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STORYS.JPは、2013年2月に誕生しました。

娘のひとことから始まったシフォンケーキ専門店。「シフォンケーキにできること」を追求し、地域活性化や貧困支援に取り組む店主の挑戦

著者: 合同会社 六花工学

はじめまして、建設コンサル業の傍ら、福井県でシフォンケーキ専門の自家焙煎珈琲店Snowcafeを営んでいる渡邊です。手指で摘まめば、絹のようにハラハラと裂けていく『ほどけるシフォン』は、難易度が高くて、普通のシフォンケーキ屋さんが敬遠する23cmと言う非常に大きな焼き型で、ひとつひとつ丁寧に焼き上げています。お届けしたケーキが、別のお宅に贈り物として届けられた事を切っ掛けに、越前和紙の折り箱に収めた贈答用のシフォンケーキの通販に約10年前から取り組み、『お客様のお口に入るまでが自分の仕事の守備範囲』といつ食べても変わらない食感を守り続けています。


本ストーリーでは、このシフォンケーキにかけた情熱をお伝えしていきます。



娘へのシフォンケーキの焼き方のレクチャーが、ケーキづくりのはじまり

コトの発端はかれこれ16年ほど前、当時小学生の娘が、冷蔵ショーケースの中のケーキを見て、


『ケーキって、焼いてつくるんか?』


と呟いたひと言でした。「作り方が分からない」は「モノの価値が分からない」に直結すると考えた私は、「焼いて作るケーキの作り方を娘に教えよう」とケーキの事を調べ始めました。生クリームが苦手だった娘の教材に、ピッタリだったのが、ナッペ無しでも食べられるシフォンケーキ。その日から、私のシフォンケーキの鍛錬が始まりました。シフォンケーキの材料は僅かに5つ。粉、水、卵、砂糖、植物油を手際良く混ぜ、後はオーブンで焼くだけのシンプルなケーキです。まともな形に仕上げるまでに、2週間は要したでしょうか、幾つもの困難や失敗を乗り越えて、無事、娘にシフォンケーキの焼き方をレクチャーする事が出来ました。

<パーティーの依頼にシフォンケーキを納品できない!期待に応えるため、研究テーマとなったシフォンケーキ>

その後も定期的にシフォンケーキを振る舞っていたのですが、ある日


『今度のサプライズパーティーに、4台ほど欲しいんだけど・・・』


との依頼に、まさかの大失敗。納品が出来ないという大惨事を起こしてしまいました。原因は冷凍庫から取り出した卵白で作ったメレンゲだったのですが、


『再現性が低いなんて、工学屋の仕事とは呼べない』


その日を境に、私の研究テーマに一つ『シフォンケーキ』が追加されました。


左:娘と初めて焼いたシフォンケーキ、右:期待に応えられなかったシフォンケーキ


「美味しかったわ、ありがとう」この言葉が世界を変えた

福井県は雪国で、大学での研究テーマは道路の融雪設備の開発でした。携わった設備は近畿管内にも多々ありますが、


『あの融雪設備のお陰で生活がとっても楽になりました』


と直接褒めて頂ける様な事は、まず起こりませんでした。公共の福祉に寄与するとはそういう世界で、ありがとうの言葉とはちょっと縁遠いところでのお仕事です。


一方、手作りのケーキを自分の車でお届けすると、


『美味しかったわ、ありがとう』


と声掛けして貰えます。この景色が私の前の世界を一気に変えてしまいました。

お客様の口に入るまでが、私の仕事の守備範囲。最高品質の大きなシフォンケーキも万が一のスペアを準備する、丁寧な仕事

二足の草鞋を履く限られた時間内で、私には、『安くて沢山の物作り』ができませんでした。

そんな訳で、他の誰にも焼けないような最高品質の大きなシフォンケーキを、ご注文を頂いてから焼いて、県内なら真っ赤なジープに乗っけて届けると言う丁寧な活動を約2年続けました。


一方、口コミを聞きつけた県外のお客様にはクール便でお届けしましたが、配達途中でケーキがひっくり返ることもあります。『お客様の口に入るまでが、私の仕事の守備範囲』そう定義していた私は、1台のご注文でも、2台のケーキを焼いて、万が一のスペアを準備するようにしていました。一定の冷却期間が必要で、焼いてすぐに出荷できないシフォンケーキは、そうせざるを得なかったのです。


左:降りしきる雪の中の道路調査、右:丁寧にお届けする贈答用シフォンケーキ


予備のケーキの食品ロスを解消するために開業した、小さな古民家カフェ

起業二年目には、固定のお客様も頂いて、少しずつ取扱量も増えました。一方、そう頻繁に配達途中の事故に見舞われる事もなく、余る予備のケーキの大半は、ここだけの話、我が家のソリ犬2頭の胃袋に消えておりました(お店のイラストは、シフォンケーキのお裾分けを待つ、わんこの写真から描き出されたものです)。そんな食品ロスが解消できればと、2017年に22席の小さな古民家カフェを開業したのは、ただただ私の単純な発想からなんです。

左:そり犬のテン・ミク、右:古民家を改装したSnowcafe焙煎工房(2017-2023)


このシフォンケーキに出来る事は何か。売るだけでは得られない充足感

日本人には素敵な言葉がありまして、それは、


『あやかる』


幸せな人・幸福な物に自分も良い影響を受けたいこと、受けたいと思うこと、を意味します。


十数年前と言う、つい先日にシフォンケーキを焼きはじめたばかりの私達は、時間や歴史に付随した価値を、一切持ち合わせていません。例えば、福井県には、越前焼(800年)、越前打ち刃物(700年)、越前和紙(1500年)、越前漆器(1500年)、若狭瑪瑙(約300年)など、古くからの伝統工芸が大切に今も残っています。


Snowcafeはシフォンケーキの専門店ですが、県内外からお越し下さるお客様に、そんな歴史に裏付けされた福井の魅力をもっと知って頂きたくて、贈答用のケーキは越前和紙を使った手折り箱に納め、シフォン型からケーキを取り出すオリジナルナイフは、日本刀と同じ製法の越前打ち刃物を採用しています。


また、店内でお出しするケーキや珈琲の器は、地元の越前焼の作家さんの作品を使わせて頂いています。シフォンケーキを焼きながら、その価値提供だけではなく、地元にある歴史や伝統にもちゃんと『あやかり』ながら、これからも丁寧に関わり合って行きたいと考えています。


左から、越前和紙の贈り箱、越前打ち刃物のシフォンケーキ専用ナイフ、焼き締めの越前焼に盛り付けられたシフォンケーキ達


人が働き続ける対価は、短期的なもの(お金)と中長期的なもの(やりがい)に大別され、個人差はあるとしても、その両方が無いと働き続けるって難しいな、と考えています。沢山売れれば短期的な対価は得られますが、一方でやりがいという対価はひと筋縄ではいきません。


そんな訳で、『私達が提供するシフォンケーキにはちゃんと価値がある』と思える瞬間がどんな時か、を考えました。例えば、


一つは、わざわざ遠くからシフォンケーキを食べに来てくれたお客様に出会えた時。

一つは、自分達が焼いたケーキが、お客様(購入下さった方)のお客様(贈り物のケーキを受け取った方)を感動させる事が出来た時。

一つは、私もこんなシフォンケーキが焼きたいという言葉を生徒さんから聞けた時。


ここで気がついたのは、『シフォンケーキを売る事だけ』を考えてはダメで、『このシフォンケーキに出来る事は何か?』にフォーカスすれば、沢山の人に喜んで貰えて、自分達の自己肯定感の充足にも繋がっていくんだなと言う事でした。

<2022年に海外にも進出。シフォンケーキで貧困支援に挑戦>

余り知られていないのですが、アメリカで生まれたシフォンケーキは、日本、中国、インドネシアを初めとする東南アジアで根強い人気を誇っています。昨今、この食感に魅了されるのは、アジアの人々なんですね。さらに、Snowcafeのインスタフォロワーのうち、約1割はアジア諸国からのアクセスで、先出のシフォンケーキナイフは、実は海外にもお届けをしています。

そんなお話を国際開発学の講座で披露したところ、フィリピンに活動拠点を置く国際NGO団体<ICAN>から、コロナ禍のロックダウンで頓挫した製パン事業を、シフォンケーキの製菓事業でテコ入れして、立て直せないかとの問い合わせを頂き、2022年Snowcafeは海外にも飛び出しました。


絶対的貧困は、『学校に行けない、仕事に就けない』が主たる原因で、路上生活の子ども達を学校へ連れて行き、その後の就業先を提供できれば、この問題は乗り切れます。このプロジェクトは、シフォンケーキが挑戦する貧困支援の試みです。


左から、初めてのzoomレッスン、盛大な失敗作、ケーキが焼けない50年前のパン用オーブン


2022年8月から始まったzoomレッスンは、ほぼ毎週。でも、50年前のオーブンでは、何度焼いても上手く仕上がりません。そんな八方塞がりから、


『オーブンを買おう、資金を集めよう』


と、クラファンを立ち上げ、僅かひと月で資金を集め、ケーキでもパンでも使えるオーブンや製菓道具や冷蔵設備など、必要な物は皆さんの支援から調達する事が出来ました。


そして、12月には、私も現地に出向きまして、朝から晩までシフォンケーキを焼き続けては、フィリピンの若者に日本のフワフワなシフォンケーキの焼き方を伝授する事が出来ました。


左から、マニラでの対面レッスン、クラファンで支援したコンベクションオーブン、何度も何度も型抜きの練習した後の『どや顔』


僅かに6日間でしたが、この時間は彼らのためではなく、私のための時間だったと思います。ICANのマンスリーレポートはこちら


『品質の高いケーキを焼いて、高い対価を得て、まずはソーシャルビジネスとして自立しよう』


等と口では言うのは簡単ですが、虐められ、蔑まれ、差別され、そんな路上生活をしていた彼らが、強い自己肯定感を持って、物作りをし、胸を張って販売するまでには、まだまだ時間が掛かると思います。


わたしが、あのフィリピンで学び、心に刻んだ事が一つ。


『支援とは、彼らの歩みに合わせて、同じ温度で伴走する事』


ただただ、これに尽きると思います。


若者達はケーキを焼くために、毎日ここから這い上がってくる


最寄りの鉄道を応援!地域と共にあるカフェになるために

世界3大恐竜博物館のうちの一つが福井県の勝山市にあります。新幹線からえちぜん鉄道永平寺勝山線に乗り換えて頂き、1時間コトコト揺られて恐竜博物館の勝山駅(ちなみにSnowcafeがある志比堺駅まではコトコト20分)へ到着します。

 ここから少しお話が長くなりますが、お付き合いを下さい。時は1990年も後半、私は福井大学の大学院におりまして、地方の足は『車か?電車か?バスか?』そんな京福越前本線活性化の経緯を、川上先生の講義でぼんやりと聴講していました。そして、恐竜博物館ができた頃、京福鉄道は二度の衝突事故を起こし、2001年に廃線となります。


突然の廃線で大混乱した沿線(とても珍しい負の社会実験と呼ばれています)では、第3セクター方式で翌年えちぜん鉄道を復活させます。さらに、北陸新幹線金沢開業に合わせて、福井駅前で恐竜のオブジェが動き始めた時、福井県は恐竜と心中する覚悟なんだなと認識しました。

一方、カフェの運営も軌道に乗り、県外からのお客様も増えた頃、荒木新保の古民家には実用に叶う公共交通がなく、駅からタクシーで数千円掛かる課題が顕在化していました。この後、新幹線が開通するとなると、これは絶対に看過できない問題です。最適地を探し始めて、2年が経過した頃でしょうか、


『駅チカ、福井駅から電車で20分、福井市の喧噪からちょっと離れて、めっちゃ見晴らしの良いところ』


理想的な新天地は志比堺駅のすぐ真下にありましたが、1日当たりの乗降者数約15人、弱小カフェが生き残るには、自分達の生活の足を残すには、えちてつと共にあらねばなりません。


そんな思いから2023年7月14日、この日走り始めた恐竜列車を応援する活動を、私1人で始めてみました。名付けて


#勝手にえちてつ


活動開始から、1年が過ぎ、変わらず毎週の日曜日、着ぐるみを纏ったボランティアの有志が福井発の恐竜列車に向かって、松岡駅、永平寺口駅、勝山駅の三箇所で手を振ってお出迎えしています。北は北海道、南はオーストラリアまで、恐竜列車を応援するために、世界中の各地から沢山の有志が集まってくれています。

SNSで評判を聞きつけて日本全国から続々と集まった有志の恐竜達


『#勝手にえちてつ』の聖地、恐竜たちと天空に浮かぶえちぜん鉄道志比堺駅


<Snowcafeは『教えて育てる』のミッションにシフトへ。恩送りという最高のゴールを目指して>

『福井県にはシフォンケーキの聖地があるよ』


私達は、そう言って貰える様なシフォンケーキ専門店を目指し、誰にも真似できない最高の食感のシフォンケーキをご提供し続けた先に、そのゴールがあると信じています。ただ、シフォンケーキを売るだけではなく、このシフォンケーキを使って何が出来るのか?その基本軸からいつもブレない事が、末永くケーキを焼き続ける秘訣だと考えています。


九頭竜川の畔の町並みを見下ろす小高い丘の上の白いカフェ


Snowcafeというプラットホームには、私達が良いと考えるものを同じ様に良いと共感下さる方々が集まります。海外の支援も、恐竜列車の応援も、良い念を送り続ける恩送りが、いつか違う形で自分達の助けとなってくれるように思います。

23cm型で焼き上げた飛びっきり大きなシフォンケーキ


今、Snowcafeは、『教えて育てる』ミッションにもシフトしています。私達の商圏など、ほんの僅かで小さくて、そんな所に固執するのではなく、同じ様なシフォンケーキが好きで、同じ様なシフォンケーキを焼きたいという人達に、それぞれの場所で『それを焼いて、そこのビジネスに勝って貰う』そんな活動の支援を生業にしようとしています。


1Fスタジオからのオンラインレッスン


香港のお菓子教室の生徒様向けの特別出張レッスン(東京赤坂にて)


第2回シフォニスト・ミーティング(東京赤坂にて、シフォンケーキの理論を基礎から学ぶ)

<何が起きるか分からないけれど、妄想力こそ私達の原動力>


フィリピンで教えている時に妄想したのですが、福井駅の新幹線のフォームでタガログ語が飛び交っていて、


『Snowcafeへ行って本場のシフォンケーキを食べたいんだけど、どうすれば良い?』


将来、そんな景色を見ることが出来れば、それは恩送りと言うゴールの最高の幸せ。


『その恐竜列車に乗れば、志比堺にも特別停車するから!急いで!』


妄想力が、私達の原動力です。福井県の田舎のど真ん中で、誰にも焼けないシフォンケーキを焼いています。


Snowcafe代表 博士(工学) 渡邊 洋





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