廃校を日本酒造りの場として再生した「学校蔵」が「日本酒特区」第一号に認定。老舗蔵元が挑む持続可能な地域づくりの軌跡
(写真:尾畑酒造の「学校蔵」外観)
日本最大の離島、佐渡島。米処・新潟の中で魚沼と並び称される高品質な米が取れ、島の南北にそびえる二つの山脈が柔らかい水を運びます。そして環境のシンボルでもある朱鷺の存在。東京23区の1.4倍という面積ながら人口わずか5万強のこの島に、2020年5月「日本酒特区」第一号に認定された蔵・尾畑酒造があります。環境に寄り添った酒米や棚田米の活用、廃校を酒蔵に再生させ自然エネルギーを導入しての酒造りなどが評価され、2020年9月にはthe Japan Times Satoyama award 2020にも輝きました。
全国で日本酒の需要が縮小する中、数々の新しい取り組みに挑戦する尾畑酒造の目指す酒蔵としての役割、そしてここまでの軌跡をご紹介します。
(写真:尾畑酒造本蔵の仕込みの様子)
《目次》
1:朱鷺が舞う島の酒造り
2:八方ふさがりの時に気付いた地域の特性
3:廃校を酒蔵として再生した「学校蔵」に世界から人が集まる
4:2020年5月、「日本酒特区」第一号に認定される
5:Withコロナ時代に見いだすチャンス
朱鷺が舞う島の酒造り
「真野鶴」で知られる尾畑酒造は1892年、佐渡島の旧真野町で尾畑与三作(よそさく)によって創業された老舗蔵です。酒造りのモットーとして掲げているのは「四宝和醸(しほうわじょう)」。酒造りの三大要素と言われる「米」「水」「人」に酒の生産地である「佐渡」を加え、四つの宝の和をもって醸すという意味合いを込めています。真野鶴を育む佐渡島は、自然、文化、歴史の多様性の富み、“日本の縮図”と言われます。この島には絶滅危惧種の朱鷺が野生下に舞い、農家の皆さんは低農薬・低化学肥料、ビオトープの造成など、朱鷺が住む環境を守るために自然と共生する米作りに取り組んでいます。その結果、島には野生下に400羽を超える朱鷺が舞い、島の環境のシンボルとなっています。これらの取り組みは島の生物多様性を育むことにつながり、2011年に佐渡は日本ではじめて世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。朱鷺の舞う姿が島民に環境に優しい島作りに向けて行動を変化させ、それにより島の多様性は守られ、朱鷺の繁殖を促します。
(写真:佐渡の田圃上空を舞う朱鷺)
このような循環や持続可能な島の在り方を日本酒でも表現しようと考え、尾畑酒造では朱鷺の環境に配慮した酒米での酒造りを徐々に増やしていきました。特に契約農家の佐渡相田ライスファーミングが島の湖で養殖された牡蛎の殻を活用した牡蛎殻農法で栽培した「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」の酒米・越淡麗は、まさに佐渡でしか生まれない酒米です。この酒米で仕込んだお酒「真野鶴・実来(みく)」は海外のコンペティションでもゴールドメダルを受賞するなど高い評価を得ています。
しかし、このような評価を得るまでには多くの失敗がありました。
八方ふさがりの時に気付いた地域の個性
五代目蔵元の尾畑留美子は、東京の大学を卒業した後、映画業界を経て1995年に故郷に戻り酒蔵を継ぎました。日本酒業界は1973年から全体の需要が減り続け、1995年頃より佐渡観光も下降しはじめたことも相まって、帰郷した後の市場は縮小するばかりでした。2003年にスタートした海外輸出も当初はまったくうまくいかず、八方ふさがりの日々が続きました。
そんな折、転機が訪れました。2007年、イギリスの日本酒鑑評会で尾畑酒造の大吟醸「真野鶴・万穂(まほ)」が金賞を受賞したのです。授賞式でロンドンを訪れた尾畑は、そこで金賞を受賞したすべての日本酒を味わう機会に恵まれます。それらはみな個性的で酒の背景にあるストーリーを感じさせるものでした。それまで米の種類や日本酒度などスペックにばかりこだわってきたところ、大事なのは酒の持つ個性であると気が付きます。
(写真:2007年、IWCゴールドを受賞した「真野鶴・万穂)
真野鶴の個性、それはすなわち酒を育む佐渡島にある。それから「米、水、人、そして佐渡」のハーモニーを大事にする「四宝和醸」のモットーを掲げ、佐渡島ならではの酒造りに取り組むようになってからは徐々に販路も広がり、輸出も少しずつ増えていきました。
廃校を酒蔵に再生させた「学校蔵」に世界から人が集まる
佐渡での宝探しをはじめた尾畑酒造に新たな出逢いが訪れました。それは島の西側にある真野湾を見おろす丘の上に立つ西三川小学校。その学校は「日本で一番夕日がきれいな小学校」と謳われながら、少子化のために廃校になることが決まっていました。美しい景観を持つこの古い木造校舎が朽ちるのがあまりにも惜しく、この廃校を二つ目の酒蔵として再生させることを決断。2011年から準備を進め、廃校は2014年に「学校蔵」として稼働をはじめました。
(写真:学校蔵での仕込みの様子)
本社で寒仕込みをしているため、学校蔵では5月から夏にかけて、仕込み部屋を冬の温度にして酒造りを行います。オール佐渡産を掲げ、酒米はもちろん、酒造りに必要な電気も太陽光パネルを設置して再生エネルギーを導入し、持続可能な酒造りに取り組んでいます。また、学校蔵は酒造りだけではなく交流の場としても活用しています。代表的な事業が「学校蔵の特別授業」という一日限りの白熱授業。2019年は藻谷浩介氏(地域エコノミスト)、出口治明氏(立命館アジア太平洋大学学長)、玄田有史氏(東京大学社会科学研究所教授)の3名の講師と、10代から70代まで多様な背景を持つ120名の参加者で、「佐渡島から考える、人が減ってもできること」をテーマに1~4時限目まで授業スタイルのワークショップを行いました。
(写真:「学校蔵の特別授業」の様子)
学校蔵の最大の特徴は、もともとが学校であること。そのため運営の計画をした時から、ここを「酒造りの学びの場」にすることが考えられていました。2015年からその思いを実行すべく、「酒造り体験プログラム」をスタート。酒造りを学びたい人に一週間通って頂くことを条件に受け入れをはじめました。このプログラムでは仕込みタンク1本につき、製麹作業と三段仕込みという作業がある期間を中心に一週間、1チーム3~4人を受け入れています。2019年は10名の参加者のうち7名が海外からの参加で、国際色豊かなプログラムに成長してきています。期間中は酒の仕込みだけではなく田圃を訪ねたり、佐渡島全体をフィールドとして水、地形、文化などを学んでいきます。酒はその土地の自然や風土、食文化が育むもの。日本酒を学ぶことは地域を学ぶこととつながるのです。一週間の体験で、参加者はお酒だけではなく、佐渡のアンバサダーとして卒業していきます。
(写真:学校蔵で体験仕込みをする参加者たち)
2020年5月、清酒特区第一号に選ばれる
2014年に運営をはじめた学校蔵は、実は2019年までリキュール免許で製造を行っていました。尾畑酒造には清酒製造免許がありますが、学校蔵は約8キロ離れているため、清酒を造るには新たな免許が必要だったのです。そこで、リキュール免許を使い純米酒を製造してから佐渡産の杉材を漬け込み、樽酒風味のリキュールとして出荷していました。同時に、行政サイドに相談を続けながら日本酒製造の実現を目指してきました。そんな中、政府が昨年、清酒の製造場で製造体験することで地域の活性化を図る「日本酒特区」を新設。これにより、特区では「清酒の製造免許をもつ者が地域活性化のための日本酒製造体験のための施設を増設する場合に、既存の製造場とひとつの製造場とみなす」と規制緩和されました。その後、佐渡市が全国ではじめての特区として認められ、尾畑酒造が佐渡税務署より5月10日付けでその適用の第一号として認定されました。
(佐渡税務署からの承認通知書を持つ平島健社長)
新たな節目となるスタートには、佐渡の集落の昇竜棚田で栽培した米コシヒカリで仕込んだ「龍のめぐみ」を製造。棚田で採れたお米を少しでも高く買い取ることで棚田保全につながればという願いを込めてはじめた酒造りです。そして、できたお酒がメッセンジャーとなって、棚田保全に対して多くの皆さんに興味を持っていただくきっかけになればということでした。
尾畑酒造は廃校を酒蔵として再生し、自然再生エネルギーを導入した循環型の酒造りを行いながら酒造りの学びの場を提供しています。これら地域と酒蔵が一体となって活性化に貢献することで、特区認定に至りました。
(写真:佐渡の昇竜棚田)
The Japan Times SATOYAMA大賞受賞!
加えて、もう一つ明るいニュースが蔵に届きました。2020年9月、the Japan Times のSATOYAMA and ESG awards 2020にて、尾畑酒造はSatoyama部門で大賞を受賞。この大賞は、日本の安全な社会や環境、豊かな資源、自然、文化という世界共通の財産を次世代につなぐ活動を続けている個人や団体を国内外に発信し、持続可能な社会の実現に向けて取り組む人々を応援するために設立されたものです。尾畑酒造の地域循環型の酒米や棚田米の活用、廃校を酒蔵に再生した「学校蔵」で自然エネルギーを導入した酒造りや人材交流などに取り組んでいることが評価となりました。
(写真:SATOYAMA大賞のトロフィーを持つ尾畑留美子専務)
Withコロナ時代に見いだすチャンス
コロナ禍、様々な困難が尾畑酒造にも押し寄せています。飲食店の自粛や人の異動の規制で日本酒の需要は低迷を続けています。学校蔵の「酒造り体験プログラム」も今年は一度のみの実施、「学校蔵の特別授業」は中止となりました。しかしながら、何もかもをコロナのせいだと待ちの姿勢でいるわけにはいかない、むしろ、これはチャンスかもしれないと発想を切り替えています。
コロナで経済活動は減速し、大量消費の時代は終わりました。大量生産の商品よりもオリジナリティのあるクラフトの存在感が高まっていると考えれば、小さな生産者にはチャンスともいえます。また、人の移動が制限されたからこそ、自粛下で自分の好きな、あるいは未知の土地へのイメージが膨らみます。日本酒は生産地の物語を伝える語り部として、その役割をよりしっかり果たしていくことが求められそうです。今はその準備期間として、いくつかのプロジェクトを進めています。
「真野鶴」を育む佐渡島は、自然・歴史・文化の多様性にあふれ、”日本の縮図“と言われる島です。この島には次の世代に引き継ぎたい風景と豊かさが詰まっています。日本酒造りを通して、効率や利便性だけでは語れない価値を未来につなげていきたいというのが尾畑酒造の変わらない望みです。
(写真:2020年リリースの学校蔵のお酒)
《尾畑酒造について》
1892年創業。代表銘柄「真野鶴」「学校蔵」。
米、水、人、そして佐渡。四つの宝の和をもって醸す「四宝和醸(しほうわじょう)」をモットーとして酒造りを続け、朱鷺の住む環境に配慮した酒米や、棚田保全に貢献する棚田米での酒造りにも取り組んでいます。2014年、廃校を第二の酒蔵として再生させた「学校蔵」の運営をスタート。
住所:新潟県佐渡市真野新町449 尾畑酒造株式会社
TEL:0259-55-3171 FAX:0259-55-4215
HP: https://www.obata-shuzo.com/home/
Facebook: https://www.facebook.com/manotsuru/
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