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「大型陶板」の技術伝承をAIで実現! ~「均質」を目指してものづくりを革新~

著者: TOTO株式会社

「大型陶板」は、土や石などを原料として調製した顆粒状の坏土(はいど)を成形、施釉、焼成の工程 で製造される大きな焼き物で、 商業施設、オフィスビルなどの公共施設や住宅の男性用小便器や大便器の下に設置される床材です。特徴として、抗菌、抗ウイルス、ニオイを抑制する機能があり、きれいで快適なトイレ空間に欠かせない商品のため、数多く採用されています。


“焼き物”特有の経験と勘に頼りがちだったこれまでの陶板のものづくりに、「AI」を活用して変革をもたらした、TOTOのDXストーリーをご紹介します。


左:TOTOマテリア株式会社 製造グループ 長江 康弘

右:TOTOマテリア株式会社 生産改革プロジェクト 笠井 昭良 



聞き手:TOTO株式会社 広報部 阿部 園子

良品と均質を実現する伝統的な陶板のものづくり


―――TOTOマテリア株式会社(以下、TOTOマテリア)では陶板を含めてどのような商品を作っているのですか。


長江:TOTOマテリアは美濃焼で有名な焼き物の町、岐阜県土岐市に拠点を置いています。ここでは、内装・外装まで、建材やインテリアとして幅広い用途に利用できる陶板や、浴室や洗面所などに使われる鏡を製造しています。


―――現在お二人はどのような業務をされていますか。


長江:私は陶板の製造現場を率いるチームリーダーとして陶板製造工程の全体を管理しています。


笠井:私は工場全体の生産性向上を目的とした生産改革プロジェクトの一員として、製造現場のものづくりの改革に取り組んでいます。


―――AIの活用によって、陶板のものづくりがどのように変化していったのかお聞きします。

最初に陶板の製造工程を教えて下さい。


長江:陶板は原料を成型、施釉、デジタル印刷、焼成と言う工程の流れで製造しています。

【大型陶板製造工程】


原料―――

鉱山からとってきた長石や粘土などの天然原料を粉砕して顆粒状にします。


プレス成型―――

原料を大型のプレス機で高い圧力をかけて、板状に押し固めます。3m×1mの大型陶板を作れるこのプレス機は、日本国内で唯一のものです。このサイズはTOTOマテリアだからこそ、製造することができるのです。


施釉(せゆう)―――

板の表面に釉薬(ゆうやく)を施します。釉薬により板の表面に色合いや光沢などを出し、傷や汚れも付きにくくなります。


デジタル印刷―――

板の表面にデザインを加えるため、最大7色のインクを噴射して印刷する工程です。


焼成―――

板は長い窯の中を通って最高温度1200℃で焼かれ、最後に光触媒の活用により抗菌・抗ウイルス効果のある「ハイドロテクト加工」が施され陶板として完成します。


<焼成窯内部>

以上の工程で大型陶板が出来上がります。

製造条件決定までの3時間


―――大型陶板のものづくりに、なぜAIを活用することになったのですか?


長江:陶板のものづくりには大きな「悩み」がありました。

窯の温度や外気温、湿度など、その日の製造条件の微妙な違いによりデジタル印刷の「インク出力条件」が同じでも、大型陶板の焼き上がりの色調は日によって変わることが不可避でした。そのため、事前の「色合わせ試験」を生産の都度、熟練工員数名の「経験と勘」を頼りに3時間かけて行っていました。この試験は、インクの出力条件を決めるもので、「青色を多めにしよう」「赤色を少なくしよう」など毎朝話し合っていました。実際に陶板として焼き上げて、「狙いの焼き色」となるインク出力条件を決定するものです。その後、大型陶板の生産に入っていきます。原料の状態、窯の温度、工場内外の環境などの情報からインク出力条件を導き出すには長年の経験が必要なのです。


―――毎朝、3時間で製造条件を決めていたのですか。狙いの焼き色にするには繊細な調整が必要なのですね。


長江:製造現場では良品を作るために必要なことだったので、私も熟練工員にも当たり前の3時間だと思っていました。


        <熟練工員による色調確認の様子>


―――ここに革新が起きた!ということですね。


笠井:はい、そうなんです!

「陶板焼き色予測AI」を開発して現場に導入し、これまでのものづくりが変わりました。


―――「陶板焼き色予測AI」について具体的にどのようなものか教えて下さい。


笠井:このAIは、熟練工員の「経験と勘」をAIに学習させて、当日の原料の性質や窯の温度と狙いの焼き色を入力すると、大型陶板の焼き上がりが狙いの焼き色になるようにデジタル印刷のインク出力条件を提案するものです。「陶板焼き色予測AI」により事前の色合わせ試験が無くなったのです!

【「陶板焼き色予測AI」の構想図】


とは言え、ここまで来るには険しい道のりがありました。

「データサイエンティスト」としての実践


―――「陶板焼き色予測AI」運用までの険しい道のりとは?


笠井:まずAIを運用できるようになるための知識が必要でした。

私はデータサイエンティスト※になることを目指して、努力を続けていきました。

もともと、データ類は扱ってはいましたが、膨大な情報の処理方法やそれを有効にどうやって使うか、なんてことは考えたこともなくて、はっきり言えば素人だったのです。

※「データサイエンス」とは、数学や統計学、AI、プログラミングなどを活用して膨大なデータの分析や解析を行い、役に立つ洞察を導き出す学問。ビッグデータなどを分析する人が「データサイエンティスト」と言われる。



――TOTOに入社してからデータサイエンスを学んだのですね。


笠井:そうです。

私はTOTOに入社し環境建材事業部に配属されました。約2年間建材の商品開発に携わっていまして、ハイドロテクトの技術にも関わりましたし、ハイドロソリッド※の商品開発も担当しました。ただこの時も大量のデータ分析やビッグデータの存在は認識していましたが、それを活用することで“現場を変える”ことができるとは考えてもみませんでした。

※ハイドロソリッド:最大3m×1mの大型陶板の内装壁材。意匠性が高く空間と調和するデザイン性の高い商品。ハイドロテクト加工で抗ウイルス、抗菌、防汚、防臭作用を持つ。


入社して2年目が終わろうとしていたとき、社内留学制度のことを知りました。

TOTOグループではデータ革新をリードする人財※育成のために「データサイエンティスト」の社内留学制度を2020年からスタートさせています。

※TOTOグループでは、人を財産と考え、人材を「人財」と表記します


私は幼少期から新しいことに興味を持ちやすい方でしたし、留学という言葉にあこがれもありました。データサイエンスやAIなどの分野に興味があり、自身のスキルを磨きたいという目標は持っていました。そんなとき、上司から「部署のデータ活用をリードしてほしい」という言葉を受けた時、私は大きな可能性を感じ、その役割を担うことを決意しました。


勤務地をTOTOマテリア(岐阜県土岐市)からTOTO本社(福岡県北九州市)に移して、「データ革新プロジェクト」に留学しました。私を含めて8名が第1期生となり、データサイエンティストを目指し留学しました。会社の方針を背負いながらの第1期生だったので、「期待に応えたい」という気持ちを全員が強く持っていたように感じました。「何とかして自分の部署でデータを活用して業務の効率化、成果を出したい!」という意志がありました。


TOTOマテリアで保有しているデータは電子化されたものもありますし、手書きもあります。製造の現場には製造条件、品質管理、設備管理などのデータがあり、TOTOマテリアのものづくりを支えている情報がたくさんあります。私はこれらを使って一歩でも半歩でも先に進むような生産改革ができないかデータと向き合う日々を過ごしました。


―――データと向き合って見えてきたことは?


笠井:留学に行く前から、製造現場にはさまざまなデータがあることはわかっていましたし、それらのデータは蓄積されているだけで活用されていないこともわかっていました。

TOTOマテリアに一時帰社した時、色合わせ試験に立ち会いました。数名の工員が、色合わせ試験で焼き上げた陶板と狙いの色の陶板を並べては比較、別の場所から陶板を持って来ては比較を繰り返していました。

「製造条件を決めるまで3時間かかるのか・・・・・・、もう少し短縮できないか・・・・・・。」


製造条件の決定はものづくりの基本ですから慎重な作業なのはよくわかっていましたが、何とかできないか、という想いが沸き上がってきました。


そこで、この工程の詳細が知りたくて、長江さんに声をかけて製造現場に出向きました。



長江:笠井さんが留学していることは知っていましたが、具体的にどのようなことをやろうとしているのか知りませんでした。

笠井さんから「色合わせ試験の工程を見に行きます」と言われて、現場に同行したことは覚えています。


笠井:熟練工員の「経験と勘」は本当に正確なのです。ただし、色合わせ試験は、狙いの色を出すために、成型から焼成を繰り返し、数名で3時間かけて熟練工員の経験と勘をもとにデジタル印刷の「インク出力条件」を探っていました。「経験と勘」をAIで実現して業務効率を上げられないか……。私の中で留学の目的、テーマが明確になったのはこの時です。


データサイエンティストとして、なにより重要なのは「データ」。いてもたってもいられず、TOTOマテリアの工場にあるあらゆるデータを収集することから始めました。

デジタルのデータもありましたが、最も重要なデータの一つである製造日報は手書きでした。AIに読み込ませるために半年分の手書き日報を1枚1枚、パソコンに手入力して、データ化しAIに学習させていきました。

【AIへのインプット情報の収集→製造条件の学習例】

熟練工員の「経験と勘」をデータ化する


―――「AIを使う」と初めて聞いた時、製造現場ではどんな反応だったのでしょうか。


長江:「AI?」みたいな反応でしたね。

熟練工員の「経験と勘」で作る陶板は伝統工芸のようなもので、TOTOで長きにわたり受け継がれてきた技術です。30年以上のベテラン社員からは「AIで品質が担保できるのか?」「業務負荷が増えるのではないか?」と厳しい声があったことは事実です。


―――製造現場でAI活用を理解してもらうためにどのように進めたのですか。


笠井:現場を知ること、まずはそこに注力しました。製造現場に行き、熟練工員の方々と色合わせ試験を一緒にやりました。最初はなかなか受け入れてくれなかったですね。毎日毎日通って、顔を覚えてもらって一緒に作業を繰り返すことで徐々に打ち解けていきました。所属部署のメンバーも協力してくれて熟練工員との距離がグッと縮まりました。


それまで自分には見えてなかった現場が把握できてきたので、製造日報と現場のデータ両方をAIに学習させる作業に入っていきました。

手書きの製造日報は私を含めて3名でパソコンに向かって約3か月かけてデータ化しました。色合わせ試験で狙いの色になった生産条件だけではなく、不合格になった生産条件も集めました。AIはすべての情報を取り込むことでその中から最適な製造条件を導き出せるものですから、良くなかった条件も必要になります。

その他、製造日報の情報だけでは、陶板の色に影響する要因を完全に把握することは難しいと考えて、熟練工員からアドバイスをもらったり、現場で交わされる会話にも意識を傾けました。その結果、今まで製造日報に記録されていなかったデータが陶板の色にも影響することが徐々に分かってきたのです。このようにして、製造現場から気づきやヒントを得て、新たに情報収集用にセンサーを取り付けたりもしました。これにより、製造日報だけでなく、センシングによっても陶板の色に影響するデータを集めることが出来ました。


長江:最新の設備はデータが取れるようになっていますが、古い設備はそういった設計になっていないのです。30年以上前の設備ですから。インフラ整備しないとデータが取れない状態だったので、笠井さんたちがセンサーを一所懸命設置している様子を見ていましたよ。


熟練工員や製造スタッフは「経験と勘」がありますので、外気温、湿度などは感覚として意識しているのですが、具体的な数字管理を理解してもらうのは少し難しかったです。

社歴の長い製造スタッフからは「経験と勘」が数値化できるのか、センシングしてどういう予測ができるのか・・・・・・よく聞かれましたね。「陶板焼き色予測AI」の最終形がわからない状態で現場は動いていましたし、新たな取り組みだったため、通常の生産にプラスで発生する作業が多くて現場では負荷が大きかったですね。


笠井:一方で、現場からの期待も、少しずつ感じるようになりました。AIを活用して試作した陶板が狙いの色とバッチリ合ったとき、熟練工員の方々はとても驚いていました。また、私たちが製造日報を1枚1枚データ化したり、センサーを設置している姿を見てくれた方は一緒に喜んでくれました。でも、実際には狙いの色に合わない時も当時は結構あったんですよ。熟練工員から「長江AIのほうが優秀なんじゃない?」みたいにからかわれることもありました(笑)。


長江:笠井さん達が現場に来てくれて熟練工員や他の製造スタッフと会話を重ねていったからこそ「陶板焼き色予測AI」は進んで行ったと思います。現場に足を運んでくれると何とかしてあげたい、負荷は多いけれど熱意に応えたいという現場の空気に変わっていきましたね。

社員全員が理解するためにAIをホワイトボックスに


―――「陶板焼き色予測AI」は現場の協力があって使われるようになっていったのですね。


笠井:使ってもらえるようになりましたが、現場では腑に落ちていない感じがありました。

なぜ、この生産日の「陶板焼き色予測AI」のインク出力条件が「増えたのか、減ったのか」が分からないままでは、使用する現場の方が納得して作業ができないですよね。この先、AIを運用していくためには、実際に「陶板焼き色予測AI」を使う現場の方の協力が必要と考えて、このAIについて理解してもらうようにも工夫しました。

そのため、私がAIを構築するときにこだわったのが「AIのホワイトボックス化」でした。AIは中身のアルゴリズムや考え方で精度が大きく変わります。最近よく耳にする「ディープラーニング」と言われるものはブラックボックスなのが多いです。情報をインプットするとAIの中でどのようなことが行われているのか人間にはわからない状態でAIが答えを導き出すのがブラックボックスなのに対して、AIの判断過程が分かるよう「窯の温度が●℃上がった/下がったからインク出力は▲%増やす/減る」など言葉で説明できるように工夫をしました。「ホワイトボックス化」ですね。


長江:AIが導き出した条件で狙いの色の陶板が焼成されると製造現場の雰囲気も変化していきました。「陶板焼き色予測AI」の信頼度が一気に高まり、作業も気持ちも加速した感じでした。そうなるといい方向いい方向に転じて結果もおのずと付いてきました。

          

―――「陶板焼き色予測AI」が本格的に活用されていったのですね。


笠井:はい、2022年5月から「陶板焼き色予測AI」が使われ、色合わせ試験の3時間は無くなり、生産性も向上しました。

しかし、AIはここで完成ということではなくて日々の変化を学習して最適な製造条件を出します。そのために工場内での新たなセンシングも進めています。


       <センシングしたデータをモニターでも確認>


長江:「陶板焼き色予測AI」は色のばらつきのない均質な商品を効率的に作るためのDXの取り組みのひとつです。「陶板焼き色予測AI」は定期的に生産条件と紐づいた色調データをAIに取り込んで、例えば季節の変化にも追従できるように学習を続けています。

現在は「陶板焼き色予測AI」を活用して「ハイドロセラ・フロアPU」が生産されています。


―――熟練工員の「経験と勘」はAIの活用で今後も伝承されていきますね。


長江:大型陶板は熟練工員特有の技術力に支えられています。この技術を伝承していくためにAIの活用は必須だと感じていますし、さらに進化させなければならないと思っています。

今後は陶板工程の製造現場を率いるチームリーダーとして色だけではなく、質感や意匠性全般でAIが活躍する場面が増えてくると思っています。そのために製造現場でまだ見えていない情報を徹底的に集めてAIに学習させたいです。そして、お客様のニーズに応えられる魅力ある商品を生産し、供給体制をさらに整えていきたいです。



笠井:TOTOのものづくりは、変わらない技術とそれを継承していくために変えていかなければならないところがあると思っています。そのための新しい取り組みの一つが「陶板焼き色予測AI」です。

TOTOマテリアでのAI活用はまだ始まったばかりです。私は「陶板焼き色予測AI」に続いて、さらに工場の生産性を向上させていくことが必要だと思っています。

そのためには、AIそのものを進化させていく必要もありますし、それを使いこなす人財を増やしていかなければならないと考えています。






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