高木教育センターのありふれた日々(6)
高木教育センターのありふれた日々(6)
第五十一章「理想の生活」
第五十二章「empty nest syndrome」
第五十三章「lim(x→π)[√(a+cosx)-b]/(x-π)^2=1/4」
第五十四章「lim(x→π)[√(a+cosx)-b]/(x-π)^2=1/4」(2)
第五十五章「お金を振り込んだら、ドロン!」
第五十六章「知る人のみぞ知る。隠れた名店」
第五十七章「integration by substitution ∫(0→1)x(1-x)^n」
第五十八章「つながりたくない」
第五十九章「ある理系女子のブログ」
第六十章「絶対にこの町から出ていく!」
第五十一章
「理想の生活」
私は毎朝「通信生」の英作文を添削するのが日々の日課というか、楽しみの一つだ。京大受験生、国立大医学部の子が多いのでレベルが高い。夕方は授業。帰宅したら、通塾生からの質問メールが来ているので質問に答えたり問題の送信をしたりしている。
通信生は北海道から九州までみえる。通信生を募集して4年目で、このような状態になることなど予想もつかなかった。世の中は想定外の連続だ。今年は京大受験生が10名を越えそうだ。「打倒!四日市高校」なんてスローガンが思いつくなんて、これも全くの想定外だ。2年後、3年後に何が起こっているのかまるで分からない。
想定外を想定内にしないとダメなんだろうが、そんなことは神様でなければ分からない。考えてみると、塾を始めてから毎年想定外の連続だった。
「まさか銀行が自分みたいな若造に融資してくれるのか?」
これが29歳の私の実感。今にして思えばバブルだっただけなのだが。
「まさか自分が英検1級に合格するとは!」
そのおかげで、名古屋の有名予備校、塾、専門学校で非常勤講師に。
「まさか自分がブログやYoutubeを始めることになるとは」
ネットの普及がこれほど急速に拡大することは誰にも予想できなかった。
「まさか自分が京大を7回も受験することになるとは」
その前に、京大受験生が塾に来てくれることは想定できなかった。
「まさか本当に通信生が集まってくれるとは」
Z会をはじめ大手の通信添削なんて山ほどある。
「まさか文系の自分が数学Ⅲを指導することになるなんて」
高校生になっても塾を継続したい子がこんなにいるなんて想定外。
こんなに変化が激しいと、固定した理想は描けない。オジサンが描く理想の生活は若い女性やらゴルフやら海外旅行やら金やらだろうが、私はギャンブルは嫌いだし、女性は懲り懲りだし。
考えてみないと不満が見つからないということは、現在の生活がかなり理想に近いということになる。健康で、好きなことができるのだから感謝しなければならない。今は大規模塾がマスコミを使って広報することに、零細な個人塾も無料のネットを使って広報で対抗できる。
私の個人塾に北海道から九州まで英作文の添削依頼が舞い込むのは、英検1級、京大二次で8割正解という信頼感なのだろうか。もっと情報を提供しなければならないので、こういうブログ、Youtube、エッセイなどを投稿しているl。
HPに「京大英語」のページを書き加えた時点では、誰も応募がない可能性が高いと思った。知名度ゼロ、三重県の片田舎の個人塾。予想どおり初年度は1名だけの申し込みだった。ところが、2年目、3年目と倍々ゲームのように増加。
今年はついに2桁を突破している。そして、打倒!四日市高校にたどり着いた。驚いたのは、私が誠実に、真摯に、マジメに、真剣に、楽しく、この添削に取り組んでいることが相手に通じるらしいことだ。お互いに連絡をとれない北海道から九州までの通信生。
画像、映像、文章などには魂が宿るのだろう。私の嫌いな非科学的な表現だ。でも、現実に申し込みが増えている。現象にはかならず、原因がある。おそらく、難関大受験生は真剣で誠実なのだろう。だから、私の言葉が彼らに響く。私にはそう思える。
近いうちに私が採点できないくらいの人数になりそうだ。もし、京大合格者がこのまま増えていったら目立つかもしれない。また、想定外の何かが起こるのだろう。
第五十二章
「empty nest syndrome」
私は中学生の頃から自分の夢を追い続けてきた。結婚してからは、子供たちの夢を実現する手助けにも奔走してきた。そして、バツイチとなり、父を亡くし、子供たちが成人して、気づいてみたら家に誰もいなくなってしまった。
私は若い頃から友達の必要性をあまり感じない方だったから、今の生活が苦痛ではない。むしろ楽しい。しかし、孫ができて少し考えが変わった。Empty nest syndrome という言葉の意味が分かってきた。
生きる時間が長くなると、確かに過去が長く未来が短く感じられてきた。40歳になったときに
「折り返し地点に来てしまった」
と思ったら、アッと言う間に還暦が見えてきた。信じられない。俺は、もう老人か?20歳頃までは確かに自分が成長している実感があった。しかし、その後からだの成長が止まると同時に精神年齢も止まったように感じられる。
父が亡くなって、子供や孫までできると
「次は自分が去る順番か」
と思わざるを得ない。人生とはこんなに短いものか。英語を身につけるのに10年。数学を身に付けるのに10年。とすると、もう何かにチャレンジするとしても1つか2つで時間切れとなる。若い頃は人生の幕切れがはるか彼方にあると信じていた。
鏡の中に見える自分は老人だ。こんな老人は悟りを開いているはずだった。ところが、現実の自分は迷いが多い。今日も高校生の子が
「先生、学校の英語の先生留学生相手に話しもできない」
なんか頭の中で一生懸命に文章を作ってカタコトの英語で話しているそうだ。もちろん、優秀な生徒から見ると、教師失格と烙印を押されている。こういう先生を見たら、若い子は遠慮なくダメ先生と呼ぶ。
しかし、私が同じことを言うと批判の声が飛んでくる。
「なにをえらっそうに!」
というヤツです。そのおかげで、私の周囲から誰もいなくなった。日本では、正直者は村八分というのが田舎の掟なのだ。こんなんだから、若者が嫌って過疎の町になるのだけど、本人たちは分かっていない。
第五十三章
「lim(x→π)[√(a+cosx)-b]/(x-π)^2=1/4」(1)
私の塾は最近「理系女子」が多い。彼女たちは鋭い嗅覚を持っていてエロ教師が多いので学校では教師に近寄らないらしい。学力や生活態度に厳しくて
「中学校の時の男子は本当にカスみたいな子ばっか。高校に来れてよかった」
著者のキョウダイ セブンさんに人生相談を申込む
著者のキョウダイ セブンさんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます