優等生が一流大学で劣等生になり、得たもの

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憧れの同志社大学の入学式の日。目に入る全てが新鮮だった。
"ここで一体どんな出会いが待っているんだろう…"そう思うと、胸が高鳴るのを感じた。
英文学科生は約300名。名簿を見ると、私の学籍番号は18番。野球でいうとエース番号。
なんか嬉しかった。
オリエンテーションの時に、後に卒業まで講義でお世話になるイギリス人の教授からスピーチがあった。
聴きとって、理解出来るのが嬉しかった。
"Carpe diem. Seize the day." 
どうやら映画の有名なセリフらしい。
この言葉を、私は今でも自分の人生のモットーとしている。
1日1日を…大切に生きる。当たり前のようで、見失いがちなこと。
まぁその当時の私にはそれどころではなかった。
入学してからすぐにサークルの勧誘期が始まり、色々なサークルに行った。
いまいちだった。
ピンとくるものがなく、あっという間に勧誘期が終わろうとしていた。
その時だった。
あるテニスサークルの先輩が、声をかけてくれた。とても面白くて、優しくて、食堂に連れて行ってもらった。
テニスには全く興味がなかったが、運動は好きだったし、テニスも悪くないなと思ったのと、何より…サークルの人たちを私はすぐに好きになった。
入会を決めた。
テニスに、英語の授業。
楽しいことだらけ…のはずだった。
私が違和感を覚え始めたのはゴールデンウィーク明けくらいからだ。
五月病どころの騒ぎではない。そんなのにかかってる暇もなかった。

授業が…分からない。

大学とは不思議な場所で、みんな勉強していないのに、講義についていけている。サボっていても何故か講義についていける。
だから自分もついていけている、そんな錯覚に陥っていた。
以前のように話を聴いてくれる父がそばにいるわけではない。
不安を誰に打ち明けることもできず、作り笑いで誤魔化す。
父に電話をした時、思わず言ってしまった。
「私…こんなとこ来んかったら良かったったいね。福岡の大学に行っとけば良かったったい。」
父は怒ることもせず、ただ呟いた。
「…そうね。辛いなら帰っておいで。お父さんは止めん。」
その時に…自分がとんでもないことを言ったと感じた。父が私のことを見捨てず、これまで応援してくれて、ようやく大学に入学出来て、何百万という学費、仕送りを惜しむことなく私に投資してくれて…
頑張らなかったのは…誰?
私、だ。
周りのせいにして、自分が頑張ることを怠っていただけ。
周りは周り。私は私。
小学生の時によく大人に言われたことだ。こんなことも私は忘れていたのか。
「…ごめん、私やっぱり頑張るよ。」
そう言って父に謝った。父は何も言わなかった。後から聴くと、父は私が結局頑張ることを知っていたらしい。全く父には頭が上がらない。
前期は見事に単位を落としまくった。

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