ベビーカーが目障りだったという理由で1歳の赤ちゃんが老人に殴られるという事件

ベビーカー問題がとりあげられはじめてどのくらいになるのだろうか。

ベビーカーが目障りだったという理由で1歳の赤ちゃんが老人に殴られるという事件があり、ネットでも『許せない!弱者に手をあげるなんて言語道断!』という意見が多数取り上げられている。

その反面『赤ちゃんを殴った老人の気持ちが理解できなくもない、マナーのなってない母親はムカつく、当たり前の権利とばかりに混んだ電車にベビーカーを畳まずに乗ってくるのは腹が立つ』という犯人を擁護する意見も少なからずある。

我が家の長女ドカ弁は16歳、次女ちゃっかりはまもなく12歳であるが、娘2人を妊娠、出産、育児休暇を経て職場復帰するまでのことを振り返って考えてみることにしよう。

ドカ弁を妊娠中に満員電車に乗って通勤していた時代はかれこれ17年前。

『あなた、ここに座りなさい‼︎』
年輩女性の方によく座席を譲っていただいた記憶がある。
男性も『どうぞ!』と自分が席を立って座らせてくださることが結構あった。

私と同世代の女性が一番知らんぷりをする確率が高かったことが印象に残っている。

ちゃっかりが産まれたのはそれから4年後の2003年。

その頃になると、『たまごクラブ』という初めての妊娠についての情報雑誌のマスコットキャラクターのたまちゃんのマタニティーストラップなるものが登場していた。

『お腹に赤ちゃんがいます。』というメッセージが書かれたストラップが出回りはじめ、これをカバンに付けて周りに自分が妊婦であることをアピールすることが当たり前になってきていた。

この頃からではないのだろうか?
世間から子ども連れやベビーカーのマナーに対して厳しい声が聞こえだしたのは。

妊婦なのよ!子ども連れなのよ!思いやってくれてもいいでしょ!

これは当事者でないとわからない感情であり、それ以外の人にとっては思いやる気持ちはあっても、当然そう扱われるべきだと主張されると、ちょっと引くわーという感覚になるのかもしれない。

自分が身をもって経験してきてわかることは、妊娠中だったり育児で一番手がかかるベビーカーを必要とする時期の女性は、大変に身勝手になりがちだということ。

『私はそんなことありませんっ‼︎』とお怒りになるママや妊婦さんの声も聞こえてきそうなのは承知で書くが、やはりこれは言い切れる。

妊婦さん及び新米ママさんは無自覚のまま、かなり自己チューになっている可能性は高い。

妊娠中のトラブルや出産時に何度か入院したことがあったが、そこはもう人の親になる大人の女性という姿を根こそぎぶっ壊した世界であった。

『ちょっと!痛いやないの!もうっ!』
舌打ちまで聞こえてくる声に振り返ると、流産止めの点滴を24時間腕に刺しっぱなしで安静を言い渡されて入院している患者さんである。

看護師さんの点滴の針の入れ方が下手で手に痣ができたり、液漏れすることに対して大声でクレームを入れているのである。その看護師さんが居なくなると、盛大に悪口大会がはじまったりするのだから、やれやれである。

食べ過ぎが原因で中毒症になり、入院さている妊婦さんもいたが、病室のベッド周りには大量のお菓子が置かれている。

『これはダメですよ。体重増えたらますます浮腫みが出るよ!』 
看護師さんに注意を受けるないなや、烈火のごとく怒り出し、
『あなた子どもいないんでしょ‼︎産んだことない人になんでそんなこと私が言われなきゃいけないの‼︎担当外してもらうから‼︎あなたの顔見たら体調が悪化する!』
などと、子どもみたいなことを言って逆ギレするのである。

普段なら恥ずかしくてなかなかここまでの我儘は言えないだろうということについても『妊婦』という立場になった途端堂々と言いたい放題な人たちがたくさんいた。

『こうはなりたくない!』

そんなことを考えながら妊婦生活を送っていたが、いざドカ弁が産まれる‼︎という陣痛が始まった時から、そんな余裕や奥ゆかしさは消え失せてしまった。

微弱陣痛が3日も続き、早期破水までしてしまい、陣痛開始からなんと80時間もかかって産まれたのがドカ弁なのだ。

痛みと睡眠不足で意識が朦朧とする中、太っちょのたなかさんというナースが言ったのだ。

『情けない!そんな弱気で赤ちゃんなんか産めるの⁉︎』

『…たなかさんて子どもいるん…?』

『いないけど、助産師としてたくさんお産は見てきてるのよ〜私は!』

このたなかさんの返事に理性がぶっ飛んでしまった私。

『はぁ⁉︎子ども産んだことないくせになんでそんな偉そうやねん‼︎めっちゃ痛いねん私は‼︎もうどっか消えて!』

たなかさんは黙って陣痛室を出て行った。

まもなくして陣痛がピークになり、子宮口が10㎝開大の全開になったので、分娩室に移り無事ドカ弁が産まれた。

翌日からは赤ちゃんを産むために切られた下の傷の消毒が始まった。

悪露という赤ちゃんを産んだ後しばらく続く出血を抑えるために、出産後しばらくはオムツをしているのであるが、そのオムツを外してもらい、分娩室の器具に両足をかけ、出産と同じ体勢になって傷を消毒してもらったり導尿してもらったりするのだ。

そのオムツ交換と傷の消毒をしてくれたのは、私が感情的になって酷い言葉を投げつけてしまった相手、あのたなかさんであった。

『よく頑張りましたね、お母さん!傷も綺麗に治ってきてるから安心よ〜!』

毎日優しく丁寧に処置してくださり、導尿のカテーテルを入れるのもすごく上手で痛くないようにしてくださったナースたなかさん。

こんなえらいこっちゃな格好でオムツ交換までされていると、自分一人ではなんにもできない現実を思い知らされ、たなかさんに放った暴言を思い出し、自分自身を恥じた。

あぁ。あの時意識が朦朧としたままでは私は無事にドカ弁を出産できていなかったのかもしれない。たなかさんは妊婦の私が怒りを覚えるほどの叱咤激励をして私の意識をしっかりさせようとしてくれたんだ、きっと。

産んだことないくせに‼︎

女性が女性に向かって言う言葉としては最低最悪な暴言を放ってしまうほど陣痛の痛みは理性を奪い、我が身と我が子のことしか考えられない瞬間が私にもあったという苦い思い出である。

先日父の入院で同じ病院を訪れたとき、見覚えのある太っちょなたなかさんを見かけた。忙しそうに働いておられたが、髪の白髪が増えている姿に時の流れを感じた。

16年経って今ならわかることは。

自分の世界ばかりを主張し、相手に押し付けている間は、他人の心からの親切にも鈍感になりがちだということである。

ベビーカーが迷惑だ!という人=自分の子育てを否定する敵、ではなく、わざわざ注意してくれる人というふうに考えれば、不快な気分を味わうことも減るのだと自分に言い聞かせた方が、自分自身がラクだと思う。

そして、今回卑劣な犯行に及んだ64歳の男性にも言いたい。

あなたが殴った赤ちゃんと同世代の赤ちゃんたちが、あと20年あまりたった頃、あなたはオムツ交換してもらう立場になっているやもしれず、その世代の人たちのお世話になるかもしれないんですよ。

自分の立場だけで皆が物事を見ていては、不幸な事件は減らない。

無垢な存在である赤ちゃんが疎まれるものとして扱われる世の中はけして幸せをもたらさないはずであり、やはり皆の宝として扱われ、大切に育まれる社会環境が根づくことを願っている。



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