インドの洗礼 第2章 その2 〜屋台は路地裏に

著者: 鎌田 隆寛

「壊れている」というよりも、

「溶けている」と言った方が、しっくりくるんじゃないか。

カルカッタ(元コルカタ)の路地裏に入り、建物を見てそう思った。

食べかけの板チョコみたいに、欠けたレンガ造りの壁。

その壁一面をまばらに覆う、ロールシャッハテストのような黒いシミ。

どっからともなく伝い落ちてきた水がベランダのへりから地面に滴り、

ピタピタとむき出しの地面を叩いている。

道の脇にうず高く積み上げられた荷物。もしくはゴミ。

そのゴミから人間の足がにゅっと突き出ていてぎょっとするのだが、よく見ると、まるで公園の芝生に寝転んでいるかのように、悠然と人が道路に寝転んでいるのだと分かる。

この純度の高いアングラ感はどうだ。これぞインド旅行の醍醐味。

日本ではなかなか味わえない生々しさではないか。

とはいえ、若干その雰囲気に気後れしながら路地裏を進む。

と、一台の屋台を見つけた。

年期の入った木製の屋台だ。

マスターと思わしきオッさんが一人、先客と思わしきオッさんが一人。

どちらも上半身は裸。どうやら裸のお付き合い中らしい。

漂ってくるカレーの香りは、悪くない。

むしろ、空腹をそそられる辛抱たまらん芳香である。

ただ、圧倒的な現地感の近寄りがたい雰囲気も漂っている。

談笑していたおっさん達が、こちらに気が付いて訝しげな視線を投げかけてきた。

「どうする?」

友人Kが囁く。

『どうする?』

屋台の主人も目で訴えかけてくる。

ここで立ち去る選択肢を選んでいたら、きっと違った結末を迎えていただろう。

だが、俺達はそこに留まる道を選ぶことにしたのだ。

緊張しながら席につく俺たち三人。

先客のおっさんが、一挙手一投足を食い入るように見つめてくる。

主人も旅行客に慣れていないのか、どこかぎこちない。

こちら三人も会話の糸口をつかめず、無言。

しばし気まずーい沈黙が辺りを支配する。

「メニューあるかな?」

沈黙に耐えかねたのか、友人Sが俺に聞く。

知るか。自分で聞け。

「メニューはないよ。」

主人が「メニュー」という単語を拾って反応してくれた。

彼の目の前に 3つ並ぶ鍋。中身は勿論カレー。

順々に指さし、「野菜、チキン、豆」と教えてくれた。

ほほうなるほど。

見分けつかんけどね。

とりあえず、三人全員チキンカレーを注文することにした。

と、後ろからトントンと誰かに肩を叩かれ、振り返った。

続く

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