はじめて傘を盗まれた

著者: みよし けんたろう

土砂降りの雨のなか、


近所のスーパーに行き、


豆腐とキムチと桃缶と2割引のプリンを購入した、


その五分ほどのあいだに、


誰かが僕の傘を持っていった。


買い物袋を片手にスーパーを出て、


傘立てに目をやり、


「あれ?傘がのうなっとるわ」


と不思議なほどに、


冷静な自分に気づく。


全く苛立たなかった。


その傘立てには、


僕のではない別の傘が置いてあったが、


もちろんそれを持ち帰ろうなんて、


微塵にも思わない。


空は鉛色。


そして横なぐりの雨。


ひとつため息を吐き出し、


雨のなかを、


急ぐわけでもなく歩いて帰った。


途中でひとりのおばちゃんに声をかけられた。


「こんな雨なのに、なんで傘をさしてないの?」


ここで事情を話したら、


もしかするとおばちゃんに、


何かしらの気をつかわせてしまうかもしれないし、


ヘェ〜の一言で何の気もつかわないかもしれない。


そう思った僕は、


軽く微笑んで、


会釈して足を進めた。


もし今度、


土砂降りの雨の中、


今日の僕のように傘をささずに歩いている人がいたら、


「もしよかったら入りますか?」


と声をかけてみようかしら。


決して下心はございませんが、


変質者と疑われてしまうかもしれませんがね。


家に帰ると、


小腹が空いていたので、


素麺を茹でて、


キムチを乗せ、


麺つゆとごま油を少々。


これがホンマに、


これがホンマに、


ぶちうま。


そしてふと思った。


僕は昔から、


雨の日は、


なぜか嫌いではないと。


理由は、


みんな嫌そうな顔をして歩いてるから。


フッ( ̄ー ̄)

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