一生、下半身麻痺と診断された父との約束

1 / 3 ページ

「鉄棒と水泳は俺がもらってもいいか」


父と2人で飲んだときに、言われた言葉だ。

鉄棒と水泳をどうしても孫に自ら教えたい。それを予約させてくれということだ。



父はアクティブでワイルドで、一カ所にジッとしていられない性格だった。

朝から川に行って魚を捕ってきたり、山で何か採ってきたりしていた。

公立中学の教師をしていたが、50代になっても運動会のリレーで走ったりしていたらしい。孫と公園で遊ぶときもダッシュしている。


教頭先生になったものの、何の仕事をしているのか聞くと、

「体育館の壁をなおす」「門をなおす」などと返ってくる。

それって、外注したり、用務員さんの仕事なんじゃ・・・

事務仕事よりも、そういう身体を動かす仕事の方が向いているのだ。


2013年7月

父が60歳の還暦を迎えたので、お祝いをした。

個室で酒を飲んだ父は、聞いてもいないのに、

「俺は逆立ちができる!」と言い始め、個室内で逆立ちをし始めた。

「一緒にやろうぜ!」と誘ってまでくる始末だった。

還暦のお祝いに3代で逆立ちをしている家なんてあるのだろうか。


父、寝たきりになる


そんな父が腰痛で寝込み、仕事にも行けなくなった。

原因を聞くと、校舎の修理ではしごから落ちた云々・・・

ギックリ腰みたいなものだろうか。

整形外科にも診てもらっているとのことだ。

少しは大人しく寝て休め、と言った記憶がある。


そこから父は寝たきりになった。


2014年1月

正月だし実家に行くか、と弟にメールをした。

実家では、父、母、弟の3人が暮らしている。

しかし、弟からは、「今はそんな状況じゃない」との答えが来た。

父の腰が相当に悪いらしい。


様子を見に行くと言うと、私一人で来るなら良いということだった。

どうやら、格好悪い姿を孫には見せたくないようだ。

実家に行くと、2階の寝室ではなく、1階の居間に布団が敷かれ、父が寝ていた。階段を上るのも難しい状態だった。

整形外科から薬をもらっているものの、あまり効いていないようで、近くの整体師に出張してもらって、腰を揉んでもらうとラクになると言っていた。

この整体師は私の同級生で、大雪の中も歩いて実家に来てくれていたらしい。

大学病院みたいなでかいところで診てもらったらどうか、という提案もしたが、色々と行けない理由を説明された。

とりあえず今のままで様子を見ることになった。


家、塩とトマトと煙まみれになる

2014年2月下旬。

その整体師の同級生からメールが来た。

内容は、父の状態についてだが、脈拍がどうの、「このことは伝えておかないといけないと思ってメールした」と書かれてある。

脈?

伝えておかないといけない?

文章の節々に緊急性を感じたので、一人で実家に駆けつけてみた。


玄関を入ると、煙い。むせる。

1階の居間には、布団が2つ並べて敷かれており、父の隣には母が寝ていた。

介護状態が続いており、夜中でも面倒を見るために隣で寝ているらしい。

そして、布団の周り、部屋の隅には、大量の塩が袋に入れられたまま積まれていた。30パックくらいはある。


えっと・・・

「とりあえず、この煙は何?」

母は言い始めた。

「私たちは、お父さんの腰を、お灸で治すことに決めたのよ」

お灸の匂いだったようだ。


「お灸?何でまた?」


「病院に行っても良くならないし、整体の○○君も一度病院でレントゲンを撮ってもらえって言うし。もう頼れるのはお灸だけなの」


「じゃあ、その塩は?」


「お灸の先生から買ったのよ。塩を枕元に置いておくと良いんだって」

枕元だけではなく、布団を取り囲むように並べられている。

塩を買った経緯や値段を聞くと、騙されて大量に買わされているという感じではないものの、お灸しているどころではないだろう。


「というか、ちゃんと食べてるの?」


「身体の中からキレイにしなきゃいけないから、トマトだけ食べてるの」

キッチンに置かれた皿の上にはトマトの輪切りが並んでいる。



いや、もう絶対ダメだろ、これ。

父の症状を聞くと、痛みもあるし、入浴もできていない。それどころか下半身が麻痺するようになってきたそうだ。

で、それを支える母も睡眠不足で思考ができていない様子だ。

「どう考えても、でかい病院に入院して検査してもらった方がいいって。

 その方が安心だろ?」

私がそう提案すると、母は答えた。

「お前に言うと、そう言われると思って、黙ってたのよ。でも、もう私たち決めたことだから」


何か微妙に敵視されている。

父が痛みをこらえて口を開いた。

「たぶん、これだけ痛いのは、骨肉腫しか考えられない。もし大学病院とか行ったら、もう俺はこの家に戻ってこられないんだ」

骨肉腫とは骨のガンだ。


2人が寝込んでいる部屋を出て、同居している弟とヒソヒソと会話する。

「おい、これおかしいだろ?お灸じゃ無理だろ。入院させた方が良いと思うけど?」


「うーん、整形外科でも診てもらってるし、母ちゃんもああだし。とりあえず、もう少し様子を見てみるよ」


「ちゃんと情報伝えろよ。やばくなったら救急車呼んだ方がいいって」


数日後、弟から、救急車を呼び、父が入院したとの連絡を受けた。


父、入院する


病院に行き、既に医師から説明を受けた弟と父から話を聞いた。

詳しく検査をしてみないと何とも言えないけど、どうやら、腰のあたりの骨が折れていたようだ。圧迫骨折の疑いらしい。

骨折?

それ、お灸でもトマトでもマッサージでも治らんだろ!?


父も栄養を取れたからか、元気な表情になり、コーラを飲んでいる。

水とトマトばかり食べていたからか、こういう不健康なものを飲みたくてたまらないらしい。

母は過労で倒れているので、当面、弟と交互に見舞いに行くことにした。

弟と初めて携帯メールのアドレス交換をする。

まあ、骨折部分を固定化すれば退院だろうと考えていた。

このときは。


合計873ストーリー! カタリエ へのご投稿、

ありがとうございました!

著者の石井 琢磨さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。