【襟裳の森の物語】第二夜

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〔合唱組曲『襟裳の森の物語』序章〕

 序章は前半部分で緑豊かだった頃の襟裳を歌っていた。短調で厳しい感じの曲調だ。


 序章『人は海越えて…』

  風が吹いている 砂塵を巻き上げて 風が吹いている 照る日も雨の日も

  三百年ほど前の襟裳の岬は どこまでも広がる森が続く 豊かな大地

  そしてあふれる海の幸は 神々からの贈り物

  三百年ほど前の襟裳の岬は 針葉樹の衣裳をまとった 緑の森と紺碧の海


 会場は静まり返る。私は歌いながら,アイヌの人たちが漁をしている様子を思い浮かべていた。作曲者に確かめたことはないが,単旋律で始まるところはモノトーンの情景描写であり,かつ,遠景であろう。メロディーが追っかけ合うところは,生まれては消え,行きつ戻りつする数々の波濤を表現したものなのだろう。そしてハーモニーが出てくる段になって初めて, 情景に彩が加わるのだ。

 作曲者は序章の前半で,“甘くはない”北国の原風景を描いた。厳しいが美しい。それが,序章前半を表すのに,最も適した表現だろう。マイナス20℃を下回る朝,雪と氷に閉ざされた世界に朝日が差し掛かった瞬間の,なんと美しいことか。私たち北海道民は,毎年そういう風景を目の当たりにしている。生活の一部になっているその美しさは,序章前半と通じている。

 続いて序章の後半だ。前半とは打って変わって,穏やかで美しい四分の三拍子がピアノで奏せられる。


  海を越えて 津軽の海を越えて 人々は この海の豊かな幸求めて

  シシウドの白さよ 空の青さよ エゾキスゲ息を呑む 鮮やかな朱の色

  海を越えて 津軽の海を越えて 人々は この土地に生きる AH〜


 前半とはがらりと趣を変えた,美しく穏やかな三拍子。ここには入植してきた人たちの希望があふれている。ここで自然の素晴らしさを味わうことが,組曲の展開には必要なのだ。

 序章が終わった時,観客席から拍手が起こった。序章なのだから,ここで拍手すべきでないことは分かっていたはずなのだが,序章の最後の部分が美しかったので,聴衆はまるで終曲を味わった後のような気持ちになったのだろう。実はここには,作曲者の狙いがあったのだと思われるのだが。

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