中学生時代・・・初恋のはじまり

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僕の通った中学校は、1年まで男子は全員坊主でした。しかし、
僕はもともとずっと坊主頭だったので無関係でしたが・・・。


でも、小学校の友達が坊主頭にすることに抵抗を感じていたので
そこで一つの価値観を学びました。「坊主にしたくない人もいるのか」と。


中学入学当初は、教科書を全部持って帰るのでカバンが重い重い。
重いカバンを持ちながら、40分歩いて通っていました。


中学校に入学してすぐの頃、通学路の脇にある工場から出る煙が
めっちゃくさかったのと、桜がふわふわと風に運ばれている光景が
今でも鮮明に記憶として体に残っています。


部活は、陸上部がなかったので当然の流れで野球部に入りました。
2つ上に兄がいたので3年生からやさしくしてもらいましたが、
それでもみんな背が高くてゴツかったので、はじめはビビりまくってました。


そんな感じで中学生活をスタートさせ、最初の夏休みがやってきます。
僕のいた野球部には昭和の名残が強く残っていました。

1年生は、部活中に水を飲めない決まりになっていたんです。
僕は、こういうのは特に何も気にしない人間だったので
それに対しては、まあそうなんですね位に考えてました。


他の同級生が「ちょ、トイレに行ってきます!」といって
トイレの水道で水を飲んでいることも知らずに・・・。
当時の僕には、そんな器用な考え方は全くありませんでした(笑)


ただ、ひたすらに我慢してツバを飲み込んでやり過ごしていたんですが
夏休みになって10日位した時に、脱水症で倒れてしまいました。

野球部の先輩方も「トイレに行って水を飲む作戦」は容認していて
1年はそういう時期を過ごすんだ的な流れだったようなのですが、
僕があまりにもバカ正直に水を飲まなかったので脱水症になってしまいました(笑)


ですが、

僕が脱水症で倒れたことによって、
その後1年生も普通に水を飲めるようになりました。


カッコ良くいえば、
不器用ながらもまっすぐに自分の道を切り開いていったパイオニアといったところでしょう。


しかし、
単なるアホとも言い換えることができますが・・・。


良くも悪くも知恵のない中学生でしたね。
中学生時代もチョイチョイ馬鹿なことをして先生によく怒られていました。


技術という科目は技術室に移動して授業を受けていました。
キリやノコギリなどを使う授業ですね。


その授業の休み時間に、何を思ったのか
僕は技術室の机にキリで穴を一生懸命あけていました。


よくわからないんですが、おそらくウケを狙っていたんだと思います。
そして穴をあけていたら、急にみんな「シーン」ってなったんですね。


僕が「どうしたんかな?」と思った次の瞬間でした。
技術の先生(柔道部顧問@怖くて有名)が僕の真横に立っているではないですか。

そのまま僕はキリを首に突きつけられ

「お前も、こーやって穴あけられたら痛いんじゃないんか、あ~ん?」


的なことを言われ、首にキリを強く突きつけられたままお説教をして頂きながら
この時に、僕は身を持って穴の大切さを学びました。


この先生、ほんとに刺すんじゃないのか?という恐怖と闘いながら
友達が笑いで吹き出すのを必死にこらえているので、僕も笑いそうになったりして
ヘラヘラしやがって!とさらに怒られるという、ほんと地獄の時間でした。


しかし、

そんなことをしても何も学ばない生徒であった僕は、後日
掃除の時間に、ホウキとピンポン球で野球をしているのが見つかって
またもや怒られてました。


次に怒られた先生は、教育指導担当の「鬼の〇〇先生」でした。
身長こそ小さい方でしたが、顔としゃべり方はもはやモノホンのヤ◯ザでした。


掃除の時間に野球をしていたのは僕を入れて5人いたんですね。
生徒指導室に呼ばれ、みんなで怒られて・・・やれやれ~で終わるはずでしたが


なぜか僕だけ「お前は、残れ!」と言われてしまいます。
部屋を出て行く友達に「心配してはいるがこの展開・・・プププ」
的な顔で見つめられていたのが印象に残っています。

その直後、ホウキ(学校によくあるT字のやつ)で顔を横から思いっきり
叩かれました。耳が「キーーーン」ってなっていて僕は「WHY?」で頭がいっぱいでした。


先生に怒られながら、僕だけ追加で怒られる理由を教えて頂きました。
説教されている時の、僕の表情が ”なんだよ” 感全開だったからでした。


おいおい、怒られる時に嬉しそうな顔するやついねえだろ!?
と思いながら怒られてイライラしていた記憶があります。


これは、今になって思うに僕の態度が異常に悪かったんでしょうね(笑)
精一杯強がっていたのかもしれません。やはり、基本的にアホでしたね。


そんな感じでチャラチャラしてはいましたが、授業中はまじめに勉強していたので
成績は学年で10番以内には入っていました。


なので周りからは、真面目なのか不真面目なのかよくわからん奴
みたいに言われてましたね。


中学までは、純粋に勉強がおもしろかったので
家でも自主的に予習復習をしていました。
親に勉強しなさいと言われたことは一度も無かったですね。


そんな僕も、人並みに恋もしました


僕の人生の中で、中学生の時が1番のモテ期でした。
時々女子から告白されていたんですが、全てお断りしていました。


その理由は...........................



部活やってて、休みの日も試合があるし
部活以外の時間は友達と遊びたいし・・・


っていう、小学生の時から考え方が何も変わっていなかったからです。


中学2年くらいまでは、女性には興味があるものの
男女で付き合うって何?って思ってました。


別に、学校で楽しく話しとったらそれでええやん
って考えしか持ってなかったですね、今思うと。


ですが、

そんな僕も3年生になって変わります。


ひとつ年下のテニス部の女の子に恋をするんです。


野球部のすぐとなりがテニス部女子の練習場でした。
僕は、中学ではセンターを守っていたのでテニス部から
めっちゃ近かったです。


さらには、


野球部の後輩にわざと変なとこに投げさせて、テニス部に
ボールを取りに行っていました。今考えると、セコいことしてますね僕(笑)


半年くらい、そんな感じでず~と見てて秋ごろに遂に告白します。


何度か放課後に告白しようと思って、でも勇気がなくて・・・
といった感じでフニャフニャしてました。

そんな僕を見かねた友達が「行って来いや、バーン!」と


背中を叩いてくれました。
それは、霧雨けむる静かな放課後でした。(若干引用:ミスチル)


テニス部の女の子が友達と二人で校門を出たところを走って追いかけました。
その時のことは頭が真っ白だったので記憶は確かではないんですが、


「◯◯さんのことが好きなんっちゃ、オレと付き合ってくれん?」

的な事を言っていたと思います(笑)。心臓がバクバクしてて

告白の瞬間のことは全く覚えていません。


告白したテニス部の女の子が

「返事・・・今じゃないといけませんか?」


というので僕は

い、いつでもええよ!!


といってしまい、その女の子も

「いつでもええって言われても・・・」


的な空気になったので

「じゃ、じゃあ、明日の放課後に砂場のトコで待っちょるけえ」

と、もはや捨て台詞ともとれる言葉を放ちその場を去りました。
その後の記憶もほぼありません。


その女の子からしたら、

返事はいつでもええよ!と言っておきながら
じゃあ、明日で!と意味不明な事を言っている僕のことを



この人、ちょっと変な人なのかな?

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