「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑥C事業所とその退職後(平成21年4月から11月)

1 / 2 ページ

前話: 「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑤B事業所(平成18年から平成21年3月)
次話: 「置口空助の発達障害克服論」10年で概ね克服した話⑦D事業所(平成21年11月から平成25年9月)


     


C事業所(特別養護老人ホーム)

平成21年4月転職しました。介護福祉士資格を取得して(実務経験3年以上で受験資格が得られるのです)、ようやく念願がかなって、C事業所(特別養護老人ホーム)に正職員として就職します(平成16年から介護の仕事をしていますが、臨時職員でした)。が、実は「思考が飛ぶ」、この状態がずっと続いていました。無理に無理を重ねていました。体も精神もボロボロの状態でしたね。直前までバイトしていたことも大きかったですね。


新人研修的ことがあったのですが、疲れがたまり寝過ごしました。ペナルティとしてレポートを書かされることになったのですが、提出できず退職に追い込まれました。4月下旬です。一月持たなかったですね。今振り返ると流れ星だね(笑)。


その当時は必死でしたね。私にとってはアルバイトも介護の仕事も対発達障害の研究費用を稼ぐことでした。それとお金を稼げば、対「思考が飛ぶ」これは民間の例えばヘルパーさんを頼むことも出来る。私の中ではこのことも研究の対象と思っていました。そうですね、私も一人の発達障害当事者として研究対象でした。むしろ私を幸せにすることで、データを取ろうという発想ですね。そして他の当事者に役立てようと思ったのでした。何せ私しか発達障害当事者をしらないから。




辞めた後


    


原因は対「思考が飛ぶ」が出来なかったことだと思いましたね。イヤホンを指しこまなかった母のせいだと思いました。差し込んでくれたのなら多分こんな状況にはなってはいなかった。そう思ったね。


人間関係でのトラブルが起きたら、すべて私が悪いと思っていました。今まで生きてきて起きたすべてことについてですよ。たぶん誰かが転ぶとするじゃないですか。私が悪いのではないと自分を責めるのです。あの人の視界に入ったからではないか、と思うのです(笑)。いや本当だよ。なぜこんな人間になったのかね。


両親もそうだと思うね。「私たちはちゃんと育てたのに」とヒステリーを起こして喚きちらすというはよくあることだったね。小さい頃からそうでしたね。弁護するわけではないけども、実際に私が悪いことは多かったよ。それは間違いない。ただこういうことが多いとさ、自分のことを価値がないと思ってしまうね。


「土下座までしたのに」とか「何度も繰り返し頼んだのに」とかね。惨めな気持ちや、物心ついてから「親なのに何故理解してくれていない」と思っていましたので。ただ私は小さい頃から何あっても「自分がすべて悪いのだ」と思って成長して来ました。人とは違うからといけないのだ。と他人を責めることはほとんどない人間でした。そして数十年間溜め込んでいたものが吹き出ました。C事業所(特別養護老人ホーム)をクビになったことで、箍がはずれました。親を責めたことはない人間でした。


荒れて母を責めました。「クビになったのはお前のせいだ」と繰り返しいいましたよ。起きている間ずっと言っていました。もちろんすごく荒い口調です。もっと酷いことも多分言っていますね。よくは覚えてはいないですが。ただ暴力は振るっていないです。それは出来なかった。20日程で、母のほうは精神崩壊寸前。言動もおかしくなってきました。


どうするか?このまま自分の行動を止めなければ、家庭は壊れる。このことは理解できました。ただ、このときはまだ自分の中の憎しみがどうしても納まらない状態でした。私はこれまで自分は軽んじられ精神的に虐待されてきた、それを我慢してきた、その思いが爆発したのですが、何よりも悲しかったのが「自分の目標が果たすことができなくなった」と思ったからです。この消失感ですね。これに比べれば、両親からの仕打ちはそれ程大したものじゃない。




立て直す

        


このときの自分を動かしたのは目標でしたね。壁に貼っている「発達障害者を幸せにする」。これをみて、自問自答ですよ。

「どうする、諦める気か」。

「わたしが投げ出しことで困る人がいるのではじゃないか」。

「後々必ず後悔するのは目に見えているのではないか」。

「自分の使命を投げ出す気か」。

答えはもう判っている訳ですよ。投げ出せるわけないじゃないですか。自分の誓いを破るわけにはいかない。

そして誰かの理解を得ようと思うことは諦めました。人間をいうのを信じることを辞めようと思いましたね。人は必ず悪さをする。ただ私だってそうのです。そんなたいした人間じゃない。良い悪いを考えてもしかたがない。そしてどう自分の役に立つかそれだけ考えよう。自分の目標を達成するために。それを基準にしよう。

「出し切る」ときめたのでね。当時の心境もかいています。今であればこんこんと説教をしたけどね(笑)。こういう考えが無くては自分を保てなかったということです。恥ずかしいですな(笑)。


立て直すと決意しました。精神的に不安定でしたので、家族のすすめもあり、一度病院(精神科)行くことにしました。正直病院と言うものにあまり良いイメージをもてず、むしろ避けていたのですが、何かいい方向へ行くかもしれないので。それとこの時期に相談窓口に行っています。そして今後どうやって仕事をしていくか話し合い、障害年金の手続きをすることになりました。




発達障害者の親御さんへ①


     


さてさて、胸焼けのするようなお話でしたね(笑)。

両親を擁護するわけではないのですけど、普通の人たちですよ。くれぐれも誤解の無い様にお願いします。まじめに社会の一員として生きていますしね、世間的な信用度は比べ物にならないですよ。地に足についている人達です。私自身もどっちかというと両親の方が信用できますから。


繰り返すけど、普通の人たちです。子供の頃っていろんな失敗をするものですよ。そして親御さんに叱られてね、してしてはいけないこと、いいことを学んで成長していくものですよ。そして結婚式とかで「親のきちんとした躾があったので私もこうやって立派に成長しました」なんて涙ながらにスピーチするのです。多分(笑)。


うーん。発達障害者としていきていると、いろんな苦手なことがありますよ。親から叱られても、直せないことが多かったし、何故叱られているか判らないことも多かったね。

この状態で叱られるとはっきりいって拷問と変わらないですね。なぜ叱られているか判らないし、直せないのに繰り返し叱られると、拷問です。


親ですからね、わが子のことの将来が心配ですよ。なんとかしなくてはいけないと思うわけだ。もっと叱るのです。一層の拷問ですよ。そしてまだ直らない、親もイライラするのです。ため息なんかついたりね、はたまた他の兄弟と比較して「あなたは何故出来ないの」と責めたりする。でも親も諦めないです。「あなたのためだから」といってより一層です。書いていて辛くなってきたよ(笑)。こうされると、子供はまともな大人になるのは難しいね。自尊心というものが無くなるよ。人の顔色を伺うようになるね。これは受けている立場からすると愛情ではないね。




発達障害者の親御さんへ②


     


親御さんに言いたいね。でも「あなたは悪くないよ」。いや本当なの。悪くは無い。だって、多分そうやって育てられてきたと思うよ。子供だったころに親から受けたような躾をわが子にしている。私は「悪い」とはいえない。愛情が根本的にあってさ、わが子のためを思って、ときにはわが身を犠牲にしていろんなことをする。「他の兄弟はきちんと育っているし、あの子がおかしいのよ」なんて思っても無理がない。さて、「悪くない」と言ってばかりだと話が先に進まないので、じゃぁ「どうするか」。


「自分が受けてきた躾では駄目な子がいる」、こういう子供がいるということを理解してほしい。しみじみ、人はそれぞれですね。確かに面倒な子供だと思うね。私が親の立場だったら、どう育てようと悩むと思うよ。でも、出来ないことがあると理解してもらえると助かります。変えずにね、愛するこということ。「人に愛されている」と思うと、少なくとも、人を信じられる人間にはなるかなと思う。そしてがっかりした顔をしてはいけないよ。そうなると子供は心を病んじゃうからね。子供は敏感です。


さて、今言ったことは基本的に心構えだよ。実際問題社会で生きていくうえで子供に教えなくてはいけないことはたくさんあるものね。「ありのまま」をつきつめると人は獣だよ(笑)。躾のときは、子供が理解していないと思ったときは、繰り返し叱っても逆効果だからね、一緒に考えてあげて下さい。そうすることで、「この子はこういう部分が苦手なのだ」とか「こうすれば、理解できるのだ」と発見できるからね。人はもちろん子供だってそれぞれだからね、あなたが育ったやり方があなたの子供にそのまま通じないこともあるよ。


ただ寄り添うことを心がければ、きちんと愛情は伝わるよ。なかなか辛いことの多い人生になるかもしれない子供の支えは親の愛情だね。子育ては大変ということは理解しているし、ましてや発達障害の子供は厄介だよ。当事者なのでね私は言う資格があると思うね。

なんの応援にならないかもしれませんが。負けないでと言わせて下さい。少なくとも私は応援しています。




当事者の方へ①


    


親御さんと上手くいっていない当事者って多分多いのかなと思います。それは辛いよね。

中々、学校や社会で上手くいかなくて、せめて家庭の中だけでもリラックスしたいと思う。でも家庭がかえって針のむしろだっりする訳ですよ。心休まる場所がないんだな。

「何故理解してくれない?」「こういう対応してくれていたら」と思うことが多分あるだろうし、なにか被害者意識を覚えている人も多いかなと思う。


私はそうだった(笑)。その経験から言わせてもらうと、はっきりいって発達障害のことなんか親だって理解してくれないと思ったほうがいい。とはいっても、理解してもらおうとする姿勢は大事ですよ。ただ期待しない方がいいと思う。当事者として自分に近い症状の方なら理解・共感も出来るけど、遠い人なら難しいです。ましてや定型発達者の親御さんなら当事者のことを「違う星の人」と思っても無理はないですよ。逆に発達障害者が定型発達者を理解しているかといえば、必ずしもそうではないよね。


中には理解のある両親に育てられた、あるいはなんとか努力しようとしてくれる親に当たったら、ラッキーだよ。宝くじで1等に当たることに匹敵するよ。必ず大事にしなさいよ。

そうではいない大多数の宝くじに外れた当事者の皆さんも残念に思うことはないです。まず当たることはないですから、がっかりするだけ無駄です(笑)。外れてラッキーと思うしかない。そのためには自分の考え方を変えるしかないですよ。でないと心は楽にはならないかな。




当事者の方へ②


    


発達障害者を関わるのは非常に厄介ですよ。内情を知れば知るほど普通の人ならもっとそうですよ。私だって「面倒臭いな」と思うもの(笑)。「私だって好きで生まれたわけではない!」と言われそうですが、親だって誰が好んで産んだわけではないからね(笑)。私の経験ですが、「何故理解してくれないのだろう」と思ったことがあるのだけど、考えていると、そういえば、私は両親を理解していない。確かに自分のことで精一杯なのは間違いないのだけど。そういえば、理解しようと思ったことも無かったね。基本的に人は両親を含めて恐怖の対象でしかなかったからね。そういう発想がなかった。


そして理解することより大事なことがあります。はっきりいって人を理解するのって難しいよ。自分のことだって理解していないのに、まして人をさ。

理解してからアクションをおこそうとしたら、何十年かかるか判ったものじゃない。


「心を配る」まずこれをしてみたらいいよ。親子関係がうまくいっていないところはたくさんあると思いますよ。だけども。お互いが「あいつが悪い」といがみ合っていたら、前に進まないです。過去のいざこざはひとまず置いて、笑顔で接してみるといいですよ。相手の心を明るくさせるつもりで試しにやってみよう。それと余裕があったらキャンデーの1本でも買って親にあげな。

心配るということをしてみると変わるかもしれないよ。親子関係が長年おかしいと、こういうことも多分やっていないですよね?理解してくれないなら、こちらが理解しようとする姿勢を見せる。そして心も配ってみる


親との関係に悩んでいたら、難しいかもしれないけれど、相手を責めることはやめたほういいです。ただ経験したと思えばいいです。その経験を、もし子供が生またときや、仕事で後輩を指導するとき、親とは違うように接しようと反面教師にすればいい。たぶんのそう考えることが一番楽だよ。人を恨むことを続けるとただ自分が辛いだけです。


ただ人はそれぞれなので、この方法が通用しないこともある。当事者としてより過酷な状況にある人もいるだろうね。それでも今の経験が、いいことも悪いこともすべての経験が自分の肥やしになることを信じています。むしろそう信じなければ前に進むことは出来ないですよ。私も現在の心境になったのは大分、時間がかかったので、あまり大きなことをいえないのは自覚しています(笑)。




弱点「睡眠障害」

      


平成21年6月(多分)、地元の精神科を受診しますここで広汎性発達障害 ADHD傾向と診断されました。そして睡眠障害とも診断されました。


医師からそういわれて愕然としましたが、ここで初めて物心ついてからまともに眠ったことがないことに気がつきました。本当です。自分の記憶の中ではぐっすり眠った記憶がない。眠れた記憶がないわけですよ。だから普通に眠るということが判らないし考えたことがないのです。


著者の置口 空助さんに人生相談を申込む

著者の置口 空助さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。