを話します。


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森山: 大学で授業していて、「私は日本のゲイ男性について専門に研究しています」って言うと、学生から必ず「なんでその研究をしているんですか?」と質問されるんです。でも多くの場合それは、なぜその研究をしているのかという理由を尋ねる質問ではなくて、実は「森山さんはゲイなんですか?」って聞いているんですよね。


能町: ああそうか、なるほど。たしかにそうかもしれない。


森山 :「ゲイなんですよね?」って聞かれて、「ゲイなんです」って言ったら、「だからその研究をしているんですね」と納得されてしまう。僕のなかにある問題意識は全部無視されて「ゲイだからゲイの話してるのね」って片付けられることに対する抵抗があって、この質問には答えたくないって、いつも思うんです。そもそもこの質問って、たぶん質問じゃないんですよね。自分が納得したいがために、そのための手がかり、いや言質を引き出そうとしている感じが嫌だなって。そんなときは個人的な話をしたくない。

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引用している箇所は、心の内側を話し始めたさわりとも言える部分です。能町さん、森山さんが心の中で起きていることを話して、「話したくない」の種類や理由の違いを確認しながら、それぞれで返し合う。それをしているうちに、ひとりではたどり着けなかった出口が見えてくる。話しているうちに、道がどんどん走っていって、急にバーンと視界が開ける、みたいなことも何度かありました。

そんなふうに心が動く時間を一緒に過ごせたことは、今後、私の中にずっと残ると思います。


日常でおふたりが頻繁に目にする、この言葉が嫌だというお話を聞いて、「それはどういう場面で、どんなふうに出てくるんですか?」とお尋ねし、教えていただいたことが何度かあるのですが、それは頻繁にあらわれているものが、私には見えていなかったということです。見えていなかったことで、最も重たく残っていることのひとつは、私はかつて自殺をテーマにした本を2冊担当していて、かなり調べたつもりではいたのですが、セクシュアル・マイノリティの方々の自殺率が高いという、この事実が私には見えてなかったということでした。

最初にまず自分たちを箱に入れない。慣れろよ、コノヤローと思いながら、軽やかにやっていくのだ。

対談後、能町さんは、「私自身、大げさでなく今後の生きる指針の一つになるような話がたくさんありました」とメールをくださいました。そんな能町さんの「おわりに」から。


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 ところで、この本を読んだ方は果たして気づいたでしょうか。冒頭で私たちが、セクシュアリティをとくに表明していないことを。実は、私自身も最初は気づいていませんでした。

〔…〕おそらくこれまでほとんどの場合、登場人物のセクシュアリティが最初に明確になっていたと思います。つまり、ゲイである森山至貴とトランスジェンダーである能町みね子の対談、というふうに通り一遍の紹介をしたり、フィクションであれば「レズビアンの主人公が~」とあらすじで簡単に書いてしまったり〔…〕。こうして先に人物を簡単な箱に収めると、読者は安心するってものです。「なるほど、Aさんはレズビアンなのだな、レズビアンだからこのようなことを考えるんだな」みたいに。

 私たちはこれを自然とやりませんでした。やるべきか?という話すら出ませんでした。

 もちろん、テーマがテーマですから、途中で自分自身の属性や指向などについては十分に語っています。しかし、このように「最初にまず自分たちを箱に入れない」という姿勢をごく普通に取れたことは、私にとって非常に気が楽でした。セクシュアルなことについてインタビューを受けたり、プライベートで何か聞かれたりするときに、この「通り一遍」を一度やらなければいけないことが地味だけどじわじわと効いてくる負担だった、ということに今さら気づきました。クィアな姿勢は人を楽にしますね。

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仁科さんも企画を考えた当時、自分用のメモとして「本自体の見せ方として、当事者性は前面に打ち出さない」と書いていたのだそうです。


私は勉強家ではないので、「大事だから勉強しなくちゃ」というより、「うーん、なんとも面白いな……」が先に感じられるほうが好きなのですが、まさにそんなとびきり面白い本にできあがったと信じています。




ジュンク堂書店池袋本店で開催した刊行記念イベントで、森山さんはこんなことを話していました。


「この本と、他のセクシュアル・マイノリティの当事者が書いた本を連続で読むということをやってみてほしい。正解ではなく、本と本の間の距離みたいなものをつかむ、それが必要なことだと思うんです。私はこの本の中で、ある種の研究者としてもしゃべっているけど、たとえば当事者でアクティビズムをやってる人には、その人に見える景色があって、そこには重要なことがいっぱい書かれてある。他の本と本書とで、言っていることが同じなのか違うのか、読書経験として組み立ててみる。その距離感、星座の配置みたいなものをつかんでいただければと思っています」


これを体験していただける選書フェアを、全国の書店で開催しています。森山さん、能町さんが『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』と一緒に読んでほしい本、おふたりを形作った本を10冊ずつ選びました(仁科さんも6冊選んでいます)。選書フェアを開催している書店さんで、ぜひお二人の選書コメントとともに、いろんな本を手に取ってみてください。


森山至貴さんと能町みね子さんが選ぶ「普通」から自由になるための

20冊選書フェアを開催中です。


◇書籍情報

「慣れろ、おちょくれ、踏み外せ

   ――性と身体をめぐるクィアな対話」

著者:森本至貴・能町みね子

定価1,980円 (本体1,800円+税10%)

発売:2023年7月1日

判型:四六版 頁数:318頁

ISBN:978-4-255-01348-0

 

◇会社情報

株式会社 朝日出版社

〒101-0065 東京都千代田区西神田3-3-5

https://www.asahipress.com/






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