「安倍首相」に会っても自分は変わらなかった。【新卒1年目で人生最大の挫折をし、プライドを捨て、社会変革を志すまでの話①】

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意識高い学生(笑)の典型だった学生時代

僕はとにかく、幼い頃から自信が無かった。そして、不器用に生きてきた。

その反動で、学生時代は空っぽの自分をいかに大きく見せようかと、見栄を張り続けてきた。

自分の内側ではなく、自分の外側にあるもので「承認欲」を満たし続けた。

その最たるものがこの写真である。

安倍晋三さんと大学2年の僕。とあるパーティーにて。非常に香ばしい香りがする。(笑)

(安倍さんを決して馬鹿にしているわけではない。)


この写真をmixiに投稿し、「いいね」が付くことこそが生きがいだった。


このストーリーは単純だ。

自信の根拠を、自分の外にあるものに求めず、

自分の弱さを認め、自分の内側に見出したストーリーだ。


その結果、学生時代「社会を変えたい!」(笑)と豪語し続けたが、

本当に「社会を変えたくなった」。

これも視点が上がるとまた(笑)がつき続けるのだが..


あと、誤解を招かぬように..

自分がどん底にまで落ちた要因は、所属組織にはない。。

(事実、同期は誰も僕のような状態になっていない。笑)

ただ、自分があまりにも弱っちかっただけだ。。


見栄とプライドで生きることの限界が来た...


「新規事業を立ち上げたい」

まだ何も知らなかった就活時代に、自分の直感を信じて入社した会社の新卒研修。

早くも、あまりに周囲と比較して「できない自分」を執拗に責めた立てた。

学生時代に培った、付け焼刃の自信が幻想であったことに気付き、激しい自己嫌悪に陥った。

気がつくと人の話が耳に入らなくなり、視界がぼやけ、酸素が薄くなっていた。

研修課題のプレゼンで、同期が20枚以上のスライドで自信ありげに発表する中、

委縮した脳で徹夜して、僕が作成できたスライドは、わずか3枚。(笑)

内容も誤字脱字だらけの数10字程度の文字の羅列であった。(笑)


いざ、自分のプレゼンの番。

「す、すみません、、何もできませんでした。。。」

見せかけだけの虚像で、承認欲により生きてき自分の拠り所は、既に跡形もなく消滅していた。

「生き方に限界が来たんだ...」

生きる拠り所を失った僕は、自信を失って何もできなくなった。


寝ても覚めても「死後の世界」が目の前に広がる



「ここは生き地獄だ..」

配属後、研修当時よりも「自己否定感」に苦しみ、委縮した脳は、さまざまな幻覚を僕に見せた。

道で通りすがる人々が僕を嘲笑っている。騙そうととしてくる。

死神の様な黒い物体が、頭上を浮遊している。(周囲にはヤク中と間違われた。笑)


起きている間も、寝ている間も決して「地獄」からは逃れられなかった。

朝になれば、強烈な絶望感が襲ってきた。

本当にとんでもない世界だった...


仕事中にも容赦なく脳内で「地獄」が再生される。

そんな状態で仕事が手に着くはずもなく、仕事は遅延し、周囲に迷惑をかける。

それにより、脳内の「地獄」は増幅し、膨張する。

恐怖で過呼吸となった僕はトイレに駆け込み、荒くなった息を整える。

本当にこの世の「生き地獄」だった...


生きることを諦めそうになり、

親と親しい友人に止められるという始末であった。(笑)

ずっと「普通の子」になりたかった..幼少期から強烈に感じていた「劣等感」


物心ついた時から、心の奥底にはいつも

周囲に理解されない「孤独」と「劣等感」が横たわっていた。


「なんで自分は人と違うんやろう?」

「なんでみんなにはできて、自分にはできひんねやろう?」

「なんで自分は人と仲良くできひんねやろう?」


その不安、恐れを紛らわすため、一人の世界に没入していた。

昆虫採集や植物の観察、動物の飼育や、工作など、

時間を忘れて一人でのめり込んでいた。


そんな「孤独」もあってか、弱い者や自然への共感性が異常に高い子どもだった。

「虫を殺したらあかん!かわいそう!」

「アフリカの子どもはご飯食べれへんから、食べ物大事にせなあかんで!」

「森にゴミ落ちてて、森がかわいそうやったから、全部ゴミ家に持って帰ってきた!」


気づいたら小学校内で、「自然を大切にしよう!」と啓蒙してまわっていた。(笑)

あまりに変わった子どもだったので、姉に「兄弟と思われたくない」と嘆かれていた。(笑)


そんな中、親だけは面白がってくれた。

「あんたは、多分大器晩成や」

唯一自分の存在を許容してくれた。


授業中にも頭の中で、あらゆる想像を繰り広げていたため、

小学校6年間で受け続けた評価は「人の話を聞きましょう」だった。(笑)


心ない先生からは、その「個性」を全否定され、

「なんでみんなと同じようににできないの?」

と暴力を振われることもあった。



本当の自分を隠しつづけた中学時代



中学になり、思春期にもなると、流石に他人の目を気にしはじめる。

自分と人との「差」を「恥」と意味付け、

いつしか、心の声に耳を塞ぎ、他人の声が正しいと思うようになった。


「仲間外れ」は社会的な「死」であり、

「陰キャラ」「陽キャラ」という二元論で、人が分断された。

いかに自分が「陽キャラ」であるか、アピールすることが自分の生きる手段あった。


そんな殺伐とした「中学校」という社会の中で、

心の拠り所は、所属していた陸上競技部の活動であった。


一流の選手の動きを、ビデオテープで何百回と再生して、走るフォームを研究した。

才能は全くと言ってよいほどなかったが、目標に向けて生きる素晴らしさを学んだ。


音楽との出会い


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