「そんなんじゃ一生結婚なんてできないよ。さよなら」さすが失恋物語

1 / 6 ページ

序章


「そんなんじゃ一生結婚なんてできないよ。さよなら」

和樹はまたそのメールをながめていた。利恵からの別れのメールだった。眺めているとどうしょうもなく、さみしさがつのる。思い出すのは彼女とのきまぐれデートと濃密なセックスの魔力だった。和樹はまたメールを送ろうか迷っていた。二度も振られたのだから、これ以上、しつこくしてもダメだろうと諦めようとしていた。

第1章 再会

「元気?ひさしぶり。」

利恵からのメールだった。新年がまだあけてまもない、1月3日の昼ぐらいだった。

和樹は目を疑った。3年前に半年ぐらい付き合っていた人生で最良の彼女から、思いがけず、3年ぶりのメールだったからだ。

「元気です。久しぶりにお茶うしませんか」

祈るように、メールの返信を出した。

まだメールを疑っていた。どうして3年前に振られたかもよく分からなかったが、確かに振られたのだ。

 3年前の思い出はデートをしてもたのしくなさそうな利恵の顔だった。喫茶店でお茶していても笑顔が寂しげだった。

まだ学生だった利恵のレポートを代筆したときも、感謝してくれるとおもっていたのに、なんだか、レポートを奪うように帰ってしまった利恵。和樹は尽くすことが愛だと思っていた。

 その後、利恵からの連絡が途絶えていたが、和樹はなおもメールをたまに送っては、機嫌をとりなおせばいいと思っていた。

「今度、面白い映画みつけたんだ。いっしょに行きたいね」

「オシャレなカフェを見つけました。デートしたいなあ。」

とのんきにデートの誘いメールを続けていた。

が、利恵から一方的にメールで

「今、付き合ってる人がいます。これからメールはしないでください」

といわれて、ようやく自分が迷惑だったと気付くような鈍い和樹だった。

第2章 診察

「今週は、どんな一週間でしたか?」

「特に困ったことはありませんでした。職場では、仕事はできてます。」

「休みの日はどうしてますか?」

「土曜日はデイケアにいってました。日曜とかは美術館に行ったり、図書館に行ったりしてました。」

「いつも一人なの?彼女はいないの?」

「いません。」

「そうか。彼女みつかるといいんだけどね。」

主治医とは10年来の付き合いで診察も、ずいぶんフランクな話になっていた。和樹は精神科を受診していた。その精神科では診察の他にデイケアというリハビリも行っていた。そのデイケアに通うのが土曜日の日課だった。

精神科のデイケアは和樹のような軽度の統合失調症(精神分裂病)の患者をはじめ、鬱病や躁うつ病、てんかんの患者などが通っていた。

第3章 デイケア

「君、はじめて見るね。スタッフ?」

「はじめまして。井上といいます。大学三年生でボランティアに来てます。よろしくお願いします。」

「よろしく。俺は酒井和樹。デイケアは長いよ。今は、公務員みたいな仕事を週5日してる。デイケアのことならなんでも聞いて。毎週来るの?」

「はい、毎週木曜日にきます。」

「へええ、俺は仕事があるから、木曜日はあまりこないんだけどね。今日はたまたま休みをもらってデイケアに来たんだ。」

そのときは利恵は和樹にとって数多くいるスタッフやボランティアの女性のひとりだった。精神科は病気が特殊なだけでなく、デイケアという特殊なリハビリ施設がある。昔は、病院に入院したら一生でてこれない病気だった。それがクスリの発達で治るようなったのが、つい10年ほどまえからだった。リスパダールという新薬が1997年ぐらいに発売されてからのことだ。その前のクスリではなかなか治療が進まず、入院せざるを得ない病気だった。また社会的入院といって、家族が退院を望まなかったり、退院後の面倒をみる人がいない、仕事が見つからないなどの理由での入院継続もかなりの数に上っていた。

「利恵さんは趣味はなんなの?」

「私は映画が好き」

「奇遇だなあ。俺も映画大好き。今、見たい映画がダヴィンチコードって映画なんだけどなんか面白そうだよね。一緒に見たいね」

「うん、その映画、私も友達とみる約束してあるんですよ。面白そうですよね。」

「そうだよね。そうか。友達と見に行くのか。じゃあ、もう一本。嫌われ松子の一生って知ってる?」

「知ってます。それもすごく見たいと思ってた映画です。なんか風俗で働いたり、刑務所入ったりするんですよね」

「そうそう。なんか映画の趣味あうねえ。」

「そうですね。」

そのあと、和樹はいつもの患者同士で話したり、前からいるスタッフの女性とおしゃべりして元気そうだった。

和樹は仕事をしている精神障害者で、まだそのデイケアのなかでは珍しい存在だった。統合失調症で入院歴があるような患者はたいてい作業所という福祉的な就労しかしていない時代だった。障害者がボランティアの方と一緒に軽作業をして日常のリズムを整えるだけで、賃金はもらえないし、むしろ施設利用料を支払って作業させてもらう作業所に通う精神障害者がほとんどだったのだ。

第4章 病気

和樹は、早稲田大学の大学院を修了したエリートだった。勉強のしすぎで発狂したタイプだ。大学で精神科に入院することはそれほどめずらしくない。精神の病気は思春期から発病することがおおいのだ。和樹の場合は理系の難しいテーマを与えられ悩んでいたときに、交通事故や就職活動などが重なって、発狂した。最初はそんなに発狂が目立たなかった。夏休みに実家に帰ったときに妙にテンションが高くて元気な息子を両親は心配そうに見ていたが、発狂したとは信じられなくてそのまま東京へ送り出したのだ。

しかし、その後東京で一人暮らしの和樹は難しい研究テーマと、成果を上げたいという真面目な性格でますます行き詰っていた。

和樹は将来、学者になる気でいた。が、恩師である指導教官は博士課程には推薦してくれなかった。博士課程の先輩や助手たちは与えられたテーマで着実に実績を積み重ねて、学生の指導もしていた。英語の会話も流暢にできる先輩ばかりだった。

著者の榊原 さすがさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。