湖池屋が「日本のテロワールでつくる究極のポテトチップス」に挑戦する理由。「KOIKEYA FARM」プロジェクトを始動 ~じゃがいも調達・農家の協力編~
株式会社湖池屋は、2023年12月に新たなポテトチップスブランド「KOIKEYA FARM」を立ち上げました。湖池屋が独自に育成したじゃがいもを使い、そのポテンシャルをフルに引き出すべく、カットや揚げ方、味付けに至るまでをトータルコーディネートして「究極のポテトチップス」を作る、前代未聞の試み。その第一弾が、2023年12月21日に湖池屋オンラインショップで先行発売され、即日完売した「KOIKEYA FARM 黄金の果肉 北海道産 帆立と昆布とオホーツクの塩」と「同 青のりの王様 すじ青のり」です。商品化に至る途上には、たくさんのチャレンジとある強い「願い」がありました。
●発端は国産じゃがいもを取り巻く状況
国産じゃがいもに対する危機感。これこそが「KOIKEYA FARM」プロジェクトの発端でした。じゃがいもを原料とするポテトチップスの国内需要は堅調なのに、国産じゃがいもの生産量は年々減っている。しかも、米の「コシヒカリ」やいちごの「あまおう」のようなブランド化が、国産じゃがいもについては十分とは言えない。100年以上前に導入された「男爵いも」がいまだに作付割合のトップであるという現状も、それを表しています。
1962年に「湖池屋ポテトチップス のり塩」を発売して以降、国産のじゃがいもだけでポテトチップスを作り続けてきた湖池屋にとって、それは憂うべき事態でした。
湖池屋は長らく、じゃがいもの品種をフィーチャーして味わいの違いを積極的に打ち出してきました。たとえば、2015年からは通販限定・期間限定で希少なじゃがいもを使った「今金男しゃくポテトチップス」を発売。2019年からは「ピュアポテト(旧PURE POTATO じゃがいも心地)」シリーズで「ブランド芋くらべ」と銘打ち、通常はポテトチップスに使用されない品種のじゃがいもでポテトチップスを作って、毎年秋に期間限定で販売しています。
「KOIKEYA FARM」で使用するじゃがいもは、すでに一般流通している既存の品種ではなく、世界中に星の数ほどもあるじゃがいも品種の中から、湖池屋が自信をもって「この芋なら、私たちが70年にわたり培った技術で最高に美味しいポテトチップスを作れる」と言い切れる究極の芋を探しました。その結果、“掘り当てた”のが、黄色い果肉と濃厚な旨味を特徴とする「黄金の果肉」です。
●世界中を探して行き着いた究極のじゃがいも
究極の芋探しは2017年から始まりました。湖池屋生産本部 原料部の石井史果は、あるヨーロッパの育種会社を訪れて候補となる芋の選定をしましたが、現地では日本との「ポテトチップス観」の違いを目の当たりにしたと言います。
「彼らは当初、ポテトチップス用のじゃがいもは揚げ色(チップカラー)さえ綺麗ならそれでいい、味付けはメーカーに任せる――という考え方でした。湖池屋のように、芋の品種ごとに異なる美味しさを追求してポテトチップスを作る、という考え方がピンと来ていなかったんです」
湖池屋はこれまで一貫して、じゃがいもの「素材としての旨さ」を引き出すべく尽力してきたポテトチップスメーカーです。過去に成型ポテトチップス(フレーク状にしたじゃがいもを加工したもの)を発売しなかったのも、「生じゃがいものほうが美味しいから」(湖池屋会長・小池孝)というシンプルな理由からでした。
石井は育種会社の畑で採れたたくさんの品種のじゃがいもを、その場で揚げて試食しましたが、そこで問題がありました。現地で用意された揚げ油が非常にクセの強いものだったのです。揚げ色さえ良ければ問題ないという当地の考え方なら、これでも支障はありません。しかし、じゃがいも本来の、素材としての味を見極めるのにあたっては大きな障害になります。
しかし石井は、そんなクセの強い油に負けることなく旨みを感じさせる品種をいくつか見出しました。条件が悪い中でも最高のパフォーマンスを出すことのできた「選ばれし逸材たち」というわけです。
●海外産のじゃがいもを日本で育てる苦労
ただ、それらの候補の種芋を日本に持ち込んで育ててみたものの、そう簡単にはうまく行きませんでした。その理由を石井はこう説明します。
「ヨーロッパのじゃがいもの産地は夏の間も比較的冷涼で、かつ雨もそこそこ降ります。北海道の気候は元来それに近いため、じゃがいもの一大産地なのですが、近年の気候変動によって北海道にも梅雨が訪れるようになりました。気温も5月くらいから30度を超える日があったりと、じゃがいもを育てるには厳しい気候に変わってしまったんです」
さらに、ヨーロッパと日本では土も違います。
「日本のじゃがいも畑はどちらかといえば粘土質の土ですが、ヨーロッパのじゃがいも畑はサラサラとした砂系の土であり、環境が異なります。また、じゃがいもの栽培においては排水性の向上も課題となっているので、農家さんには土の土壌改善にも取り組んでいただいています」
どの品種も日本で育てた前例がありません。それゆえ、ポテトチップスとしてものになるかどうかは、作付けした品種を収穫するまでわからないのです。実際、思ったより収量が確保できなかったり、揚げてみても思った通りの味にならなかったりする品種もありました。
しかも、最初に持ち込むことができた種芋は各品種ともほんのわずか。それを1年、また1年と収穫ごとに少しずつ増やし、結果を翌年にフィードバックして……気の遠くなるような作業を繰り返すのです。そうして栽培がうまく行った品種のうちのひとつが、後に「黄金の果肉」と名付けられるじゃがいもでした。
マーケティング本部 マーケティング部 第2課 主任の矢野匠によれば、「黄金の果肉」の特徴は「糖分が低い分、旨みが際立ちやすい」。糖分が高いじゃがいもは普通に食べると美味しいのですが、揚げると焦げやすいという欠点があります。糖分が低めでいて旨みが突出している「黄金の果肉」は、ポテトチップスの原料として理想的でした。
●農家の理解が不可欠だった
「KOIKEYA FARM」プロジェクトが成功するためには、じゃがいも農家の理解と協力が必要不可欠でした。生産本部 原料部の楠本祥平は、「新しい品種をどう受け入れてもらうか」がプロジェクトの肝だったと振り返ります。
「農家さんたちが今まで育ててきた品種とは育て方が違うので、収量を心配される方が多かったのは事実です。収量は農家さんの収入に直接影響しますので、そこは最大限フォローしました。育種をした業者さん、品種導入に協力してもらった業者さんなどから、栽培に関するアドバイスを受けて農家さんに伝えたり、栽培データを公開したり。根気よく説明することでご納得いただけた農家さんから少しずつ作付面積を広げ、ようやくまとまった量の生産にこぎつけられました」
海の物とも山の物ともつかぬ品種を自分たちの畑で育てることに、じゃがいも農家が不安を抱くのは当然です。しかし粘り強い説明により、やがて農家に対して積極的な提案ができるようになったと楠本は言います。
「来年度はこういう商品を作ろうと思います、と話をしに行くと、それいいねと言ってくださる農家さんも出てきました。湖池屋の提案に対して“挑戦”してくださるんです。ポテトチップス商品として世に出た『黄金の果肉』を農家の方々が手に取ってくれるのが、今から待ち遠しいですね」
●じゃがいもにプライドとこだわりを
ポテトチップスをはじめとした湖池屋のスナックには、いくつかの路線があります。「ポテトチップス のり塩」や「カラムーチョ」といったオリジナルロングセラー路線。「湖池屋プライドポテト」や「ピュアポテト」の通年販売商品といった高付加価値ブランド路線。そして今回の「KOIKEYA FARM」や「ピュアポテト ブランド芋くらべ」といったブランド芋路線です。
費用対効果や利益率を優先するなら、本来ポテトチップス向けではないじゃがいもをポテトチップス商品として期間限定で生産する「ブランド芋くらべ」や、数年もの年月をかけて海外のじゃがいもを日本で育成し、オリジナルブランド芋として打ち出す「KOIKEYA FARM」は、ビジネスとして得策ではありません。
しかし、農家が積極的に挑戦してくれるようになったという楠本の言葉にこそ、「KOIKEYA FARM」の意義があります。マーケティング部の矢野は、プロジェクトの発端である「国産じゃがいもに対する危機感」に立ち返ってこんな話をしました。
「じゃがいもに限らず日本の就農人口が減っている中、農業なんてやっても儲からないし、付加価値もつかないし、農業なんてやめてしまおうか――という声も聞こえてきます。だけど、農作物はこだわりやプライドをもって作っていただいているものであるし、より高い価値を感じてもらいたい。そういうものを農家さんと一緒に作りたいという気持ちが『KOIKEYA FARM』の理念であり、そこに共感してくださった農家さんが協力してくれているからこそ、『KOIKEYA FARM』を立ち上げることができました」
「黄金の果肉」を栽培する農家の中には、自分の手で作ったじゃがいもが名もなき商品として市場に流れ去っていくのではなく、ブランド芋の名前で売れるポテトチップス商品として残ることを、すごく楽しみにしている方もいます。
日本のじゃがいもを「コシヒカリ」や「あまおう」に並ぶ、世界に通じるブランドにしたい。それは湖池屋だけでなく、じゃがいも農家の想いでもあります。その願いを一手に背負い、「KOIKEYA FARM」プロジェクトはようやく船出しました。
2024年、湖池屋はポテトチップス新時代を切り開きます。
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