【えりも方式の衝撃】第2話

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後編: 【えりも方式の衝撃】第3話

第2話〔現在の襟裳〕

 話を始める前に,そもそも『襟裳岬』とはなんだろうか。Wikipediaによると,以下の記述が見られる。


襟裳岬(えりもみさき)は、北海道幌泉郡えりも町えりも岬に属し、太平洋に面する岬。北緯41度55分28秒、東経143度14分57秒。北海道の形を大きく表徴する自然地形の一つである。日高山脈の最南端で、太平洋に向かって南へ突き出した岬である。海上にまで岩礁群も伸びている。

日高山脈の南端部に位置するものであり、沖合い7kmまで岩礁が連なる。岬の周囲は高さ60mに及ぶ断崖となっており、三段に及ぶ海岸段丘が発達している。眺望が開けており、日高山脈襟裳国定公園の中核を成す観光地となっている。

風が強いことで知られる。風速が計測できる全国900以上の山岳を除くアメダス地点で、年平均風速がもっとも大きいのが襟裳岬の観測地点である。1981 - 2010年の年平均風速は8.2m/s。風速10メートル以上の風の吹く日が年間290日以上ある。

岬上の襟裳岬灯台は海抜73 mに位置し、光達22海里。1889年に初点灯した。他に霧笛が備えられている。

2009年4月10日までは無線方向探知局も備えられていた。沖合で暖流の黒潮(日本海流)と寒流である親潮(千島海流)とがぶつかり、濃霧が発生しやすいためである。また強風が吹きやすいことでも知られる。

地名の由来は、アイヌ語の「エンルム(enrum)」(岬)または「エルムン(ermun)」(ネズミ)などがある。

トピックとしては,森進一が唄い、第16回日本レコード大賞を受賞した「襟裳岬」(1974年、岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲)で、一躍有名となった。

「襟裳岬」の歌碑は2つある。1つは島倉千代子の曲(1961年、丘灯至夫作詞・遠藤実作曲)のもので1971年建立、もう1つが上記の森進一の曲のもので1997年建立である。

札幌から日高本線へ直通する国鉄急行の愛称として「えりも」が用いられていた。

岬の突端の岩場を中心にゼニガタアザラシが300-400頭棲息する。双眼鏡で観察が可能。


 まさに,北海道を代表するような自然がそこにはある。“緑の絨毯”がどこまでも続く様子は,まさに圧巻だ。

 襟裳岬はその昔,豊かな自然に恵まれたところだった。変化が訪れるのは,明治時代,多くの入植者がやって来た頃の事だった。

(つづく)

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【えりも方式の衝撃】第3話

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