自閉症スペクトラムの私が生きる世界(2)

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前話: 自閉症スペクトラムの私が生きる世界(1)

と言われると、少し安心すると思います。


多くのことは、自分で作ったルールや、決められたように感じている細かなことで、


がんじがらめになっています。


そのことが、「今」変わったんだよ、だから、大丈夫だよといってあげることが大事だと思います。


そして、それが、また変わるときには、私の頭の中の変更された決まりを、


更に変更することが必要になります。









光や音が気になって眠れない時もあります。


冷蔵庫の振動は、特にダメでした。


私が寝る部屋は、冷蔵庫から一番遠い部屋でした。


でも、実際は、どんなに遠くても、聴こえてしまうのです。


なので、倒れるような状態になって寝るのが理想的でしたが、


この倒れるような状態の時は、疲れた時です。


この時は、パニックを引き起こす状態でもあるので、


普通の状態の時は、常に、冷蔵庫の音に苦しんでいたことになります。








音は、その他に、テレビの音・声が、とても恐かったのを覚えています。


人の声が、なぜあんなふうになって聴こえてくるのかは、恐怖でしかありませんでした。


また、しゃべっている口と声がずれているのも、気持ち悪くてたまりませんでした。


その気持ち悪さが、忘れられなかったり、蘇ったりして、本当に吐き気がしてきて、


もどしたこともありました。


私は、今でも、テレビが苦手です(笑)。





また、光にも、とても敏感です。


自然光は、大丈夫ですが、月の光には、とても敏感でした。


子どものころ、窓のカーテンを何度も確認して、寝れない日がありましたが、


今考えると、満月の夜だったのかもしれません(笑)。


また、部屋の中にいても、蛍光灯の光が、きつくて嫌でした。


そのために、日が暮れて暗くなっても、部屋の電気をつけず、


暗くなった部屋にいることもありました。


朝、部屋の電気をつけることを、極端に嫌がりました。


少しでも、太陽の光がある時は、部屋の電気をつけることが苦しかったのです。




こうやって、自分の子どものころのことを思い返してみると、自閉傾向満載の子供時代でした。


これに、加えて、いろんな感覚が鋭敏だった私は、


常に不安と底知れない恐怖におののいて生きていました。


自閉傾向のある子どもたちが、パニックになる時は、いつもとちがったり、


自分の思いとちがったりして、不安だったり、なにかが変わることへの恐怖や、


わからないことへの恐怖、どうやって伝えたらいいのいかわからない恐怖、


つたえられない苛立ちの中で生きていると思います。




パニックになったとき、まず、つかれていないかを感じてあげること、


何か伝えたいことやわかってほしいことがあるんじゃないかと聞いてあげること、


そして、何かにとらわれていないか、自分の思いを変更することに苦しんでいないか、


その変更することで両親に見捨てられるように思っていないかを、聞いてあげてください。


その繰り返しで、お互いが少しずつ、楽になれるような気がします。




次回は、恐怖の日々の中でも、楽しかったこと、嬉しかったことについて書いてみようと思います。



最初の連載ストーリー「天と地の間に生きて*現実とスピリチュアルというふたつの世界を生きていく苦しみと喜び」(全5回)はこちらから。











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