精神障害の母とアル中の父から教えられた「実にシンプルな生きることの意味とは?」後編

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前編: 精神障害の母とアル中の父から教えられた「実にシンプルな生きることの意味とは?」前編


前回のお話では、私の生い立ちについて簡単に触れました。


その後、両親だけでなく、私の人生も上手くいかなくなっていました。

大学進学のために、家を出たものの、3年のときに、中退してしまいました。

外側の言い訳は、

「父親がリストラされたから家計の負担を減らすため。あと、このまま大学に残っても別に得るものもないだろうし。」

というような、かっこつけた理由を付けていました。


しかし、ホントのところの中退の理由は、そんなかっこいいものではありませんでした。

それは、ただただ衝動的なものでした。

大学では、親友と呼べる友達もできて、それまでの人生の中でもっとも楽しく、そこそこ上手くやれていたのですが、どこか生きづらさを覚える瞬間というのがあり、どうしても逃げ出したくなってしまったのです。

実は、私には発達障害があることが最近になって分かったのですが、この時の逃げ出したい感覚というのは、どうやら発達障害の特性から来ているものだと考えています。


当時はもちろん、そんなことは分かりませんでした。

そこからずっと、色んな仕事を転々とするようになります。

中退してすぐは、実家に戻るのがいやで、大学近くの美容院で見習いを始めました。

なんとしてでも、友人と会うために大学近くに残りたいと思ったからです。


しかし、しばらくして辞めてしまいました。

色んな技術を覚え始め、美容学校の通信生にもなったばかりのことでした。

スタッフともかなり打ち解け始めたのに、なぜだか苦しくなってきたのです。


その後も、ホントにたくさんの仕事を経験してきました。

長く働けた仕事もあれば、一日で辞めてしまった仕事もありますが、覚えていないくらいの職種を経験しました。

どの仕事も、同じ2つの理由で辞めたくなりました。

その理由とは、ある程度、会社の人と仲良くなり始めると苦しくなってくるというのがひとつです。

あとひとつの理由は、仕事に対する自信がなくなってしまうというものです。


元々、人とのコミュニケーションが苦手だった私は、小学校の高学年頃から、おびただしい量の人間関係の書籍や心理学の書籍などを読んで、人並みになろうと試みました。

そのかいあってか、その後の人付き合いは普通にこなせました。

仕事でもプライベートでも、人から相談されたりすることも多くなってきました。

あなたと話をするとなんだかほっこりすると言ってくれる人もいたりしました。

ところが、実際のところ、それらはあくまでも書籍を読んで得た知識をそのまま再現してきたからのことに過ぎませんでした。

ホントの意味での人間付き合いやコミュニケーションは、よく分かっていなかったのです。

なので、誰かと親密になればなるほど、だんだんと苦しくなって逃げ出したくなってしまうのでした。


また、人間関係だけでなく、仕事についても同じで、常識が身に付いていなかった私は、ひとつのことをするために、何時間もかけて、そのことについて調べなければ、行動することができないでいました。なので、日々の業務をこなすために、毎日クタクタになっていました。

表情に感情があらわれにくい特性があるため、いつでも余裕で仕事をこなしていると勘違いされてしまうことがよくありました。

そのため、働き出すと、すぐに、色んな仕事を任されたり、指導役に回されたりということがよくありました。それらのほとんどが、自分の能力以上のことだったので、すぐに辛くなってしまい、逃げ出してしまうというパターンが続きました。


そうして、転職を繰り返したり、お酒を飲んでばかりの日々を送ったり、ギャンブルにのめり込んだり、いけない遊びにハマったりと、とにかく自暴自棄な生活を送っていました。

ついには、精神科に入院することになってしまいました。

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