「そんなんじゃ一生結婚なんてできないよ。さよなら」さすが失恋物語

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和樹はテーマが難しいだけでなく、人間関係にも悩んでいた。マスター一年のときに一緒に卒論テーマを研究した4年生から

「和樹さんってほんとに変わってますね」

とか

「マッドサイエンティストって感じですね」

とからかわれて黙って笑うしかできない和樹だった。

次第に研究室に通わずに自宅に引きこもっている日は増えた。ますます実験も研究も進まない悪循環だった。

「卒論、どうしようか、困ってるんです。助けてください、和樹さん」

と後輩に亡きつかれてももはや、指導する力も残っていない和樹はまた自宅に引きこもってしまった。

卒論発表では、実験データの羅列とデータと結論がちぐはぐな発表になっていた。彼と和樹と指導助手の考えがまとまらず、4年生の彼も困りきっていたのだ。

「おい、酒井。なんだ。あの発表は!!ひどい出来じゃないか。もっと真面目に学校来い。」

と同級生にしかられてさらにうつむくだけだった。

第5章 出会い

「コレ、あとで読んでください。」

「あれ、コレ。メールアドレスじゃん。ええ!!」

「言わないでね」

「ええ!!分かった。うん。またね。」

「じゃあ、また」

和樹は戸惑っていた。女性からメールアドレスをもらうことが初めてだっただけでなく、スタッフとメンバーという壁がデイケアには大きく立ちはだかっていて決して越えられない一線だったからだ。

精神科の患者でデイケアに通うひとをメンバーとよび、臨床心理士や精神保健福祉士PSWや看護士をスタッフと呼んでいた。

メンバーはスタッフとなかよくなると、電話番号を聞いたりメール交換しようという男がたまにいた。

しかし、メンバーとスタッフはプライベートでは会ってはいけないというルールがあって、それはちょうど風俗店で風俗嬢とお客がプライベートでは会わないのと同じようなルールだ。風俗嬢はルールを守らないこともあるが、精神科のデイケアのスタッフでルールを破った人は、和樹の知る限りでは利恵が初めてだった。

利恵は照れたように笑いながらメールアドレスをくれるとスタッフルームに帰っていきそれきり出てこなかった。

デイケアの時間は3時半までだ。そのあとメンバーは各自帰っていく。渡されたメモを見ると、メールアドレスとメッセージが書いてあった。

「今度の土曜日にたらそという喫茶店でジャズを聞きに行きませんか?」

というメッセージだ。和樹はうれしくてたまらなかった。これまでスタッフで気が合う人はいたけれどもそれは、スタッフが治療のために患者に話を合わせていてくれるだけで、決して心のうちを明かさないのがスタッフだとそれまでの数年のデイケア生活で信じきっていた。そんなときにボランティアとはいえスタッフのほうからデートに誘われてただなんて、天にも昇る気持ちだった。

それを他のメンバーに行っても信じてもらえなそうだし、他のメンバーの羨望からやっかみに変わって、デイケアにこれなくと困るという計算はできた。とりあえずデイケアメンバーにはだれにも相談できない恋だった。

自宅に戻って改めて小さな紙切れを見た。利恵からのメッセージを眺めていた。

「今度の土曜日に…かあ。もうすぐじゃん、今日、木曜日だから。あさってか。」

すぐに携帯からメールを送った。

「酒井です。井上さんですか?メールアドレスありがとうございます。届いてますか?」

そんなメールを送った。するとすぐに返事が来た。

「とどいてますよ。突然、ジャズに誘って迷惑じゃなかったですか?土曜日に会いましょう。」

「迷惑じゃないです。ぜひ会いたいです。土曜日、たらそってどこの喫茶店ですか?」

「場所は三河湾の見える海の方です。電車は私がしらべておきます。金山で待ち合わせしましょう。」

「わかりました。金山でお昼ごはんを一緒にたべましょうか。」

「いいですよ。金山に12時待ち合わせでよろしく。」

そんなメールがスムーズに交換できたことがまだ、信じられない和樹だった。まだ、利恵の本心が分からずにいた。自分が精神病患者と知っているのに誘ってくる訳がない。きっとなんかの都合でたまたま男友達が必要な事情でもあったんじゃないか?一人でジャズを聞きに行くのが怖くて、一緒にいく人がいないからしょうがなく今回だけ、特別に誘っただけだ、と思っていた。自分がデートに誘われているとは素直に信じられない和樹だった。

その夜

「和樹さんは寂しいときどうしてますか?」

「だいたいは愛犬をなでたりしてますね。」

「愛犬いいですね。私はものすごく寂しいと我慢できなくなっちゃいます。いけない女です」

「寂しいときは、誰にでもありますよ。いけないことじゃないですよ」

「さみしいと、慰めたりしちゃうんです」

「それも誰でもあることですよ。私も手淫したりしてますよ。」

「慰めるっていうだけで分かっちゃうんですね。えへへ。もう寝ます。」

ええ!!デートに誘って、一人エッチの告白かよ。どんな女の子じゃ!!と驚きを隠せない和樹だった。

第6章 再会デート

「久しぶりね。」

「おお、久しぶり、相変わらず、かわいいね。」「いやだ。またそんな。」

「いや、ほんとだよ。」

「今日は忙しいの。このあと、6時から友達と約束してて。」

「ええええええ、今もう5時前じゃん。あと一時間かよ。久しぶりなんだからもっと語り明かそうぜ。」

「そうね。でも約束してるし。」

「わかった。相変わらずだな」

利恵のわがままぶりが相変わらずだった。その日の利恵の服装は黄色に帽子に紫のコートに花柄のスカートという奇抜な格好だった。

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