ある日の英雄
僕が大学生だった頃、杉浦くんという英雄がいた。
頭は良くなかったが素直で面白く、いつも体を張ってはみんなのことを笑かしてくれた。
そんな彼はいくつもの「伝説」を作り上げてきた。
杉浦くんは高校生の頃、サッカー部に所属していた。
2年生の途中から入部したにも関わらずレギュラー入りを果たし、最終的に副部長まで上り詰めたツワモノ。
そんな彼は実力もさることながら、案の定違う「実力」も発揮していた。
杉浦くんは中高大学とエスカレーター式に上がってきたので高校も私立。
それにサッカー部が結構強くて有名だったので、夏の合宿は毎回「グアム」に行くという豪華さだ。
彼もまた2年生の途中で入部したものの、そのグアム合宿を体験できたのでる。
いや、体験したどころかまさにそこで「伝説」を作ったのだ。
グアム合宿とは名ばかりに、夜は宴会だったらしい。(もちろんお酒はないけれど。)
昼はがっつり練習、夜はご飯を食べてから自主勉の時間があり、22時には消灯。
しかし好奇心旺盛の高校生が22時に就寝することはなく、夜な夜な女子マネージャーの部屋に侵入してどんちゃん騒ぎをしてたらしい。
ちなみに彼らが合宿中に泊まっていたのはけっこう豪華なホテルで、7階〜9階が貸し切りだったというからまたすごい。
そこで彼らは毎夜、自室からは抜け出して他の部屋へと遊びに行っていた。
しかし、一応は学校の一環としての合宿だったので先生にバレるとまずい。だから先生が見回り出すと全員そそくさと部屋に戻っていく。
その日も彼らは部屋を飛び出し他の部屋へと侵入していた。もちろん杉浦くんも他の部屋へと旅立っていた。
23時を過ぎた辺りにキャプテンからメールで、
「やべえ!監督が見回りだしたわ!」
という緊急のメールが一斉に送信された。
それと同時にサッカー部一同は臨戦体制に入り、日頃鍛えているその足で一目散に部屋に戻っていった。
杉浦くんも「こりゃヤバイわ!」と言いながら、ダッシュで部屋を飛び出して自分の部屋を目指した。
(しかも彼は女子マネージャーの部屋ではなく、男友達の部屋で騒いでいただけ。)
静まり返ったホテルの廊下を走って自分の部屋にたどり着くと、彼はゆっくりドアノブを回した。
「、、、あれ!?」
ドアは開かなかった。
先生からの報復を恐れた友達たちが勝手にカギを閉めたのだと彼は思った。
「あいつら絶対許さんからな!」
彼は心でそう思いながら何度も何度もドアノブをガチャガチャと回していた。
しかしカギはいっこうに開かない。
「まさか、もう寝たとか?」
それは彼にとってジ・エンドの状況だった。
時刻は夜中12時過ぎ、静かで薄暗いホテルの廊下で彼は某然と立ち尽くしていた。
「なんとか、、、なんとかせなヤバイ!」
今のところ先生にバレた生徒はおらず、バレたらどんな刑罰が待っているのか想像もつかなかった。
「なんとか入る手段はないんかい!」
杉浦くんが焦りながら辺りを見回すと、廊下に面した部屋の窓が少し空いてるのを見つけた。
「はっはっはー!あいつら、ドアのカギ閉めたけど窓のカギ空いてるやん!」
ほっと一安心して窓に手をかけると、案の定カギはかかっておらず窓は開いた。
「これで先生にバレずに帰れるわ。」
そのまま彼は窓をよじ登り、真っ暗になった部屋の中へと足を踏み入れた。
「いびき聞こえるやん、、、あいつらほんまに寝たんや。」
遠くでテレビが付けっ放しになっていて、その光がわずかながら部屋を照らしていた。
「もう絶対起こしたろ!人が焦ってたのにテレビ見ながら寝やがって!!」
彼はそう心に誓うと、そ〜っと窓から降りて真下にあるキッチンへと足を伸ばした。
そして静かに床へ降りて、すやすやソファで寝てる友達のところへとゆっくり近づいた。
「へっへっへ〜、どうやって起こしたろかな♩」
悪巧みをしながら友達に近づくと、辺りに一面にスナック菓子が散乱してることに気づいた。
「あいつ!いつの間にこんなお菓子隠し持っててん!しかも全部食べ取るやん!!」
カギは閉めるわ、内緒でお菓子は食べるわで、杉浦くんの怒りのボルケージは高まっていた。
「これはもうダイビングキックしかない!」
彼はそう決心すると少しペースを早めて歩き、ダイビングキックのための助走をつけた。
そしてまさに全力で飛ぼうとした瞬間、テレビの光で一瞬照らされた友達の姿を見て仰天した。
なぜならそこには友達の姿はおらず、おそらく体重が100キロはあろう黒人女性がスヤスヤと寝ていたからだ!
「どないなっとんねん!?」
彼はパニックのあまりその場でフリーズして動くことができなかった。
そして冷静になろうと、必死にことのいきさつを考ようとした。
そう、彼は完全に部屋を間違ったのである。
杉浦くんの部屋は7階だったが、先生の見回りを恐れるあまり6階まで逃げてきてしまった。
そのため、まったく関係の無い部屋へとたどり着いたあげく、窓から侵入するという偉業を成し遂げたのだ!
「ヤバイ!撃たれる!?」
海外ドラマの見過ぎか、あるいは海外だと実際にそうなのかは知らないが、彼は瞬時にそう思ったらしい。
ダイビングキックをするかしないかの中途半端な姿でフリーズしていた彼は、そのままゆっくりと後ろを振り返った。
「絶対に音は立てたらアカン、絶対に音は立てたらアカン、ぜったいに音は立てたアカン!!」
彼はそう覚悟するとゆっくりもと来た道を戻り、キッチンまでたどり着いた。
そこからキッチン台へ上がろうとした瞬間、杉浦くんの右足に何か当たって弾け飛んだ。
カランカラーン!
思いっきり大きなヤカンが転げ落ち、まるで宝くじが当たったかのような音が響き渡った。
「ヤバイ!!見つかる!!」
人間ヤバくなると火事場の力が発揮される。
彼はキッチン台へと足をかけた瞬間、そのまま全力で窓の外までダイブして廊下へと逃げた。
さながらスパイ映画のような身のこなしだったが、完全なる失敗映画である。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!」
静寂な夜のホテルに、ヤカンが転げ落ちる音だけが響き渡る中、杉浦くんは全力疾走で自分の部屋へと戻っていた。
部屋につくとドアのカギはふつーに開いていて、中では彼の友人がウノをしながら盛り上がっていた。
「、、、杉浦、お前どないしたんや!?」
勢いよく部屋に突入してきた杉浦くんを見て、友人たちは某然としていた。
翌日、彼の「偉業」は全部員に伝わっていて、杉浦くんはその日からサッカー部の「英雄」として語り継がれることになったのである、、、
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