エンターテイメントで生きる活力を届けたい。ゲストも“物語の一員”になるイマーシブシアター「泊まれる演劇」開発の裏側と想い
「泊まれる演劇」は実際のホテルに滞在しながら鑑賞・体験する没入型の演劇作品(イマーシブ・シアター)。イマーシブ・シアターとはニューヨークやロンドンをはじめ世界中で大きな話題となっている最先端の没入型エンターテイメントです。客席に座ってストーリーを鑑賞する従来の舞台スタイルとは大きく異なり、イマーシブ・シアターでは物語の当事者となって作品を体験します。
イマーシブ・シアターの特徴の一つは、ホテルやレストランなど建物全体を劇場に見立てる圧倒的なスケール感。そしてキャストとのインタラクティブな会話のなかで徐々に事件に巻き込まれていくなど、ゲスト自身がまるで物語の登場人物となるような突き抜けた興奮・非日常感。映画やゲームなど従来のコンテンツカルチャーを塗り替えるほど、今エンターテイメント業界でも最も注目されているジャンルの一つです。
泊まれる演劇プロデューサー花岡直弥(右)とステージマネージャー飯嶋祟(左)
そんなイマーシブ・シアターの中で国内トップクラスの人気を誇るのが「泊まれる演劇」プロジェクト。
企画運営をおこなうのはイベント会社でも劇団でもなく、京都や大阪・金沢でホテルを運営する株式会社水星。泊まれる演劇は当社の自社事業であり、エンターテイメント事業部に所属するメンバー僅か2名が主なマネジメント・制作統括を担当します。
今回はそんな泊まれる演劇の誕生秘話からこれまでの軌跡、そしてプロジェクトが大切にしているブランド思想をお伝えします。
「ホテルの真の魅力とは一体何か」という問いから生まれた「泊まれる劇場」というアイデアが実現に至るまで
泊まれる演劇は今でこそ80人超の大規模プロジェクトですが、もともとは入社3ヶ月弱の会社員の小さなアイデアからはじまりました。
泊まれる演劇の発起人であり現クリエイティブディレクターの花岡直弥は2019年6月に株式会社水星にジョイン。それまでは新卒入社した東京の広告会社で4年間プロジェクトマネージャーを担当。「クライアントワークだけでなく川上から川下まで事業経験を積みたい」と考え、関西を中心にライフスタイルホテルを展開するスタートアップの株式会社L&Gグローバルビジネス(のちに株式会社水星に社名変更)に転職。同社が運営するHOTEL SHE, KYOTOのフロントスタッフとして配属されました。
ですが一念発起したは良いものの、そう簡単に自分がやりたい仕事が与えられるわけはありません。インバウンド旅行客への慣れない英語対応に苦戦しながら、会社のコーポレートサイトのリニューアルを提案したりホテルの集客施策アイデアを誰よりも発案したりしながら活躍のチャンスを探っていました。
“ホテルの真の魅力とは一体何か”。そんなことをいつも考えながらゲストを観察していました。遠い海の向こうから訪れる外国人観光客、友人同士の思い出旅行、恋人がパートナーの誕生日を祝うためのサプライズ。宿泊の目的はさまざまですが、誰しもが非日常を求めて夜を過ごし、翌朝チェックアウトとともに日常へ戻っていく。そんな儚い時間はまるで物語のようで、小さな物語が集まるホテルは劇場のよう。これはホテルスタッフ視点から発見した魅力の一つですが、一般ゲストにも伝わる魅力的なアプローチはないだろうか。そこから生まれたのが「泊まれる演劇」のアイデアです。
ですが「ホテルを劇場に見立て、宿泊型の演劇を上演する」という奇抜なアイデアは、国内はおろか世界的にも前例がなく、また花岡自身も舞台やエンターテイメントの制作経験はゼロ。ただ何とか実現したいという情熱を胸に、舞台の劇場に何度も足を運んだり、SNSやブログなどのソーシャルメディアを駆使することで仲間を募りました。ここで手を挙げて下さったクリエイター数名は、今もなおかけがえの無いチームメンバーたちです。
アイデアはあるし仲間も集まった。ですが事業として成立しなければ意味がありません。実現するための数的根拠と確かな戦略が必要でした。
宿泊・観光ビジネスには繁忙期と閑散期があります。例えば京都では夏季や紅葉シーズンは大きな需要がありますが、雨の多い5〜6月には客足が一気に遠のきます。この需要差に目をつけ、梅雨シーズンの過去売上と「泊まれる演劇」での予測売上を比較し、損益分岐点の計算やリスクケースとともに社内提案をおこないました。前例のない提案だったので最終的な興行リスクは未知数でしたが、経営層メンバーの勇気ある後押しのお陰で遂に実現の目処が立ったのです。
2022年社員総会での事業部プレゼンテーションの様子。
未曾有の伝染病で白紙になった「泊まれる演劇」をデジタルエンターテイメントとして再構築
泊まれる演劇としての第一弾イベントは2020年6月上旬に決定。初のオーディション開催にも関わらず熱量の高い俳優陣も多く集まり、いよいよリハーサル開始のタイミングであるニュースが世界中を駆け巡りました。そう、新型コロナウイルスの世界的な流行です。
ウイルスの感染スピードだけでなく民衆への心理的恐怖の伝播の速さは凄まじく、観光業を含むあらゆる経済活動は一斉にストップしました。当社で運営するホテルも全て一時的にクローズし、また舞台などエンターテイメント業界への風当たりの強さも相当なものでした。
泊まれる演劇はゲストと俳優の距離も近く、またインタラクティブな会話を交えて進行するライブエンターテイメント。新型コロナウイルスとの相性はまさに最悪で、当然6月のイベント開催も中止を余儀なくされました。当時のショックややるせなさは今でも忘れられません。
世情として今一番エンターテイメントによるプラスなエネルギーが必要とされている時期とわかっていながら、ただ収束を待っているのか。そもそも未曾有の伝染病の収束なんて本当にあるのか。クリエイター以前に、経済活動を担う大人としてやれること・やるべきことが何かあるのではないか。
そんな悶々とした日々の中で、ライブエンターテイメントという前提を捨て、デジタルエンターテイメントとして泊まれる演劇を再構築するアイデアに辿り着きました。
それはゲストに実際にホテルに訪れてもらってエンタメを楽しんでもらうのではなく、Zoom(オンラインコミュニケーションアプリ)を利用して、自宅にいながら安心して鑑賞・体験してもらうアイデア。パソコンやスマートフォン画面の向こう側にいる俳優が演じるキャラクターとチャット機能を使ってリアルタイムで会話しながら、ホテルで起こったミステリー事件を解決していくというシナリオです。
Zoomを使用したオンラインイベント。視聴者は自宅にいながら事件解決を目指す。
このアイデアの着想からわずか1ヶ月の間で、企画の詰め、クリエイターや俳優のアサイン、チケット販売・リハーサルまでを終え、ゴールデンウィークの5月1日にイベント配信初日を迎えました。
興行面での反響は予測以上で、500枚の有料視聴チケットはわずか10分で完売。急遽決定した追加公演や再演も大変なゲスト満足度のなかで幕を閉じました。改めていかにエンターテイメントが人々に必要とされているか、そしてどんな逆境であってもカウンターパンチとなるアイデアはどこかに眠っていることを強く実感しました。
エンターテイメントで生きる活力を届けたい。泊まれる演劇をリアルで初開催
コロナ禍中も社会情勢を慎重に観察しながら、泊まれる演劇はエンターテイメントの必要性を信じ、実際のホテルにゲストを招く形でのイベントも早期にスタートを切りました。リアルでの初開催は2020年の8月。世間ではまだライブエンターテイメントへの風当たりが厳しい状況でしたが、一日の上演ステージを分割することで参加人数を絞ったり、会話や接触などの演出に細心の注意を払うことで2023年現在まで一度の休演も挟まず、全300超のステージを完走することができました。また平日を含み連日満室の大盛況をいただき、前年のホテル売上比でなんと2倍以上の成果を達成することができました。
そしてコロナも明け、ライブエンターテイメントの需要は激増。没入(イマーシブ)体験の注目度も一気に高まったことで新たなプレイヤーが多く参入しています。
私たち泊まれる演劇の目的は、エンターテイメントを通して世の中に生きる活力を届けること。日常生活や仕事でいつもストレスやプレッシャーに囲まれ、何のために生きているのか見失ってしまう瞬間があります。そんな時に泊まれる演劇の予定をスマホのカレンダーに入れることが一つの希望になったり、物語の中で新しい自分に出会ったり、キャラクターたちとの会話を通して心の底がじんわりと温まったり。少しでもゲストが過ごす日常への救いとなるようなエンパワーメントができればと切に願っています。
そのため作品ごとにストーリーや世界観は異なりますが、次の3点はプロジェクトに共通してとても大切にしています。
1つ目は来場前から胸躍るエンターテイメントであること。ワクワクするファンタジックなモチーフ、魅力的でユニークな物語、細部にまでこだわったクリエイティブデザイン。クリエイションとして「私たちが作りたいもの」ではなく「お客様が体験したいもの」を常に優先します。2つ目は没入(イマーシブ)体験に毒を仕込むこと。作品を通して“幸福感”をお客様に届けたい時、相反する概念(悲しみや恐れなど)をあえて作品に入れ込むことで、より効果的なエンパワーメントを生み出すことできます。これはイマーシブ・シアターという多視点のエンタメカテゴリーとも相性が良く、「ゲストによって体験するシーンが異なる」だけでなく「同じ結末を見ても抱く感情さえ百人百様」という多次元の没入体験となります。
最後の3つ目はホスピタリティを超えた「パートナーシップ」でゲストの皆様をお迎えすること。一般的なホテルスタッフの礼儀正しさや気遣いもとても魅力的ですが、私たちの使命はお客様に生きる活力を届けること。壁を作るのではなく壁を壊し、物語世界へとアグレッシブにお客様を巻き込み、そして心の深部に寄り添う。非常に高度な技術ですが、キャストだけでなく現場スタッフも「パートナーシップ」をキーワードに準備を進めています。
泊まれる演劇上演風景。俳優(中央)とゲスト(左右)が会話しながら物語は進行する。
心が折れても立ち直る、リスクへの向き合い方
プロジェクトをスタートしてから4年間、楽しいことだけではなく悲しいことや辛いことも本当に沢山ありました。「今流行ってるだけでどうせ長く続かない」「すぐ周りの人も離れていく」など裏で色々言われたり、ここには書けない多大な理不尽で心が根元から折れたことも何度もありました。
ビジネスにおいて安定している状況の中で正しい判断や行動をすることはそれほど難しくありません。ですが強いストレスやプレッシャーに晒されている状況の中で、幾つもの選択肢の中から正しい意思決定をし、誰よりも迅速にチームを動かし、成果に繋げることは何十倍も困難なことです。トラブルを未然に防ぐことができればそれに越したことはありませんが、自らではコントロールできない外部環境によって苦戦が強いられることも少なくありません。
そのような状況の中で、心が折れても立ち直って再び実戦に舵を切るためには、プロジェクト内でリスクをどこまで許容するのかが明確であり、その許容ラインが全体で擦り合わせされていることがとても大切です。
リスクがゼロになることは決して無いですし、ゼロにすべきでも無いのです。リターンとリスクを数的に天秤にかけて、どのリスクをちゃんと取るのか覚悟を持って選択する。その上で取ると決めたリスクへの事前準備は全員で徹底的におこなう。
残念ながら「リスク=やめる理由」となってしまっている組織やプロジェクトがとても多い気がします。ですがリスクの中には、事業成長のためや競合からブランドを守るためにも、正面から向き合うべきものが必ずあります。そのような価値観がしっかりと根付いていれば、窮地でも挽回策が見つかる強いチームになりますし、万が一すぐに上手くいかなかったとしてもその経験価値から長期的成功への解を導き出すことは可能だと私たちは信じています。
これからも泊まれる演劇では、ビジネスとクリエイティブを武器に、未来のエンターテイメントカルチャーを牽引するようなチャレンジを続けて参ります。
【INFO】
泊まれる演劇では2024年、2つの新作上演が決定しております。
第一弾『Moonlit Academy』はHOTEL SHE, OSAKA(大阪)にて2024年1月19日(金)〜3月17日(日)に開催。第二弾(新作)はHOTEL SHE, KYOTO(京都)にて2024年5〜8月に開催予定。詳細は後日発表。
▶︎プレスリリース
泊まれる演劇『Moonliti Academy』公式サイトはこちら
※「メディア関係者向けの情報」に『Moonlit Academy』プレス公演のご案内がございます。
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