作戦要綱

著者: 鎌田 隆寛

また我らの夏がやって来た。

標的は、地上を我が物顔で闊歩する哺乳類。地球のガン細胞、人間である。

彼ら人間は、我々をこう読んで忌み嫌う。

「蚊」と。

人間の居住区域は、「壁」「窓」「ドア」などの隔壁で外界から隔絶されてはいるが、突破は可能だ。侵入方法は大きく2つ。

窓やドアなどの隙間から。 人間や洗濯物に付着して。

この時注意すべきは、頂点に穴のあいた、丸みを帯びた装置の有無である。

実はこの穴からは無色無臭の神経毒が放出されている時があり、我々がこれを吸引すると死に至る。

放出の有無は、装置の一部が光っているかどうかで判別が可能だ。

光っていればアウト。 光っていなければセーフだ。

なお、予め毒性物質を噴霧しておく亜種も存在するので、注意が必要だ。

身体に異変を感じたり、仲間の死体を見かけたら、このブービートラップを警戒すること。場合によっては即刻退避してもらいたい。

昔はこのトラップも渦巻き型で白色の煙を吐き出していたので感知しやすかったのだが。。まあ泣き言を言っても始まらない。次に進もう。

さて、人間の住居への侵入に成功したら、体温が高く、二酸化炭素をより多く排出する個体を探せ。このような個体は代謝能力が高く、良質な獲物となる。

人間には空気の振動を「音」として感知する「耳」という器官があるが、この付近を飛行するのは、特に標的の個体が睡眠中には、極力避けたい。

眠りを妨げられた彼らは、時に激情に駆られ、執拗に、執念深く我々を付け狙うことがある。先程の「ブービートラップ」のスイッチでも入れられた日にはたまらない。

基本的には強行突破ではなく、隠密行動を主とすべきだ。

そっと肌に降り立ち、針を突き立てることができても、急いで吸血に取りかかってはいけない。

人間の血液は、大気に触れると「血小板」という成分の働きにより、瞬く間に凝固を始める。このため、この状態のままの血液を吸い込むと我々が命を落とす。

まずは「血小板」の働きを抑える効果を持つ、我々の「唾液」を注入すること。この手続きを疎かにすれば、命取りである。

やっかいなのは、我らの唾液に対して彼ら人間がアレルギー反応を起こし、耐え難い「痒み」を与えてしまうことだ。

快楽と苦痛、背反する感覚がほとばしる熱いパトス。愉悦と苦悶に顔を歪め、赤く腫れ上がった皮膚を一心不乱に掻きむしることになる。

赤く腫れた皮膚に、爪先でバツ印を付ける個体もいるが、あれは体内に残留する我らの唾液を拡散するので、余計痒みが悪化する行為であることを付け加えておこう。

耐え難い痒みの裏で、彼ら人間は我々「蚊」に対する殺意を増幅させるのだ。

ではなぜ進化の過程で我々が「痒くない唾液」を獲得し得なかったのか?

これは逆で、人間の方が進化の過程で我々「蚊」の唾液を「痒み」として検知できる能力を得たと考えられている。

我々の体内には、時として人間にとって有害なマラリア、日本脳炎などの病原体が潜んでおり、唾液を介してこれらを感染させてしまうことが多々ある。

人間は進化の過程で我々の唾液に対する拒否反応を獲得することで、感染のリスクを可視化したという訳だ。

ともあれ、我々は母親として、子供達のために血液という良質なたんぱく質を確保せねばならない。子育て即ち命懸けなのである。

奴ら人間は女子供だろうが容赦はしない。血で血を洗う厳しい戦いになるだろう。

健闘を祈る。

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